メディアエージェンシー、クロスメディア(Crossmedia)は、大手クライアントとの契約を蹴ったブランドから交渉の問い合わせを受けることがしばしばあるという。直近では、高級百貨店ノードストローム(Nordstrom)のアウトレット店、ノードストローム・ラックの幹部から交渉の依頼を受けた。
メディアエージェンシー、クロスメディア(Crossmedia)の共同創設者でプレジデントを務めるカムラン・アスガル氏(TOP画像左)は、11月の感謝祭直前に、高級百貨店ノードストローム(Nordstrom)のアウトレット店、ノードストローム・ラック(Nordstrom Rack)の幹部から電話をもらった。ノードストローム・ラックは、WPPグループ傘下のエージェンシー、マインドシェア(Mindshare)と手を切ろうとしていたのだ。幹部は、「この2年間、我々は御社のことを考えてきた」と、アスガル氏に語りかける。「我々と交渉してもらいたい」。
クロスメディアでは、こうしたことが日常茶飯事になりつつある。同社は、「100%透明」で「分析能力の高い」独立系メディアエージェンシーを自称。そのため、透明性が欠如していると非難されている持ち株会社傘下のメディアエージェンシー各社のおかげで、業績を伸ばしているともいえる。
クライアントへの売り
「我々は、総合的なコミュニケーションプランニングと制作部門の協力がベースとなっている。売上は依頼料だけで、メディア取引では稼いでいない。そのため、透明性を保つことができる」と、アスガル氏は胸を張る。「想像してほしい。チームで闘ううえで障害がまったくないエージェンシーだ。理論的に素晴らしいだけでなく、それが日常なのだ」。
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それがクライアントへの売りになっている。ドイツのリキュールブランド、イエーガーマイスター(Jagermeister)は2016年、エージェンシーサービスの統合を目指してクロスメディアと手を切ったが、感謝祭直前にクライアントとして戻ってきた。
イエーガーマイスターのブランドマネージャーを務めるクリストファー・ダン氏から見ると、クロスメディアはほかのメディアエージェンシーよりも透明性がある。「クロスメディアのスマートでデータドリブンな思考、創造性、すべてのメディアに対する持ち前の情熱が、我々を呼び戻した」と、ダン氏は語る。「クロスメディアは、我々のブランドを明確に理解しているだけでなく、社風も当社によく似ていると思う。それに、完全に透明性を保ってコミットする姿勢を評価している」。
大手には難しいやり方
USバンク(U.S. Bank)のシニアバイスプレジデント兼CMO、ベス・マクドネル氏も同じ意見だ。クロスメディアと提携することにしたのは、「新鮮でデータドリブンなプランニングの観点、チームを超えたコミュニケーションを重視する力強くポジティブな企業文化、総合的なプランニングプロセス、革新的でタイムリーなキャンペーン報告、統合されたアトリビューションツール」を提供してもらえるからだという。
米広告調査会社カンター・メディア(Kantar Media)によると、ノードストローム・ラックとUSバンク、イエーガーマイスターの3社は、2016年1~9月に従来型メディアおよびディスプレイ広告に合計約5300万ドル(約58億円)を支出したという。
アスガル氏からすると、持ち株企業の傘下グループがチャンネルごとにサイロ化されているおかげで、チャンスが生まれている。持ち株グループのメディアエージェンシーは、購買力を利用して比較的低い価格で顧客にメディアを提供できるが、自分たちのメディアを売買すると、利害の対立が生じる。
それに、幅広い属性の集団にリーチするのに、メディアをまとめて購入するようなメディアプランニングは望ましくない。アスガル氏によると、現在の主流なやり方では、特定のブランドを購入する可能性がどれくらいあるかを示す一連の行動をもとに、オーディエンスをより明確に定義する。その一方で、最適なタイミングでさまざまなメディアチャネルでコンテンツを配信するという。
明確なメディアプランで成功
たとえば、健康および栄養関連ブランド、GNCの場合、中核となるオーディエンスはジムに通う若い男性だった。しかし、GNCの商品を買いたいが店内には入る気になれなかった中高年の女性にチャンスがあると、アスガル氏は説明する。
「このように、特定の事業目標に照らすと、各セグメント向けにきわめて明確なメディアプランを立てることにつながる」と、アスガル氏は話す。
この点を念頭に置き、クロスメディアは事業を拡大してきた。いまではフルタイムの従業員を米国に150人、ドイツに250人抱えている。また、米国のチームは2017年夏、ニューヨーク市のフラットアイアン地区にある現在のペントハウスから、新しいオフィスに移る。
設立当初は不遇の時代も
こうした状況は、2000年のころとは大違いだ。当時26歳で、広告会社グループ、オグルヴィ・アンド・メイザー(Ogilvy & Mather Group)のプランニングディレクターだったアスガル氏は、同僚のマーティン・アルブレヒト氏(TOP画像右)とクロスメディアを創業した。
当初はクライアントがつかず、毎週金曜日にハンバーガーショップに行く以外、2人にはやることがなかった。いまでも、クロスメディアは企業文化の一部として、毎週金曜日を「バーガーの日」と定め、従業員たちが乾杯している。
「最初の6年か7年目は、毎日岐路に立たされた。我々のモデルが新しく、大手が幅をきかす業界でちっぽけな存在だったからだ」と、アスガル氏は振り返る。「我々はほとんど信用されていなかった。クライアントが知りたがったのは、『当社のメディアを良いレートで購入できるか?』ということだけ。そういうメンタリティーだったのだ」。
ターニングポイントは2005年
クロスメディアは2005年、同社にとって初の大手ブランドのクライアントとなる、米ナショナルホッケーリーグ(NHL)所属のプロアイスホッケーチーム「ニューヨーク・レンジャース」を獲得。それ以来、事業が軌道に乗りはじめ、スーパーマーケットチェーンのホールフーズ・マーケット(Whole Foods Market)やGNC、ハートフォード保険(Hartford Insurance)などのクライアントを獲得していった。
それでもまだ、クロスメディアのチームが負けることもある。7000万ドル(約77億円)超のマーケティング予算を誇るブランドが2016年、エージェンシーを本格的に見直し、クロスメディアがほかのエージェンシー2社と対決した。だが、2回の打ち合わせのあと、アスガル氏のチームはそのブランドと相性が良くないことに気づき、最終段階で断念した。
「戦いの場から去るのは、このビジネスでは本当につらい」と、アスガル氏は心情を明かす。「だが、クライアントが求めているものと、当社のビジネスモデルが合わないこともある。そんなときには、自分にとって何が正しいかわかっているという大きな自信をもてると思う」。
最大の課題は変わらない
メディアの世界は進化を続ける一方だが、独立系エージェンシーにとっての最大の課題は変わらない、とアスガル氏は考えている。クライアントが大手メディアエージェンシーに抱いている先入観を揺さぶるのが、最大の課題だという。
「多くのクライアントは、購入のスケールメリットがあるのは大手エージェンシーだけだと思っている」と、とアスガル氏は語る。「誰も大手エージェンシーには質問しない。メディアへの支出を担うマーケターは、大手エージェンシーと仕事をしていれば、クビになることはない」。だが、いまではそんな働き方では、成功も難しいということなのかもしれない。
Yuyu Chen(原文 / 訳:ガリレオ)