しかし、危機の重さが和らいできたにもかかわらず、X世代の多くは、コロナ禍が彼らの心理的、身体的、さらには経済的な健康に与える広範かつマイナスの影響から、いまも抜け出せずにいる。
新型コロナウイルスのワクチン接種率が上昇し、感染者数が減少するに伴って、あたかも周期的に大量発生する「ブルードX(17年周期で大量発生する蝉)」のように、我々はようやく家から這い出して、15カ月間におよぶ孤独と不安と喪失感から、かつての日常を取り戻そうとしている。
しかし、危機の重さが和らいできたにもかかわらず、X世代(日本でいう「団塊ジュニア世代」)の多くは、コロナ禍が彼らの心理的、身体的、さらには経済的な健康に与える広範かつマイナスの影響から、いまも抜け出せずにいる。米国心理学会がおこなった最近の調査では、X世代の33%が「コロナ禍中に心の健康が悪化した」、58%が「望まない体重の変化を経験した」と答えている。
X世代は、ベビーブーマーとミレニアル世代という何かと注目度の高い世代に挟まれて、文化的にはどうしても軽視されがちになる。この世代に属する41歳から56歳のざっと6500万人のアメリカ国民は、1990年代初頭の不況期に就職し、その後ITバブルや金融危機を経験した。キング牧師の暗殺、冷戦、アメリカ同時多発テロ事件、Y2K(2000年問題)を生き抜いた世代でもある。
Advertisement
不遇続きの世代
X世代が経験してきた世界は、混乱、危機、不確実性に満ちている。
『なぜ我々は眠れないのか?:女性たちの新しい中年の危機(Why We Can’t Sleep: Women’s New Midlife Crisis)』の著者で、自身も子を持つX世代のアダ・カルフーン氏はこう語る。「基本的に、我々は不運続きの世代だ。人生のどの節目でも、ある種の文化的空白に陥った。子ども時代は犯罪率がピークに達したし、大学を卒業するころは不況で就職氷河期だった。とにかく、次から次へと不運に見舞われた」。
キャリアの最盛期を迎え、労働人口の60%を占めるに至っても、X世代は全般的に見過ごされ過小評価されている。市場調査やマーケティングに携わる者たちは、ミレニアル世代のニーズや要望に多大な関心を寄せるが、米国労働省の調べによると、X世代の消費支出はほかのどの世代よりも多いという。
しかし、コロナ禍の影響で、状況は変わるかもしれない。アメリカ国民の精神的および社会的な健康促進に取り組む財団、ウェルビーイングトラスト(Well Being Trust)で最高戦略責任者を務めるベンジャミン・ミラー氏は、X世代について、「我々が細心の注意を払う人々だ」と述べている。薬物の過剰摂取、飲酒、自死などで命を落とす、いわゆる「絶望死」が増えていることから、同財団はこの世代特有の問題に目を向ける。「X世代の多くは中堅層の働き手で、家庭を持っている。その分、仕事を失うことのストレスや負担は深刻で、自死や薬物依存の原因ともなっている」。
「これ以上、何も皿の上に載せてはいけない」
X世代の多くは、現在進行中の危機に加えて、いわゆる中年の危機にも直面している。コロナ禍により国が閉鎖状態に追い込まれる以前から、彼らは不安定な雇用に大きなストレスを抱え、育児と親の介護の板挟みに苦悩してきた。そしてロックダウンが米国全土に広がるなか、働く親たちは、自らのリモートワークと子どもたちのリモート学習の調整に四苦八苦させられた。
X世代は「無気力世代」と揶揄されることもあるが、「彼らはもはや無気力を通り越し、うわべを取り繕うことさえしなくなった」とカルフーン氏は話す。
同氏はこう続ける。「誰もが不安を抱えている。もうこれ以上、何も皿の上に載せてはいけない。そんなことをすればすべてが崩壊してしまう、そんな気持ちだった。そして案の定だ。次は何かと不安を募らせるなか、パンデミックが勃発した」。
コロナ禍という暗いトンネルの向こうに光が見えてきたとはいえ、X世代の多くはウイルスに感染することを恐れ(感染に不安を抱く人がほかのどの世代よりも多い)、自分と大切な人々の身を深く案じている。
子育て支援、祖父母、友人などの主要な社会支援システムから切り離され、この世代の多くが情緒的にも経済的にも強いストレスや過労を感じている。さらに、オハイオ州立大学が2021年3月におこなった調査では、X世代が前の世代よりも身体的に不健康で、うつや不安を感じやすく、飲酒や喫煙などの不健全な習慣に陥りやすいことが示された。
当然のことながら、金銭面に関しても、X世代はことさらに悲観的で強い不安を抱えている。経済的な逼迫は、この世代の就労者の多くをきわめて厳しい状況に追い込んだ。コロナ禍による一時解雇、一時帰休、減給などで、一番大きな痛手を受けたのもこの世代だ。負債額も平均12万5000ドル(約1400万円)でもっとも多い。一方で、彼らの多くは家計の主要な担い手であり、消費支出も多く、その経済状態は、国の経済全体を左右するほどに重大だ。
だが幸いなことに、彼らには不遇から立ち直った経験がある。ピューリサーチセンター(Pew Research Center)によると、X世代は金融危機で失った富を回復した唯一の世代だという。
企業側のサポートが鍵
X世代が抱える経済的な不安は、コロナ禍をめぐる現在進行形の不確実性とあいまって、いつ顕在化するのか、そもそも今後顕在化するのかさえ容易には見通せない。それでも、雇用主や企業は、精神的あるいは金銭的な支援を提供することにより、不確実さの解消に重要な役割を果たすことができる。
ウェルビーイングトラストのミラー氏は、業種や従業員数にかかわらず、企業はさまざまな方法でX世代を支援できると考えている。たとえば、できる限り柔軟な勤務形態を導入するのもそのひとつだ。また、心の健康を保つための日を設けたり、遠隔医療サービス、従業員向けのさまざまな支援制度など、さらに踏み込んだ施策について、従業員たちと定期的に話し合うことも必要かもしれない。
ミラー氏はさらにこう続けた。「雇用主は、従業員に対して『うまくいかなくても良い』のだと『あなたのためにここにいるのだ』と、繰り返し伝えることが必要だ。すべての雇用主ができるわけではないが、優秀な人材を雇用したいなら、何を置いても実行するだろう」。
[原文:The pandemic’s negative—and possibly long-term—toll on Gen X]
MEGAN MCDONOUGH(翻訳:英じゅんこ、編集:村上莞)
ILLUSTRATION BY IVY LIU