「コピーライターは口を出すな、という空気に満ちている」: とあるコピーライターの告白

コピーライターはかつて、エージェンシーの仕事における中心的存在だった。

だが、プロジェクトモデルの台頭のせいで、現在、コピーライター/アートディレクターの力関係が崩れつつある。プロジェクトベースの場合、エージェンシーの頭には全力でクライアントを喜ばせることしかなく、したがってコピーライターの役割が減り、アートディレクターばかりが重んじられ、その結果、両者の関係が破綻しつつあると、某クリエイティブエージェンシーのコピーライターは語る。

匿名性を保証する代わりに本音を語ってもらうDIGIDAYの告白シリーズ。今回は、そのコピーライターに現状を伺った。なお、読みやすさを考慮し、発言には多少編集を加えてある。

──今日のエージェンシーにおけるコピーライターの状況は?

広告業の黄金時代、コピーライターはいまよりもはるかに重要視されていた。80年代から90年代、その比重がパートナーモデル(の登場によってアートディレクター側)に傾いた。だけどいま、振り子がさらに遠くに行ってしまっている気がする。いまは、アートディレクターのほうがコピーライターよりも圧倒的に多い。おかげで、コピーライターの役割は多くの点で小さくされてしまった。

──人数の差はどの程度?

4人のアートディレクターと仕事をしている。コピーがそれくらい軽く見られているということだ。見出しの1つくらい、8秒あれば書けると、連中は思っている。いや、物理的に6文字タイプするだけならそうだろうし、たしかに、広告をデザインするほうがはるかに時間はかかる。だけどそんな偏見のせいで、いろいろなアートディレクターやプロジェクトを掛け持ちさせられ、コピーライターは大変な思いを強いられてるんだ。要するに、コピーを書くくらいでそんなに時間を取るな、と言いたいんだろう。

──コピーライターの役割が矮小化/軽視されている具体例は?

いちばん多いのは、コピーがぞんざいに扱われるケースだ。アカウントチームがクライアントに送る前にコピーを勝手にいじるとか。プロジェクトマネジメント側から、こんな指示も来る――『クライアントはこんなことを伝えたいんだけど、これだとつまらないって言うんだ。ちょこちょこっと直して、おしゃれな感じにしてくれよ』。そんなのがしょっちゅうでね。まったく、私は便利な手直し屋じゃない。コピーライターだっていうのに。クライアントが勝手にフォトショップのファイルに手を加えることはない、そうだろ? そんなことは絶対に許されない。なのにどうしてコピーライターは、素人のクライアントから『とにかくここをこう変えろ』なんていう修正指示を受けないとならないんだ? あんたらは私の仕事を台無しにしていると、言ってやりたいね。コピーライターの仕事はそれくらい、アートディレクターの[仕事]よりも軽く見られているわけだ。

──なぜそんなことになっていると?

指定代理店の時代が遠い過去の話になりつつあるからだよ。いまはプロジェクト第一だからね。みんな、中身のあるものを創るよりも、クライアントのご機嫌を取って、金を払ってもらうことばかり考えている。誰もクライアントと揉めたくないから、そのせいで『お望みどおり、何でもやります』的思考になっている。結果、私の場合も、すでにあるものに手を加えたり、間違いがないかチェックしたりすることのほうが多くなった。言葉をただ入れ替えたり、指定の文字数に合うことだけを考えたり。でも、そんなのは本来、私の仕事じゃない。私の仕事はものを書き、ものごとを考えることだ。クライアントの文章を今風にすることじゃない。

──それにより職場環境にどんな変化が?

戦わないと、自分の仕事をさせてもらえない状態だから、つねにストレスを感じている。私が書いたコピーは私の作品であり、勝手にいじることは許されないんだと、みんなにそのつど再確認させないとならない。最近の連中は、コピーライターのことをクリエイターとさえ見ていない。アイデアはすべてクリエイティブディレクターが考えつき、それを実行するのはアートディレクターであり、コピーライターは最後にふらっと現れて、見出しをちゃちゃっと付けて、それでおしまい、とでも思ってるんだろう。

──そのせいで、現場に立ち会うことにも影響が?

[もしも]予算がオーバーしたとか、現場にいる人間が多すぎるとか、そうなった場合、最初に切られるのはコピーライターだね。よく言われるのは、『もう原稿は書いたんだろ』とか、『写真撮影だから、君は要らないだろ』とか。コピーライターは不要だと思われている。彼らのなかでは、小道具を選ぶのも、背景をセッティングするのも、衣装を決めるのも、不備を指摘するのも、すべてアートディレクターの仕事。撮影現場では、アートディレクターがすべての中心にいると、連中は信じて疑わない。で、私にとっては、そこが最大の問題なんだ。私は決して、その場でちゃちゃっと書くために現場にいるわけじゃない。なのにみんな、まるでわかっていない。撮影現場で書いたことなんて、ただの一度もない。ライターが現場にいる理由は、それじゃない。その点がまったく理解されていない。

──では、ライターは現場で何を? なぜ現場にいる必要が?

万事誤りなく進行しているか、使われているコピーが間違っていないか、その点に目を光らせているだけじゃない。その広告のストーリーがきちんと語られているかにも、つねに目を配っている。アートディレクターやクリエイティブディレクターと話をしながら、こちらが感じて欲しいとおりの感じになっているかも逐一確認する。見た目じゃなく、内包されている全体の雰囲気の話だ。でもいまはアートディレクターが崇拝されているからね、それが厄介なんだ。コピーライター[の現場での役目]は、そこに突っ立って、ぶらぶらして、一応いるということを見せるだけ。何かとんでもない間違いを見つけたり、カメラマンがコピーを入れる場所を残すのを忘れたりしたら、多少手伝う程度。指揮官はあくまでもアートディレクターであり、重大な問題でも起きない限り、ライターは口を出すな、という空気に満ちている。

──このままでは、アートディレクターとコピーライターの関係が崩壊しそうだ

そのとおり。現場で一度、(仕事上の)パートナーを私の上司と勘違いされたことがあってね、なるほど、そういうことか、と思い知らされたよ。その彼が私のことも、その作品全体も管理していると、連中は思い込んでいた。ただのパートナーで、私らは対等な関係なのに。

──そうした見方がコピーライターにますます悪影響を及ぼすと?

私の役割を誤解している業界人が本当に多くなった。私が本来何をする人間なのか、みんなよくわかっていない。というか、当の本人でさえ、何をすべきなのか、2回に1回はわからなくなる。自分が職場で果たすべき役割に対する理解がないと、人は欲求不満と憎悪を抱える。この業界は人の出入りが本当に激しくて、とくに若いクリエイターがそうなんだけど、それもこれも、彼らがそういう状況にはまり、『なんだよ、人のことクソみたいに扱いやがって。もういいや、こんなのは二度とごめんだ』と思って辞めてしまうのが原因だよ。

Kristina Monllos(原文 / 訳:SI Japan)