アメリカのエージェンシー業界では、有給休暇を取り放題とする制度が流行している。
IT業界が発端となるこの制度は、従業員のライフスタイルを尊重しながらも、任せた仕事はきっちりとこなしてもらうことを前提とした、ワーキングカルチャーの変化による産物だ。また、こうした大盤振る舞いのルールは、シリコンバレーで働く人たちへの気前の良い「特典」にもなっている。年々、同地では才能ある人材を確保することが難しくなっているためだ。
しかし、この「有給取り放題」制度にも悪い側面はある。
アメリカのエージェンシー業界では、有給休暇を取り放題とする制度が流行している。
IT業界が発端となるこの制度は、従業員のライフスタイルを尊重しながらも、任せた仕事はきっちりとこなしてもらうことを前提とした、ワーキングカルチャーの変化による産物だ。また、こうした大盤振る舞いのルールは、シリコンバレーで働く人たちへの気前の良い「特典」にもなっている。年々、同地では才能ある人材を確保することが難しくなっているためだ。
しかし、この「有給取り放題」制度にも悪い側面はある。
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「有給取り放題」制度の問題点
同制度を実施しているエージェンシーに勤める中堅マネージャーは、彼より勤務期間の短い社員が、彼と同じくらいの有給を取得していることに対し、怒りで煮えくり返りそうだと話す。「欲張りだとか、器の小さい人間だと思われるので、絶対に口には出せないが、有給は仕事を担ったことへの報酬であり、そうであるべきだ」と某中堅マネージャーは指摘する。
一方で、役員たちが悩んでいる問題もある。エージェンシーは人事で動いているということだ。グローバルエージェンシーであるハバス(Havas)の人材管理担当であるパティー・クリフォード氏は、「私たちの業界は顧客を中心として動いているため、無制限の有給休暇制度を導入することはとても難しい」と話している。
「通常では、顧客と契約を結ぶときに、専任スタッフや労働時間の詳細が決められる」と、クリフォード氏は付け加えた。エージェンシーが「有給取り放題」制度を実施していようとも、顧客にとってはそれは受け入れられないため、実際には機能しない制度になってしまうのだ。
実施しているエージェンシーは3%
エージェンシーリサーチ企業4Aのアンケート調査によると、200社存在するエージェンシーのうち、「有給取り放題」制度を実施しているのは、3%しかないという。その一方で2016年、TBWA L.A.やドイッチュ L.A.(Deutsch L.A.)に追随して、プロジェクト:ワールドワイド(Project:Worldwide)などのエージェンシーもこの制度を導入した。
しかし、現在もっとも一般的な有給制度は、「勤続年数が5年以下の者は10日間」というものだ。また、アンケート調査の対象となったエージェンシー企業200社のなかに、55種類もの異なる制度が存在していることも判明した。
エージェンシー、MRYでストラテジーを担当している24歳のトニ・ドーキンス氏も、「有給取り放題」制度を利用している。彼女は、この制度を導入しているエージェンシーが少ないことに驚きの声を上げた。彼女にとって、この制度は「一番気に入っている特典」だそうだ。
もちろんメリットもある
しかし、「有給取り放題」制度を導入すると、実際に有給を取得する日数が減るということが、調査で明らかになっている。これは有給を取得する罪悪感や、出勤率を競い合う文化が要因になっていると考えられているようだ。
実際に、MRYでも有給取得の平均日数が、ほかのエージェンシーと比べ「下回っている」と、人事部門の取締役エド・マンギス氏は話す。これを受けてマンギス氏は、「有給取り放題」制度は才能ある人材を魅了するためだけのものだと付け加えた(産休や無料ランチなどの制度のように、「有給取り放題」制度もNetflixのようなシリコンバレー企業を真似て作った制度だ。若い人材を獲得するための制度として、エージェンシーは利用している)。
