変わりゆくビジネスモデルのプレッシャーと、ブランドと協働するための新たな方法を見つける必要性は、エージェンシーに影響を与えているだけではない。制作会社はいま、より競争が激しい市場で重圧にさいなまれている。その市場では、予 […]
変わりゆくビジネスモデルのプレッシャーと、ブランドと協働するための新たな方法を見つける必要性は、エージェンシーに影響を与えているだけではない。制作会社はいま、より競争が激しい市場で重圧にさいなまれている。その市場では、予算はさらに厳しい。支払い期限は延長されつつあり、一度限りのプロジェクトワークが当たり前になりつつある。
デジタルコンテンツやソーシャルコンテンツに対するニーズが、ビジネスの制作部門に大きな影響を与えている。かつては「ブランド─エージェンシー─制作会社」というリニアチェーン(線形的連鎖)の最後のリンクだった制作という仕事は、いまやひとつのタイプの会社から、これら3つ全部へとシフトしている。埋めなければならないメディアチャネルが増え、作らなければならないコンテンツもかつてないほどに増えている昨今、ブランド各社はこうしたコンテンツをいままでよりも速く、安価に作る方法を模索するようになっている。
「いかに安価に作れるかということが、いま、業界内でいちばんの話題になっている。実に残念なことだ」と、あるクリエイティブエージェンシーの制作部門の幹部はいう。
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コストや、より多くのコンテンツに対するニーズへのこうしたフォーカスは、制作会社を圧迫しているだけではない。それは広告の作り手を変え、これまで以上の競争も助長している。各制作会社はもはや、ほかの制作会社と争っているだけではない。多くの企業が制作サービスをインハウスで提供するいま、そのエコシステムのなかにいるすべての企業、ブランドやエージェンシー、さらには一部のパブリッシャーとも争っているのだ。
「大手のネットワークエージェンシーには、インハウスのコンテンツスタジオがいくつも登場している」と語るのは、スティンクスタジオ(Stink Studios)でCEOを務めるマーク・ピトリック氏だ。「そのせいで、間違いなく多くの大手制作会社が大打撃を受けている」。
制作に対する選択肢の数は、デジタルチャネルやソーシャルチャネルに必要とされるコンテンツの台頭とともに、過剰なまでに増えてきた。これらのチャネルでは、フルスケールのテレビコマーシャルスタイルの制作は必ずしも必要とされていない。制作業務のインハウス化を進めているのは、ブランドやエージェンシーだけではない。クリエイティブドライブ(Creative Drive)やアクセンチュアインタラクティブ(Accenture Interactive)、メディアモンクス(MediaMonks)をはじめとする、デジタルコンテンツの「ワンストップショップ」もすでに市場に進出しており、制作会社に重圧をかけている。
各制作会社はすでに、減少する大型コマーシャルや、逼迫する予算を補うべく、クリエイティブ業務などのより多様なサービスをブランドに直接提供しはじめている。エージェンシーと制作会社のあいだで繰り広げられるこうした競争(それぞれが相手方のサービスをブランドに提供)は、両者の関係の緊張へとつながっている。
いままさに「大転換」の真っ只中
「誰もが全部を手がけつつある。これがいまの混乱を招いている」と語るのは、プロダクションコンサルタンシーAPRの創業者でCEOのジリアン・ギブス氏だ。「エージェンシーが制作業務を行い、制作会社がクリエイティブ業務を行っている。これが業界内に、ちょっとした不信感や忠誠心の欠如を生んでしまっている」
フルサービスエージェンシーのOHパートナーズ(OH Partners)の場合、インハウスの制作チームを新たに立ち上げるという決断は、デジタルチャネル向けの作品を、ブランドからの予算の増額なしで制作する必要性の増大に端を発している。それはつまり、細々とした仕事での制作会社との協働を正当化することのほうが、むしろ困難であるということを意味している。
「我が社は以前、年に数本のコマーシャルを作っていた。だが、いまは毎日、ソーシャルメディア向けのコンテンツを作っている」と、OHパートナーズで最高クリエイティブ責任者を務めるマット・ムーア氏は語る。「いまは予算を多方面に活用しなければならない。(こうしたチャンネル向けの)コンテンツは、同じクオリティである必要がない。そのため、予算の一部を使って大手制作会社に外注することは難しい」。
その一方では、制作会社の側もエージェンシーと協働するためのさらなる方法を新たに提供しつつあると、ムーア氏は述べる。エージェンシーが、制作会社を丸ごと雇わなくても、その会社のディレクターと協働できる「貸し出し」プログラムもすでに登場しているという。「制作会社がプレッシャーを感じているのは明らかだ」と、ムーア氏は語る。「業界内の誰もがプレッシャーを感じている。制作会社が革新的な手法でブランドやエージェンシーと協働すること。それが目下の課題だ」。
概して、制作会社とエージェンシーの関係の本質は、いままさに「大転換」の真っ只中にあると、ギブス氏は述べる。「すべてはコンテンツに対するニーズの増大から生じている」と、同氏は付け加えた。
制作会社たちの必死な売り込み
こうしたことが、制作会社の必死さへとつながっている。過去1年間を見てみると、さまざまな制作会社の担当者らがエージェンシーへのアウトリーチを強化してきた。各制作会社の担当者は、新たな作品や新たなディレクター、新たな機能についてのメールを大量に送っている。確認を促す電話を頻繁に入れ、すでに確認したにもかかわらず、数週間後には試写会への参加を要求し、情報交換を目的とするコーヒーミーティングを繰り返し求めている。一部のエージェンシープロデューサーはこうした状況に閉口している。
