マイクロソフトがゲーム内広告会社を買収したのは、はじめてのことではない。2006年に、アーリーステージのベンチャー企業、ゲーム内広告のアドテク企業マッシブ・インコーポレイテッド(Massive Incorporated)を数百万ドル(数億円)で取得したことがある。ただし、同社は2010年に廃業している。
マイクロソフト(Microsoft)がメタバースの取り組みの一環として、ゲーム大手のアクティビジョン・ブリザード(Activision Blizzard)を750億ドル(約8兆2500億円)で買収する予定だ。コンソールゲーミングXboxでCEOを務めるフィル・スペンサー氏の話によると、マイクロソフトはゲーミングIPという新たに見つけたお宝に乗り出す計画だという。
しかしながら、この買収が重要なのは、アドテク業界にビジネスチャンスが訪れるかもしれないということだ。実は、アクティビジョン・ブリザードには自社のゲーム内広告会社アクティビジョン・ブリザード・メディア(Activision Blizzard Media)がある。それはつまり、マイクロソフトが今やいくつもの仮想世界と、その仮想世界内でブランドが営業するのに役立つツール、その両方を手にしたということにほかならない。
マイクロソフトがゲーム内広告会社を買収したのはこれがはじめてではない。2006年に、アーリーステージのベンチャー企業、ゲーム内広告のアドテク企業マッシブ・インコーポレイテッド(Massive Incorporated)を数百万ドル(数億円)で取得したことがある。ただし、同社は2010年に廃業している。
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「マッシブが結果を出せなかったのは、時期尚早だったからだ」とダブル・フュージョン(Double Fusion)の共同創業者ガイ・ベン=ダブ氏は話す。同社はゲーム内広告の黎明期をマッシブ社とともに過ごした企業のひとつだ。
ゲーム内広告業界が復活を見せるなか、疑問が残るのが「マッシブに何があったのか」である。もしマッシブやそのほかのスタートアップ企業が何とか持ちこたえていれば、現在のゲーム内広告業界はどのように変わっていたのだろうか。
本当のところ、何があったのか?
マッシブのコンセプト(つまり、ブランド各社をゲーム開発業者とつなげて、ゲーム内広告をうみ出す)は、アイデアとしてはよかったし、今でもすばらしいアイデアであることは変わらない。現在、ゲーム内広告会社が続々と増えていることを見れば、それは明らかだ。マッシブが買収後十分に成長できなかったのは、マッシブもしくはマイクロソフトのどちらかが凡ミスをやらかしたというよりも、タイミングの問題だった。「それから十数年が経過し、大きな出来事がふたつ起こった」とベン=ダブ氏は話す。「オンライン広告はかなり自動化が進み、スケールアップに貢献してきた。モバイルゲームもモバイル広告も倍々で成長している。ゲーム内にブランドの広告を出すというアイデアは、それがインタースティシャル広告であれインゲーム広告であれ、ゲーム開発業者とパブリッシャーの収益化の形態として大いに受け入れられてきている。
確かに、2006年から2010年には、文化・技術の両面でマッシブの成長を妨げる障害があった。当時、ゲーマーとブランドの間で数多くの誤解が生じていたのだ。現在はどこ吹く顔でゲーマーに広告を流しているブランドでさえ、当時はゲーム業界参入の決断に躊躇していたのだ。「これまで実に大きな変化が生じており、現在では、ゲームをすることが社会的な行為、つまり、社会活動をサポートする趣味だと考えられている」。そう話すのは、ゲーム内広告のアドテク企業アンズ(Anzu)でマーケティング担当バイスプレジデントを務めるナタリア・バシリエバ氏だ。「そのおかげで、広告主が、『それならゲームの世界に入らないと』と考えるようになった」。
