NARRATIVE COMPANY

企業と顧客の「共犯関係」で、プロダクトを磨け: ナラティブカンパニー のつくり方 #1

本記事は、書籍『ナラティブカンパニー 企業を変革する「物語」の力』を上梓したPR専門家、本田哲也氏による短期連載「ナラティブカンパニーのつくり方」の第1回となります。

ここ数年ビジネスの分野で「ナラティブ(narrative)」という言葉を耳にすることはありませんか? ナラティブとは、辞書を引くと「物語。朗読による物語文学。叙述すること。話術。語り口。」(『デジタル大辞泉』より)とあります。

一方でナラティブは、医療と教育の分野では具体的な実践に転用されてきました。医療分野では、医療従事者と患者の対話のあり方が「ナラティブ・アプローチ」として1998年に提唱されています。これは患者を「物語の主人公」として捉え、自分の病気とどう向き合っていくのかを話し合う手法です。教育の場合は、「医師と患者」の関係を「先生と生徒」に置き換えると考えればいいでしょう。

経済学の分野ではすでにナラティブが注目され、研究も進んでいます。ノーベル賞を受賞したロバート・シラー教授は、著書『ナラティブ エコノミクス(Narrative Economics)』のなかで、これまで主流だった行動経済学(Behavioral Economics)とは異なり、経済事象を起こしている背後には「ナラティブの力」が作用していると述べています。

ビジネスでナラティブが注目される土壌に、ここ数年の大きな社会変化があります。情報環境の変化としては、SNSの浸透とスマートフォンの普及が大きく関与しています。また、SDGs(国連が定めた持続可能な開発目標)やESS投資などに象徴される世界規模での社会意識の高まりも、時代の空気を形成しているでしょう。

そして、これらの変化に爆発的なブースト(増幅)をかけたのが、今回のコロナ禍です。新型コロナウィルスの感染拡大は、これまでにない体験を私たちにもたらしたとともに、リモートワークに代表されるような、顕在化しつつあった既存の変化のスピードをも変化させました。

私はビジネスにおけるナラティブとは、企業と生活者とのあいだの物語的な共創構造だと考えています。そしてナラティブを生み出し、その構造のなかでマーケティングや広告・PR活動を行うことで業績や企業価値の向上を果たしている企業のことを、「ナラティブカンパニー」と定義しました。

同時に、ニューノーマル時代の今こそ「社会的な共創」を実践するナラティブカンパニーが多数出現する、社会的変化のときではないかとも考えます。 

この連載では、「社会的な共創」が可能になったニューノーマル時代の3つの変化、①共体験価値の高まり、②社会的距離の見極め、③自分らしさが問われるを解説していく予定です。今回は、①共体験価値の高まり、を取り上げましょう。

「同じ空間で、同じ時間に、同じことをする」という体験

「共体験」とは、ある集団、あるグループ内で同じ体験価値を共有することです。英語なら「collective experience」がほぼ同じ意味になるでしょう。

たとえばスポーツ観戦を思い起こしてください。スタジアムで観戦していると、どこからともなく観客がウェーブを起こし、それが次々とほかの観客に伝播していって、スタジアム全体に一体感が生まれることがありますが、これが共体験です。

「同じ空間で、同じ時間に、同じことをする」ことがポイントになります。

共体験と似た言葉に「共感」があります。両者の決定的な違いは、そこに「共有価値」があるかどうか。共感は「あの人が言っていることに共感する」「この歌詞の感じ、すごくわかる」など、どちらかというと「なんか、いいな」くらいの軽さの一過性のものと言っていいでしょう。

対して共体験は「価値を共有する」ことが重要で、集団内でのある種の価値やアイデンティティという要素が入ってくる、深くて持続的な結びつきにつながる体験です。

その点において、ナラティブとは共体験そのものと言ってもいいでしょう。ひとつの物語をステークホルダーで共創し、そこにある同じ価値を共有する。ビジネスにおいてこれを体現しているのが、今注目されている「D2Cブランド」です。

企業と顧客の共犯関係がプロダクトを育てる

D2Cとは「Direct to Consumer」の略で、「自社企画の商品を消費者にダイレクトに販売するモデル」を指します。アメリカの主にアパレルや化粧品の領域で台頭し、その大きな波は日本にも及んでいます。

