デジタル広告界の経営陣は、最近の需要急騰にご満悦だ。一方、現場にはそのしわ寄せが来ているというのが、あるベテランエージェンシー幹部の見方だ。匿名性を保証する代わりに本音を語ってもらうDIGIDAYの「告白シリーズ」。今回は、その幹部が2021年度のデジタル広告界における人的犠牲の実態をつまびらかにしてくれた。
デジタル広告界の経営陣は、最近の需要急騰にご満悦の様子だ。その一方、現場にはそのしわ寄せが来ている。
購入を担う者たちは、過重労働、過少賃金、過小評価の三重苦を強いられている――というのが、あるベテランエージェンシー幹部の見方だ。匿名性を保証する代わりに本音を語ってもらうDIGIDAYの「告白シリーズ」。今回は、その幹部が2021年度のデジタル広告界における人的犠牲の実態をつまびらかにしてくれた。
なお、読みやすさを考慮し、発言には多少編集を加えてある。
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ーー現場で何が起きているのか、概略の説明を
過重労働は今に始まったことじゃないが、コロナ禍のせいで、もっと言えば、コロナがデジタルメディアに及ぼした影響のせいで、過酷さがさらに増した。エージェンシーが目指すのは言うまでもなく、収益/マージンの目標額であり、報酬の形態はクライアントとの契約による。そのひとつは、その人が費やす時間に対して支払われるもので、コミュニケーションプランナーの場合は通常、これになる。もうひとつは手数料をパーセンテージでもらうケースで、バイヤーやデジタルチームの人間にはこれで支払われる。
ただ、いずれせよ、人手を増やすための資金を上に出させるには、かなりの利益を上げることが前提となる。エージェンシーのCFOは損益計算書に目を光らせているからね――すべては、ぎりぎりまで高く設定された収益/マージン目標額を達成できるかどうかにかかっている、ということだ。しかも、たとえ会社が[人的資本への]投資を決めたとしても、フルタイム従業員の雇用をCFOが承認して、面接をして、採用が決まって、条件を提示して、その人が実際に働けるようになるまでには、かなりの時間を要する。結局、そのあいだは、ひと握りの人間が何人分もの仕事を背負わされることになる。最悪の場合、その重荷をたったひとりで抱え込まされることさえある――きわめて不公平だ。
ーー過少賃金ということか?
デジタルチームへの支払はコミッションベースで、正社員のいわゆる給料制とは違う。したがって、収入は安定しないし、見通しも立ちづらい――この点を突かれると、どのCFO/財務取締役も痛いはずだ。簡単に言えば、多くの一流顧客を受け持つ私のチームの全員が不当に低い賃金で働かされている、ということで、これはおそらく、この業界中の誰にも言えるはずだ。我々はどうにかしてくれと、社内督促を粘り強く続けているが、「昇進も昇給も財務的に無理だ」の一点張りで、取りつくしまもない。
ーーあなたのチームは人手不足?
概して、デジタル界は慢性的に人手不足だ。どこのエージェンシーでも、ひとりでキャンペーンを5つや6つも掛け持ちしている図は、珍しくない。新たに人を入れたとしても、若手だから、仕事の質は落ちる。さらに悪いことに、チームの年長組はそれに辟易して去ってしまうのだ(スコット・ギャロウェイ氏の会社、L2の調査結果を見れば、よくわかる――WPPを去ってFacebookやGoogleに向かった人数と、FacebookやGoogleを去ってエージェンシーに向かった人数の差がはっきりと出ている)。
スペシャリストが集まるチームで働くのは楽しいが、それもアカウントマネージャーレベルまでの話で、あとは世間の冷たい目に耐えるしかない。悲しいかな、二級市民扱いを受けるのが現実だ。私らの仕事は、要するに浮世離れしていると見られているからだよ。FacebookやGoogleに出した広告がぱっとしなくても、別に誰も失業はしないだろ、という話だ。実際、デジタルの、というか、とにかくアクティベーション関連の仕事はさっさと辞めたほうがいい、エージェンシーの汚れ仕事なんだからと、業界の先輩たちから勧められたことさえある。
ーーあなたのチームがアウトソーシングされる不安は?