しかし、この制度は、社員への善意以外に企業の利益にもつながっている。たとえば、社員が退職する際、企業側は未取得分の有給に対する支払い責任がない。また、有給取得日数を管理する必要性がないため、経理が楽になるという点もある。
「怠け者にはなりたくない」
ドーキンス氏に2015年取得した有給の日数を聞いたところ、彼女はしばらく計算しはじめ、そして自らの有給取得日数に驚きの声を上げた。通算でわずか14日しか有給を取得していなかったのだ。彼女はもっと有給を取得していたつもりだったという。
だが、有給取得に関して、次のようにも認めている。「有給を取りすぎだと思われているのではないかと、潜在意識でずっと考えている。しかし、これも人間の性だから仕方がない」と、彼女はコメント。「管理部門とも、有給の日数や仕事とのバランスについて確認しなくてはならない」とも、最後に付け加えている。
前述の中堅マネージャーは、有給を取得する罪悪感は企業から押し付けられるのではなく、自らが考えてしまうことだという。彼は誰が有給で休んでいるかがわかり、自ら取得した有給日数も把握しているのだ。中堅マネージャーは、「怠け者にはなりたくない」と話している。
さまざまな発展形
ニューヨークに拠点を構えるエージェンシー、ウォーラス(Walrus)も、以前までは無制限の有給休暇制度を導入していたが、2015年末に廃止している。「特に新入社員たちにとっては、素晴らしい制度だったと思う」と、最高執行責任者(COO)フランシス・ウェブスター氏は語った。しっかりとした休暇制度を望む声は、若いミレニアル世代の社員たちの方が多かったという。「しかし、最終的には全体の従業員を混乱させてしまい、苦しめてしまった」。
ロサンゼルスのエージェンシー、72アンドサニー(72andSunny)では、創業当初から「無制限っぽい」有給休暇制度(常識の範囲内ならば、いくら有給を取得しても良い制度)を管理職以上の役職を対象に実施してきた。これは、上級社員たちの方が若手社員と比べ仕事量が多く、家族行事も多いことが理由だ。
この有給休暇制度をすべての社員を対象にする際、人事部長であるセデフ・オナー氏は上級社員たちが怒りださないかと、心配したという。なぜなら、この有給休暇制度は上級社員たちが長年勤めることで得た特典だからだ。「無制限有給休暇制度は社員への信頼が基になっていて、管理することを基に考えていない。社員全員が気に入っている」と、オナー氏は話してくれた。
「社員を信頼することは素晴らしい」
しかし、同じ企業内でも制度が異なる場合もある。エージェンシー、TBWA\シャイアット\デイ(TBWA\CHIAT\DAY)のロサンゼルス支社には、「有給取り放題」制度があるが、ニューヨーク支社にはない。支社ごとに有給休暇制度が異なっているのだ。
広報担当官によると、「支社が判断している」という。同社のロサンゼルス支社は、Netflixにならい、「有給取り放題」制度を選択した。ロサンゼルス支社に勤めるクリエイティブディレクターのリズ・レヴィー氏は、昨年とは比べられないほどの有給を取得しているが、この有給休暇制度のおかげで想像力や独創力が養えているという。「最高の創作意欲は、オフィスでは出てこない」と、彼女はコメントしている。
最終的には、「期限付きの有給休暇制度」が和解案として生まれるかもしれない。米ニューヨークのデジタルエージェンシー、ワーク&コー(Work&Co.)も「有給取り放題」制度の導入は見送っている。その代わり、有給休暇を20日間に設定し、さらにクリスマスの1週間を休みにするとした。
「社員たちを信頼することは素晴らしいし、私たちもそうしたい」と、人事部長であるケイトリン・リリー氏はコメントした。「しかし、私たちは全社員に休暇を取ってもらいたいと考えている。だからこそ、無制限の有給休暇制度を導入しなかった」。
Shareen Pathak(原文 / 訳:BIG ROMAN)
Image via Thinkstock / Getty Images