「精力的に動き回る制作会社が増えている」と、あるクリエイティブエージェンシーの制作部門の幹部はいう。これほどまでのコンタクトははじめてで、一部のエージェンシープロデューサーは困惑しはじめているという。「かつてない勢いで必死に売り込んでいる」。
これが、制作会社の度を超えた「セールスマンシップ」へとつながっているのだが、エージェンシーの側からは、それももっともだという声もあがっている。ザ・キンバ・グループ(The Kimba Group)の共同創業者であるレベッカ・ロソフ氏は、メールのなかで「私も小さなエージェンシーを所有しているので、よくわかる」と述べる。ここのところ、大手制作会社からの電話やメール、招待状が急増しているという。
「彼らはその必要性を感じているのだ」と、前出の制作会社幹部は語る。「予算は縮小され、仕事の頻度も少なくなっている。いまはこうするしかないのだ。制作会社からの選択肢は増える一方だ。たとえ予算が少なくなろうとも、制作会社はその少ない予算に飢えている。制作会社もいまは、エージェンシーと同じように窮地に立たされているのだ」。
エージェンシーはなだめてばかり
これによって、作品の後ろには誰がいるのかという本質が変わっただけではない。その関係性も変わってしまった。従来なら、ブランドがエージェンシーを雇い、そのエージェンシーが制作会社を雇っていた。最良のシナリオでは、制作会社はその後、そのエージェンシーとのあいだに長く続く関係を築き、彼らから仕事を繰り返し受注していた。
ところがいまは、こうした長期的な関係は極めてまれだと、エージェンシーと制作会社の情報筋はいう。制作業務のインハウス化が盛んに行われるようになり、クライアントは1本の作品に費やされる労力のロジスティクスを理解しないまま、コストを重視するようになったからだ。こうしたことがエージェンシーと制作会社の関係に重荷を課す場合もある。
「エージェンシー各社には、クライアントからの大きなプレッシャーがかかっている」と語るのは、4A’s(American Association of Advertising Agencies:全米広告代理店協会)でエージェンシーマネジメントサービス部門のシニアバイスプレジデントを務めるマット・カシンドーフ氏だ。「支払期限の延長やプロジェクトワーク、低予算での迅速な作業の完了など、あらゆる面で。エージェンシーはこうしたプレッシャーにさらされている。彼らは決して悪意に満ちているわけではないが、彼らもまた、クライアントの要求を満たすために、同じプレッシャーを制作会社をはじめとする業者にかけている」。
もちろん問題なのは、クライアントの要求ではなく、力関係の変化だ。制作のロジスティクスに対するクライアントの理解の欠如が、何十年も前から問題であることは、おそらく間違いない。だがその一方で、エージェンシーとクライアント間のプロジェクトワーク関係の台頭がこの問題を悪化させている。プロジェクトベースの関係では、エージェンシーは必ずしも、何のためらいもなくクライアントに反発したり、彼らの期待をコントロールしたりする訳ではない。むしろ、別のプロジェクトでも起用されることを願って、是が非でも彼らを喜ばせようとする。
「業界はいままさに、クライアントが抱く、もっと多く、もっと安くという願望を感じ取っている。彼らは、もっともっと多くのコンテンツを必要としているからだ」と語るのは、独立系コマーシャルプロデューサー協会(Association of Independent Commercial Producers:AICP)でプレジデント兼CEOを務めるマット・ミラー氏だ。「だが、私が思うに、問題のひとつは、エージェンシーがクライアントに、どのような仕組みになっているのか、何を期待するのが現実的なのかを教えようとせずに、ただ相手をなだめてばかりいるということだ」。
また同時に、デジタルチャネルは必要とされるコンテンツの量だけでなく、それに関わる作品のタイプをも変えてしまった。デジタルチャネルやソーシャルチャネルのために作られるものは、必ずしもほかと同じタイプのカメラや撮影班を必要とはしない。またこれは、クライアントが制作に対して抱く見解にも影響を与えている。
「近ごろは、誰もがプロデューサーになりたがっている。とくにクライアントだ」と、クリエイティブエージェンシーの制作担当幹部は語る。「近ごろは、誰もが制作というものに対して意見を持っている。スマートフォンのせいで、自分にちょっとしたインサイトや専門知識があるような気がするからだ。人々はそこに費やされる労力のことを忘れてしまっている。なぜ金と時間を費やさなければならないのかをまるで理解していない。そこには、いまも多くの労力が費やされている。そのことは変わらない。(それがわからないのは)小さな画面で見ているからだ」。
クライアントのコストへのフォーカスや、制作に対する感覚的な理解のせいで、制作会社が制作に必要なものについてエージェンシーやブランドと率直に話し合うことが難しくなってしまった。特に、クライアントがひとつのプロジェクトだけでエージェンシーあるいは制作会社と協働しているような場合は。
「すべてがますますコモディティ化されつつある。これは大きな問題だ」と、ある制作会社の代表は語る。「制作会社がブランドやエージェンシーと、なぜ予算のことで相談に来ているのかについて話し合い、その追加コストがもたらしている価値を合理的に説明できる時代がかつてはあった。埋めなければならないメディアチャネルや、作らなければならないコンテンツがますます増えているいま、ブランド各社は頭のなかにある数字に固執しているように思える。つまり、ある制作会社がその価格でコンテンツを作れないなら、そのときはそれができるほかの業者を探すということだ」。
Kristina Monllos (原文 / 訳:ガリレオ)