技術面で見ると、マッシブの時代には、ゲーム内広告のスケールアップを促すツールや標準化が存在しなかった。「当時、アドテク企業は供給側、つまり、ゲームの開発側にいた。ゲームエンジンはそれほど標準化されていなかったが、今ではUnity(ユニティ)があり、Unreal(アンリアル)がある。このふたつのグループが構築されたことで、市場の8割がサポートできるようになった」と、ゲーム内広告のアドテク企業アドミックス(Admix)のCEOサミュエル・フーバー氏は話す。「あの頃、ゲームパブリッシャーは各社で独自のエンジンを構築していた。別のゲームや別のパブリッシャーと統合したい場合は、そのたびに新たな統合エンジンを構築しなければならなかった」。
それに、マッシブは2006年、プログラマティック広告の購入がなくなり、身動きがとれなくなっていた。
「マッシブは自分たちでブランドを探し出し、文字通り、そのブランドをゲームにつぎ込まなければならなかった。広告デリバリーの仕組みもなければ、ユーザーどころか国にターゲットを絞る実力さえない。何もない状態だった」とフーバー氏は話す。「そもそも、供給側も需要側も、市場全体が成熟していなかったため、テック企業の経営は難しかった――それにエージェンシーの役割も果たさなければならなかった。その点、私たちにはUnityとUnrealがあった。現在、プログラマティック広告はかなりの部分がモバイル広告の開発だ」。
マイクロソフトの買収は、マッシブが抱える供給側の問題にも関係していたかもしれない。買収後、マッシブの仕事はほぼXboxのタイトルになった。一方、PlayStationと専属契約を結んだのが、競合のゲーム内広告アドテク企業ダブル・フュージョンだ。「弊社とマッシブは、それほど大きくもない市場を分かち合っていた」とダブル・フュージョンの共同創業者ベン=ダブ氏は話す。「なぜなら、広告主はパブリッシャーが誰でプラットフォームが何なのかなど、ちっとも気にしていないからだ。ゲーム内、つまり、ゲーム業界に広告を出せればそれでいい。市場を両社で分けたことが、市場の勢いを止めてしまった原因なのかもしれない」。
マッシブは2010年に廃業したが、専門家のなかには、株主の観点からすると、マッシブは失敗というよりも成功と言えると即座に指摘する人たちもいた。「創業者たちにとっては、信じられないほどの大成功だった」と話すのはゲーム内広告のアドテク企業ビッドスタック(0)のCEOジェームズ・ドレーパー氏だ。同社は以前、マッシブの共同創業者キャサリン・ヘイズ氏を戦略顧問として雇っていた。「マッシブのエグジット直前の実質収益は180万ドル(約2億円)程度。それが1億8700万ドル(約215億円)で売却できたのだから、破格のリターンだ」。
2000年代の文化・技術の環境を考えると、どんなゲーム内広告会社であれ、あの当時に事業を軌道に乗せることなどまずありえない。でも、もし軌道に乗せることができていたらどうなるのだろうか。もしあのときマッシブが生き延びて、成功していたらゲーム内広告の状況はどうなっているのだろうか。
サイロ化:他社は排除
マイクロソフトのマッシブ買収が成功していれば、ほかの大手ゲーム開発業者が持株会社にゲーム内広告会社も加えようと考えたかもしれない。ダブル・フュージョンはPlayStationと専属契約を結んでいたので、この2社の統合で、大手開発業者もコンソールもそれぞれが独自のゲーム内広告のインフラを用意することになっただろう。「仮の話として考えると、ありえそうだ。実際、コンソールは独自で切り拓いた道を進み、独自の方法でやってきたのだから」と話すのはビッドスタックのCTOフラン・ペトゥルッツェッリ氏だ。「ただ、モバイル市場を見ると、そういうことは起きていない」。
エージェンシーはさらにエージェンシーらしく