D2Cの特徴として、SNSとの相性の良さや、リアル店舗を持たないことがよく挙げられますが、私はもっとも重要なポイントは、D2Cが「ナラティブである」ことだと考えています。

なぜならD2Cブランドの多くには、ブランドと消費者が共創する「物語」があるからです。流通しているのはプロダクトですが、そこにはブランドと顧客が作る物語と世界観があり、それによってブランドと顧客のあいだに特別なつながりができあがります。言ってみれば、それは企業と顧客との共犯関係。そのような関係を通じて、プロダクトも磨かれていきます。

その代表例と言えるのが、米国のミレニアム世代に絶大な支持を得ている、化粧品ブランド「グロシエ(Glossier)」です。2013年創業の若い企業ですが、2019年には1億ドル(約108億円)を調達し、評価額12億ドル(約1300億円)にまで成長しユニコーン企業の仲間入りを果たしました。

創業者のエミリー・ワイズは、もともと『VOGUE』などのファッション誌のエディターでした。仕事のかたわら始めたブログが人気になり、共感した「普通の女の子たち」を巻き込みながら、やがて商品開発もするようになりました。

「真の美しさ」を追求するグロシエのサイトには、モデルやセレブリティは登場しません。ユーザーの憧れをそそるブランドストーリーもありません。インスタグラムやFacebookを駆使してSlackにフォロワーを誘導し、そこで商品やブランドについて議論して、新商品開発に活かしています、グロシエは普通の女の子がリアルな使用感を語る、生まれながらにナラティブなブランドなのです。

そしてD2C企業の波は日本にも押し寄せ、多くのD2Cブランドが日本にも登場しつつあります。そのひとつが、スタイリッシュなレザー製品を製造販売する「objcts.io(オブジェクツアイオー)」です。

顧客が関与できる「余白」が共創を生む

objcts.ioは、「自分や同世代が求めるレザープロダクトがない」という思いから創業されたブランドです。代表の沼田雄二朗氏と同デザイナーの角森智至氏はともに、土屋鞄製造所の出身で、在籍時から遊び感覚で自分たちが欲しいものを作っていました。

彼らが自分たちのために作った上質なレザーのバックバックがやがて、周囲の友人のあいだで評判になります。「このプロダクトをきちんと開発したら、ブランドを立ち上げられるかもしれない」と思った沼田氏らは、土屋鞄製造所代表の土屋成範氏の応援を得て2〜3年をかけてバックパックを開発。2018年11月に正式にローンチしました。

このようにしてデビューしたobjcts.ioのプロダクトは「考える人のためのワードローブ」がミッション。思考を重ねて社会を動かす人に向けた「新しいラグジュアリー」としてのプロダクトを作りたいという彼らの意思を込められています。

同社のユニークなところは、ローンチの1年前に、使った人からのフィードバックを得るために、プロトタイプをテスト販売したことです。同ブランドはプロダクトの質感やシルエットといった審美性のほかに機能も重視しており、まずは使用感をフィードバックしてもらってプロダクトをブラッシュアップするのに役立てました。希望者からプロトタイプを回収し、より美しいシルエットを保てるように部品を交換して持ち主に戻すこともしています。

顧客の声をベースにプロダクトを開発したりアップデートしていくことは、創業時だけでなく今も継続。実際に使っている人にインタビューする際には、具体的に何を入れているのかだけでなく、ライフスタイルや生活のストーリーも聞いて役立てています。ときには、objcts.ioが想定していなかった使い方をしている顧客の声を反映して、別用途のプロダクトとしてアップデートしたケースもあるとか。顧客がプロダクトの使い方を自由に解釈できる「余白」があることも、共創を生む土壌になっています。

生活者は、そのブランドのストーリーに自分を重ね合わせてプロダクトを買ったり応援したりします。objcts.ioの場合は、「考える人のためのワードローブ」というブランドミッションだけでなく、「自分の世代が欲しているレザープロダクトがない」という創業ストーリー、顧客の声を反映したプロダクト開発やアップデートをする姿勢が、熱狂的なファンを呼び込みました。

企業と顧客がプロダクトを共創することによって価値を共有し、深い結びつきを得る。「共体験」はこれからのビジネスにおいて重要なポイントになるでしょう。

Written by 本田哲也
Photo by SHUTTERSTOCK