エージェンシーはクライアントの言いなりになることが少なくないが、その傾向は加速している。不安定で不確実なコロナ禍の1年を通じて、エージェンシーは担当社員に残業を強い、ときには24時間休みなく働かせようとするクライアントの横暴な要求を押し返す力をなくしてしまったと、あるデジタルエージェンシー幹部は明かす。
エージェンシーはクライアントの言いなりになることが少なくない。実際、それはベンダーの性であり仕方がない部分もあるが、エージェンシーとクライアントの関係に支障を来す原因にもなりうる。
このコロナ禍の1年を通じて、エージェンシーは担当社員に残業を強い、ときには24時間休みなく働かせようとするクライアントの横暴な要求を押し返す力をなくしてしまったと、あるデジタルエージェンシー幹部は明かす。同幹部によれば、多くのエージェンシーはただでさえ困難な時期に、クライアントを失うリスクをひどく恐れているからだという。
匿名性を保証する代わりに本音で語ってもらうDIGIDAYの告白シリーズ。今回は、エージェンシーとクライアントの関係が昨年、よりいっそう悪化した内情について、エージェンシー幹部に話を聞いた。なお、読みやすさを考慮し、発言には多少編集を加えてある。
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ーーワークライフバランスを強調するブランドの偽善に不満があるそうだが、具体的には?
こんな状況だけに、ブランドはどこも自身の立ち位置についてかなり慎重になっている。皆、時代に即したメッセージを伝えようと相当に気を配っている。もちろんそれは素晴らしいし、異を唱える気はなにひとつ、これっぽっちもない。ブランドはいろいろと挑戦しているし、その多くは素晴らしいと思う。ただ問題は、これはよくあることだが、「見えないものは存在しない」という臭いがする点だ。
つまり、ワークライフバランスだとか、そういうものには大いに賛成だと言いながらエージェンシーには平気で無理を強いてくる。無償でピッチをやらせたり、支払がひどく遅れたり、無茶苦茶な支払条件を押しつけてきたり。Net 90(請求書の日付から90日以内に支払う条件)なのに、プロジェクトから9カ月経っても払わない、なんてことはざらにある。
ーーブランドの「偽善」に関する具体例を聞きたい。
細かいことまでは覚えていないが、たとえば、あるブランドは自社の産休・育休制度を喧伝していた。でもその裏で、私たちは手間のかかるピッチを無償でやらされた挙げ句、ひどく買い叩かれていた。担当の同僚には妊婦もいて、彼女が激務を強いられている姿を見て、ああ、これ(前述の産休・育休制度の話)はすべて、体面を繕うだけの宣伝なのかと思ったのをよく覚えている。彼らは結局、問題を下に押しつけているだけだ。同じことは「多様性」でも目にしている。多様性のあるチームと組むのが重要だと言っておきながら、クライアント自身のチームには白人しかいない、といった具合だ。おかしいにもほどがある。
ーーそうした「口と腹とは違う」を地で行く振る舞いを、ブランドはコロナ禍のせいでしやすくなった?
間違いないだろう。いまは多少落ち着いたが、当初はご存知のとおり業界中が大混乱で、どんな態勢を取ったらいいのか誰にも見当が付かず、予算は削減されて、どこまでなにをすべきなのかもわからなかった。その結果、エージェンシーは総じて平身低頭であらゆる融通を利かせることにしたのだ。なぜそうなってしまったのか、理由は単純明快だ。ベンダーは個人ではないからだ。一社員であれば、「ちょっと、もう3日も徹夜が続いている。これはおかしいだろう」と言えるかもしれない。
しかし、ベンダーは組織、一企業だ。エージェンシーはクライアントの気分を害してしまうのが怖い。エージェンシーのチームが週末を潰して働くしかなかったとしても、発注元のブランドはそんなこと聞きたくもないし、知る必要もない。まさに、「見えないものは存在しない」だ。もっともらしい反証もあるにはあるが、体のいい言い訳にしか聞こえない。
ーーつまり、ブランド勢はワークライフバランスが重要だと言っておきながら、エージェンシー社員のことは気にもしていない、と。それを目の当たりにさせられる気持は?
深夜まで働かされているときに、発注元のブランドがそういうメッセージを発信しているのを見ると、苛々するし、士気も下がる。結局、すべては注目を集めるため、宣伝のため、という気がしてくるし、底が浅いなと感じてしまう。然るべき理由に基づいてそうしているとは、まず思えない。
ーーそれによる、クライアントとの関係への影響は?
摩擦や溝を生じさせかねない。ブランドとエージェンシーの関係は、つねに微妙なバランスで成り立っている。突っぱねたい、やられたらやり返したいと思う一方、現実には「サービス業」である以上、平身低頭でいなければならない。たとえば、あなたがレストランの人間だとして、客の誰かが食事を下げさせたとしよう。1度はいいが、それが(思い当たる理由もなしに)2度3度と続くと、おい、どういうことだ? となる。いくらなんでもそれは少々一方的ではないか、と感じるはずだ。
ーーコロナ禍が起きてから1年が経つが、そうしたブランドに何か変化は?
いまは、多少なりとも正常に戻った感はある。ただ、最初の頃は「総員配置につけ!」という雰囲気だった。社員総出でクライアントに過剰なサービスをして、どうにか乗り切ろうと必死だった。無理強いを拒否できる空気ではなかった。あのときはそれこそ、「クライアントがもっとも正しい」という空気だった。
ーーエージェンシーに無理を強いたり、平気で偽善的に振る舞ったりするブランドに対して、はっきり言えるとしたら、何と?
支払期限を守る。仕事には対価を払う。無償で仕事をさせない。大量のコストとリソースを注ぎ込んだピッチのあとで、厳しい交渉によってギリギリの価格で買い叩くのは、パートナーに対する公平な扱いとは言えない。企業価値の名の下にパートナーへ問題を押し付けるのではなく、企業価値を前進させるべきだ。
KRISTINA MONLLOS(翻訳:SI Japan、編集:分島 翔平)