その点は注視している。というのも、デジタル広告は低予算ではなく、低ボリュームだからで、それはつまり、マージンがさほどではないことを意味する。結果として、デジタルチームの仕事はますますオフショア(道徳的に正しいのを好む近頃の連中は、ライトショアというが)されている。キャンペーン購入という高度な技術を要する仕事も、プラットフォームが広告購入の自動化を進めるなか、同じくオフショアされていくだろう。無論、手作業は残るだろうが、減る一方のはずだ。
ただし、オフショアには問題がある。たとえば、アジア市場のチームのクオリティが低く、そっちに頼んでいるにもかかわらず、ロンドン在住の優秀な人間を使ってデジタルキャンペーンの提供を確保しなければならない、という状態が生じているんだ。ひとつの仕事をするのに、わざわざふたりの人間を使っている。明らかに、CFOが見ているのは計算表だけで、クオリティのことなど少しも考えていない――これはゆゆしき事態だ。
もっと言おうか。ニューヨークやロンドン、シカゴやロサンゼルスといった一流市場を任されているチームは、インドやフィリピンといった所から返ってくるぞんざいな仕事に化粧をさせられている。で、クライアントにしてみれば、そんなふうに世界中をたらい回しにされることがわかっているのに、次の広告にわざわざ、気の利いたメッセージやクリエイティブを発注したいと思うわけがない。おまけに、オフショアチームの質はますます落ちているんだから、始末に負えない。エージェンシーのデジタルに対する姿勢は、その程度ということだ。
ーーデジタルバイイングチームの一員として働く現状は?
年長者としてチームを引っ張る立場にいる人はみんな、自分の仕事以外にも、あれこれとやらされている――それに加えて、もちろん、キャンペーンを忘れるわけにはいかない。必死で自転車を漕いでいるようなものだ。下手をすれば、大きなキャンペーンをひとりで回すことにもなりかねない。具体的には何をしてるかって? キャンペーンの準備に必要な諸々から、つまり、クライアントとの全ミーティングへの出席にプランの修正/調整から、報告書の作成やモニタリングに至るまで、何もかもさ。キャンペーンを立ち上げる際、承認をもらうだけのためにひとりで深夜まで働く、なんてこともざらにある。
おまけに、悲しいかな、コロナ禍で自宅仕事になったせいで、以前にも増してきつくなった。オフィスだったら、さすがにそこまでのプレッシャーはない。一緒に働いている大勢の仲間がいるからだよ。エージェンシーでの仕事には、そういう仲間意識/連帯感がきわめて重要なんだ。
ーーつまり、リモートワークが事態を悪化させている?
基本的に、オフィスにいるときは、強い仲間意識/連帯感が得られるが、いまはそれが完全に奪われている。エージェンシー人生の良い部分はすべて、コロナに奪われてしまった。美味しいランチもないし、同僚との雑談や冗談もなければ、楽しい出張もない。
Zoomでのチームミーティングは、同僚と肩を並べて座っているのとは、まるで違う。いまはデジタルにばかり金を注ぎ込んでいるが、その陰には重大な人的損失が隠れている。自分のキャリアを振り返ってみて思うのだが、私にとって最高の瞬間はいつも、誰かに何かしら簡単なことを「頼まれた」ときに起きた。ごくシンプルな何かが、新たなビジネスのピッチやクライアントの獲得といった、大きなものに化けたんだ。でも、いまはそれがまったくない。特に若い連中にとっては、大きな財産になるというのに。ビデオ会議ツールなんかに、セレンディピティ(偶然の出会いや発見)が起こせるわけがない。
ーーあなたや同僚はどう対処している?
みんなひたすら耐えて、ただただ孤独に働いているよ。通勤もなければ、ランチタイムも、仕事終わりの飲みもない。何もかもなくなった。ただ、もはや限界となったら、転職していく。これを聞けば、労働条件がはるかに良い大手のテック企業やインハウスに移る人の気持ちもわかるだろ? 私の同僚のなかにも、すでに行動を起こした、あるいはそうしようかと考えている人はいる。そういう所に移る理由はただひとつ、仕事が安定しているし、雇用の保障もあるからだ。あとは、他のエージェンシーに移るという手もある。というか、この業界では往々にして、上に行くにはそれしかない。有色人種の場合は、特にそうだ。
SEB JOSEPH(翻訳:SI Japan、編集:長田真)