『プラダを着た悪魔』のミランダ・プリーストリーに『スター・ウォーズ』のダース・ベイダー。嫌な上司の典型は、我々の文化や集団心理に固く深く根ざしている。それは単に、我々の直接的な経験のたまものでもある。ところがいま、この権威者のステレオタイプが、もっと心優しく、寛大な姿に取って代わられようとしている。
『プラダを着た悪魔』のミランダ・プリーストリー。『9時から5時まで』のフランクリン・ハート。『リストラ・マン』のビル・ランバーグ。『スター・ウォーズ』のダース・ベイダー。
嫌な上司の典型は、我々の文化や集団心理に固く深く根ざしている。それは単に、ハリウッドの為せる業ではなく、我々の直接的な経験のたまものでもある。ところがいま、この権威者のステレオタイプが、もっと心優しく、寛大な姿に取って代わられようとしている。
CEOに期待される役割が変化
PR会社のエデルマン(Edelman)が3万3000人の回答者を対象に行った全世界的な調査によると、政府指導者、従来メディア、ソーシャルメディアに向けられる、一般的なニュースソースとしての信頼度は、歴史的な低水準にあるようだ。その代わりに、現在の危機を乗り切るために、働く者たちがリーダーシップを求め、信頼を寄せる先は、彼らの雇用主だという。
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さらにこの調査では、社会全体が国家的な困難に対して敏感に反応するほど、職場の上司にも、不平等や差別に対する意識の高さが要求されるようになるという結果が示された。同社が実施する信頼度調査「エデルマン・トラストバロメーター」の2021年版によると、回答者の10人中8人以上が「パンデミックの影響を含め、重要な社会問題について、自分の会社のCEOに発言してほしい」と回答している。また、政府がこのような問題を解決できない場合、CEOに介入を期待するという回答者も3分の2以上にのぼった。
また、ウォールストリート・ジャーナル紙(The Wall Street Journal)が最近報じたところによると、CEOに期待される役割が、厳格な仕事の監督者から、メンターやコーチへと変化しており、手の届かない雲の上の人というイメージは薄れつつあるという。
新しいリーダーに求められる資質
マーケティング部門の管理職者たちは、自分たちの役割や責任に対する期待値の変化を自覚している。多くの国民にとって、今年1月に起きた米国連邦議会議事堂への乱入事件、そして昨年のジョージ・フロイド氏殺害事件は、トランプ大統領(当時)率いる米国政府という「もっとも高いレベル」で起きた、極めつけの「リーダーシップの放棄」だった。そう指摘するのは、ディープインテント(DeepIntent)の創業者兼CEOで、データサイエンティストでもあるクリス・パケット氏だ。同社はニューヨークを拠点として、メルク(Merck)やピュブリシス・ヘルス・メディア(Publicis Health Media)にマーケティングテクノロジーを提供している。この1年ほどのあいだに、企業経営者たちは、平等、正義、公益の推進という理想はもとより、「アメリカ社会の道徳的基盤を守る責任を引き受けざるをえなくなっている」と、パケット氏は語る。
サンフランシスコのブライトライトイマーシブ(Britelite Immersive)は、Facebookやゴールデングローブ賞(Golden Globe Awards)とも取引のあるクリエイティブテクノロジー企業だが、同社のデイナ・ミドルトンCEOによると、パンデミックの勃発以来、従業員が経済的な不安や身の安全に関する懸念に直面するなか、経営の最高責任者であるCEOたちは、いくつもの前例のない決断を迫られているという。「会社、上司、同僚たちとの絆を感じられる人は、精神的に安定している。成功の秘訣をよく理解し、自信をもって大きな仕事に取り組める」と、ミドルトン氏は語る。
同じくサンフランシスコを拠点とする広告エージェンシーのイレブン(Eleven)でCEOを務めるコートニー・ブッシャー氏は、従業員の支えになる新しいリーダーの資質として、共感性、多様性、協調性を挙げる。「自分が若いころに指導を仰いだ上司たちとは程遠いイメージだ」と、同氏は話す。
「私の下積み時代、ビジネスリーダーの典型と言えば、ゴードン・ゲッコーやジャック・ウェルチだった。厳格な資本主義の原則のもと、部下を管理するためのツールとして、社内の競争や従業員への圧力、公衆の面前での罵倒や叱責が重用された」と、ブッシャー氏は振り返る。いまや同氏は、Googleやリフト(Lyft)を顧客とするエージェンシーの最高経営責任者だ。「急速に、かつ容赦なく変化するビジネスの世界にあって、かつての経営手法では、ディスラプションや予期せぬイノベーション、従業員の反発などに対応できない」。
ブッシャー氏によると、古いモデルはいわゆるピラミッド型で、従業員が底辺に、上級役員が上層部に位置する構造だ。新しいモデルは逆ピラミッド型で、従業員たちが上に置かれ、経営陣が支えとなる基盤を提供する。
上司にも偽りがあってはならない
「私の肩書きはCEOだが、実質的にはコーチのような存在だと考えている」。そう語るのは、OHパートナーズ(OH Partners)のプレジデント兼CEOのスコット・ハーキー氏だ。OHパートナーズはアリゾナ州フェニックスを拠点とするエージェンシーで、Airbnb(エアビーアンドビー)やアリゾナロータリー(Arizona Lottery)などを顧客に持つ。「幸いなことに、私は良いコーチからも、悪いコーチからも学んできた。父親であることも、人を育てるコーチングスタイルを培うのに役立ったと思う。私を励ますだけでなく、常に進化を促しつづけてくれた、私自身の師匠たちを手本としたい」。
ハーキー氏は自制心の大切さに言及しつつ、「この1年、職場での葛藤のさなかで、それを嫌というほど思い知らされた」と認める。同氏は自分の師匠から、「自尊心のせいで、理性的な判断ができていない」と諫められたという。ハーキー氏にとっては、まさに目から鱗の出来事だった。「どんな葛藤があるにせよ、常に謙虚であるべきだ」と、同氏は自戒した。
マーケティングのエグゼキューションに偽りがあってはならないように、上司にも偽りがあってはならないと、ハーキー氏は考える。「優れたリーダーは心の知能指数が高く、教訓から学んだ知見を他者と共有することができる。真実を覆い隠し、うわべを取り繕うような愚かなまねはしない」と同氏はいう。「私は好かれるよりも、信頼されたい」。
「共感と理解はコラボに不可欠」
「CEOには、普通の人とは違うというイメージがある」。ナショナルインスツルメンツ(National Instruments)や子供服のカーターズ(Carter’s)を顧客に持つニューヨークのエージェンシー、オーガニック(Organic)のキャシー・チャン・バトラーCEOはそう語る。それは同氏が払拭したいイメージでもある。「私が本当はどんな人間で、何を大切に思っているかを知ってもらうために、さまざまな努力をしている」とバトラー氏はいう。「どんな会社においても、共感と理解はコラボレーションの成功に不可欠な要素だ。だから私は、個人を大切にする会社をつくりたい」。
TONY CASE(翻訳:英じゅんこ、編集:長田真)