現在、多くの企業がアクセスしやすく、ソーシャルディスタンスも取りやすい環境を求めており、今後、路面オフィスが世界中の都市に次々と登場することは十分考えられる。大型の路面物件は大半がもともと、百貨店/スーパーや包装工場など、商業目的のテナントが入っていた所であり、したがって敷地面積が非常に大きいという利点がある。
シカゴの広告エージェンシー、SRWは2020年3月、旧本社よりもはるかに広い新オフィスへの移転を大いに喜んでいた―――それから間もなく、コロナ禍で世界が一変するとは、夢にも思っていなかった。
SRW共同創業者ケイト・ワイドナー氏と彼女のビジネスパートナーたちは、シカゴのお洒落な一角、ヘイマーケット界隈で不動産を探していた。 最新スマートテクノロジーと、拡張できるスペースを備えているだけでなく、同社の基盤であり、いまやクライアントのブランドにも深く根付いている、独自の起業家精神と創造性を育んでくれるような個性ある物件が理想だった。だが、いくつか候補を見て回ったものの、どこにも何かしら欠点があった。
そんなある日、パートナーのひとり、チャーリー・ストーン氏がたまたま、空き家となっていた1階の物件を見つけた。元食肉包装施設で、窓には「For Rent(賃貸用)」と書かれた紙。彼らは新居を見つけた。
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都市衰退の最適なソリューション
元食肉包装施設だけに、そこにはワイドナー氏とパートナーたちが夢見ていた、さまざまな要素を持つ空間があった(巨大な冷凍室は役員室に、[トラックが荷物の積み下ろしをする]ローディングドックはバーに作り替えた)。だが、利点はそれだけではなかった。コロナ禍が発生するや、それまで考えもしなかった、路面オフィスの意外な優位性が判明した。「引っ越したときは、正直、それほど重要だなんて、思ってもみなかった」とワイドナー氏。「でも、[コロナ禍後]高層ビルで働く友人や同僚の大半がオフィスに行けなくなるなか、私たちには、規制緩和後、すぐに戻れる場所が、自分たちだけの出入り口を使えるオフィスがあった。本当にツイていたと思う」。SRWはナチュラルヘルス/ウェルネス・ブランドに特化した会社で、顧客にはモンデリーズやプロクター&ギャンブルなどがある。
構造上、安全な要素(距離を保てるだけの十分な広さ、混雑と無縁のエレベーターなど)を備えたそのオフィスは、従業員のみならず、訪問者も安心できる場となった――いまやそれは、非常に得がたい魅力だ。
現在、多くの企業がアクセスしやすく、ソーシャルディスタンスも取りやすい環境を求めており、今後、路面オフィスが世界中の都市に次々と登場することは十分考えられる。大型の路面物件は大半がもともと、百貨店/スーパーや包装工場など、商業目的のテナントが入っていた所であり、したがって敷地面積が非常に大きいという利点がある。また、コロナ禍発生以降はとくに、路面店/事務所の空き家が増加している現況に鑑みるに、路面オフィスはいわゆるシャッター通りを伴う都市衰退の解決手段としても、理に適っている。
鍵を握るのはフレキシビリティ
実際、ニューヨークの商業不動産会社、スクエアフット(SquareFoot)の共同創業者/CEO、ジョナサン・ワッサーストラム氏のレーダーは、この動きを明確に捕らえており、同社はすでに、インスタカート(Instacart)やキャスパー(Casper)といった米有名企業にそうした物件を斡旋している。マンハッタンのミッドタウンやロンドンの金融地区(フィナンシャル・ディストリクト)、シドニー・ハーバー・ブリッジなどでは、眼下に壮麗な眺めが広がる高層オフィスビルが当たり前だが、それを諦めることで失うものは、得るものを考えれば、決して大きくないだろう。「誰しも、家は安全第一だと考える。ただ、どのオフィスにも暗黙のルールがある。企業側がそうした[斡旋側にとって]未知の要因を、ある程度排除できるなら――そして、これが重要なのだが、物件を探す際、借り手側がそうした必要条件を明確にしてくれるなら――弊社としては、こうした需要に応えない理由はない」と、ワッサーストラム氏は言う。
コロナ禍は、ワークスペースに対する考え方を一変させた。そして、コロナのワクチン接種が始まり、平常への回帰――戦いに疲れきった状態での平常、ではあるが――がおぼろげながらも見えてきたいま、多くの企業はすでに、未来のオフィス像構築に向けて動き出している。ワッサーストラム氏は、この1年弱の苦難は結果的に、ワークスペースのあり方にポジティブな影響を及ぼすことになり、そのなかで路面オフィスの良さが必ず見直される、と断言する。
鍵を握るのは、フレキシビリティ(柔軟性)であり、そこには貸主側のそれも含まれると、氏は言い添える――つまり、家賃や契約期間、物件の使用法といった諸条件について、テナントとの話し合いに積極的に応じる姿勢だ。ビルオーナーらは近年、テナントにアメニティ(快適性を約束する特典)として、スポーツジムやカフェなどを提供しているが、今後は、清潔さやスマートテクノロジーといった基本的要素への回帰が見られるはずであり、通りに面する物件――現在数多く存在する、フレキシブルに利用できる、広々とした空きスペース――は、それだけで、テナントが切望するアメニティになりうると、氏は予想する。
エージェンシーに不可欠なもの
フレキシブルなオフィススペースに対する需要の高まりは、路面店/事務所の再利用の未来も示唆している。事実、フレックススペースは現在、全商用オフィスのわずか2%だが、コロナ禍以前からすでに、2030年までに全オフィス不動産の30%に達するとの予測が出ていたと、ニューヨークが拠点のティッシュマン・スペアー(Tishman Speyer)や、シカゴに本社を構えるクッシュマン&ウェイクフィールド(Cushman & Wakefield)といった大手不動産会社と仕事をするワークスペーステック会社、エッセンシーズ(Essensys)北米本社のCEOジェレミー・バーナード氏は語る。
バーナード氏によれば、この1年でワークスペースの見方が一変し、これまでは設計から内装、仕様/管理に至るまで、すべて経営側の都合で行なわれていたが、従業員個々のニーズを快適な職場環境作りの中心に据えるべき、との認識への大転換が起きたという。「ワクチン接種が始まったいま、従業員が未来への希望、信頼、自信を持って職場に戻れるようにするためには、フレキシブルなワークスペースの提供に際して貸主が直面する摩擦点をひとつずつ潰していくことが、我々にとっての最重要課題だ」と、氏は語る。
フレキシビリティはまた、広告およびブランディングの世界ではとりわけ重要だと、SRWのワイドナー氏は言う。
「クリエイティブな環境、人間関係がすべてと言える世界では、全員の安全を確保しつつ、人と人との繋がりを何らかの形で維持する方法を見つけ出すことが、エージェンシーにとっては重要となる」とワイドナー氏。「そしてそれには、自社のスペース(空間)を自らの手でしっかりと管理していくことが求められる」。
[原文:Welcome to the ground floor street-level offices for a post-pandemic world]
TONY CASE(翻訳:SI Japan、編集:長田真)