マッシブ・インコーポレイテッドが成功していれば、広告会社はゲーム内広告に早くから注目し、もっと熱心に調べようと考えたはずだ。「2017年から2018年、2019年にかけて、大手エージェンシーの持株会社のなかでは、ゲーム業界でキャンペーンを展開しようと考えた人物は誰ひとりとしていなかった」とビッドスタックのCEOドレーパー氏は話す。「だから、もし続いていれば、企業内にはゲーム部門が大々的に設置されているのではないか――業界自体も進化していたはずだ。それは間違いない」。
とはいえ、結局のところ、その未来は実現した。エージェンシーを取り巻く現在の状況は、独立系エージェンシーであれ、ビッグファイブの傘下にあるエージェンシーであれ、ゲーム広告関連の話題で持ちきりだ。ドレープ氏は今回の進化では新型コロナのパンデミックも影響しているという――「オーディエンスを人質にとったようなものだ」。しかし、これも時間の問題で、広告業界はすぐにゲーム人気の現実に追いついた。とはいえマッシブが2000年代に成功していれば、この進化はもっと早く実現していたかもしれない。
大手の参入
マッシブが成功していれば、参入エージェンシーが増加するだけでなく、ほかの大手ハードウェア企業もゲーム内広告に投資しようと考えたかもしれない。実はこれまでゲーム内広告に手を出したことのあるテック大企業はマイクロソフトだけではない。ソニーも2007年に社内でゲーム内広告部門を立ち上げている。しかし、この取組みのリーダーに指名されたダーレン・キンドラー氏はわずか1年でソニーを去った。
マイクロソフトがゲームに復帰し、ゲーム内広告はまた復活を遂げている。ソニーがゲーム広告業界に再度参戦する可能性も高い。というのも、ソニーは最近ゲーム開発会社バンジー(Bungie)を買収して、ゲーミングIPをうまく活用できる状況にあるからだ。しかし、2006年にマッシブが成功していれば、ソニーのような大手ハードウェア企業は何年も前からゲーム内広告に直接かかわっていたかもしれない。「ダブル・フュージョンは[マッシブが廃業したあとも]5年、6年もの間、PlayStationだけで事業を続けてきた」どベン=ダブ氏は話す。「当時、私はもうダブル・フュージョンにいなかったが、CEOが日本にいるときには、ただPlayStationとの関係を続けているだけだった」。
マッシブな進化・大きな進化
マッシブが現在も存続していれば、おそらく一番可能性が高いのは、ゲーム内広告会社ではなく、エージェンシーとして生き残るというシナリオだろう。なにしろマッシブは全盛期、すでに本当の意味でのテック企業というよりもエージェンシーとして活動しており、ブランドと開発業者を結びつける「糊」のような役割でよく知られていた。
もしマッシブがその道を歩み続けていれば、将来のゲーム専用エージェンシーのモデルになっていたに違いない。そして、アドミックスやビッドスタック、アンズなど、テクノロジーに明るい今活躍する後継者たちに門戸を開き、数年後の企業設立を可能にしたことだろう。「大きく成長すればするほど、唐突に『じゃあ、やめようか』とは言いだしづらくなるものだ」とアドミックスのCEOフーバー氏は話す。「マッシブが成功したとしても、5年後に突然テック企業に変わるとは私には思えない」。
考えてみれば、2000年代にマッシブが苦戦したものの、活気と利益に満ちたゲーム内広告業界が台頭してきたのは、可能性の問題ではなく必然だったといえる。たとえマッシブがマイクロソフトの社内ゲーム内広告部門として成功していたとしても、今あるゲーム内広告のプラットフォームは何らかの形で存在しているだろうし、ゲーム専門のエージェンシーがもっと多く誕生して、サービス需要の掘り起こしに尽力していたかもしれない。
「ゲームの役割は変わった」とバシリエバ氏。「新型コロナのパンデミックで士気もあがり、ゲーム内広告という美しいパズルがようやくできあがったのだ」。
[原文:What if – Microsoft’s acquisition of early in-game ad firm Massive had worked out?]
ALEXANDER LEE(翻訳:SI Japan、編集:長田真)