コロナ禍の前は、たいていの人はオフィスで働いていた。体調が優れず、高い生産性を発揮できなくても、義務感に迫られて「出社しなくては」と感じる人は多かった。この慣習が、労働者の健康はもちろん、会社全体を見て取っても、あるいは雇用者側にとってもマイナスであることは言うまでもない。それがコロナによって加速した。
「オフィスの椅子にジャケットをかけておけば、社内にいると思わせることができる」。かつて、オフィスワーカーのあいだではこんな冗談がささやかれていた。
これは実際に行われていたことで、その背景にはプレゼンティーイズム(疾病就業:従業員が出社していても、何らかの不調のせいで頭や体が思うように働かず、本来発揮されるべき職務遂行能力が低下している状態のこと)があった。
コロナ禍の前は、たいていの人はオフィスで働いていた。体調が優れず、高い生産性を発揮できなくても、必要性や義務感に迫られて「出社しなくては」と感じる人は多かった。こういった慣習が、労働者の健康はもちろん、会社全体を見て取っても、あるいは雇用者側にとってもマイナスであることは言うまでもない。
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コロナ禍によりテレワークへの移行が進んだが、これにより上述の問題が解決したわけではない。むしろ「オンライン版プレゼンティーイズム」をもたらす結果をとなった。
雇用の不安定さ、行き届かない社員管理、ひたすら続くバーチャル会議……リモートのプレゼンティーイズムの温床となる要素はいくらでもあるからだ。
社員は、相変わらず体調が優れなくても仕事をしなくてはというプレッシャーにさらされている。業務時間は延び、メールやメッセージのチェック、返信に1日中気を使わなければならない。
ますます曖昧になるオンとオフ
英国のIES(雇用研究所、Institute for Employment Studies)で人事研究開発責任者を務めるスティーブン・ビーバン氏は「プレゼンティーイズムは、とりわけリモートな環境では気づき難い」と警鐘を鳴らす。
「心を蝕むような考え方がいまだに残っており、これがプレゼンティーイズムにつながっている」と、ビーバン氏は続ける。「管理職者のなかには、『病欠は弱さのあらわれであり、いかなるときでも働くべきだ』と考える人が、まだまだ多い」。
IESによるアンケートでも、テレワークへの移行による変化はほとんど確認されなかった。回答者の15%が10時間以上働いており、32%が体調の悪いときでも自宅で働いていると答えている。
ビーバン氏は次のように指摘する。「仕事とプライベートの境界線がこれまで以上に曖昧になっており、ラインマネージャー(業務全体を統括しつつ、個々の部下対する指示も行うなど、幅広くマネジメントを担当する管理職者)はバーチャルなチーム管理に苦戦している。なかには社員をリモートで管理するのに必要なリーダーシップやソフトスキル(コミュニケーション力、協調性、自発性、営業力、リーダーシップなどの目に見えない定性的なスキル)が欠けていることから、精神衛生上の問題を抱える人も少なくない」。
「本当の意味で進歩的なリーダー」
コンサルタントのシェリフ・マティアス氏は、2020年までダラスに拠点を置くレストランブランドのTGI フライデーズ(TGI Fridays)のCXO(体験の最高責任者)を務めていた。仕事とプライベートの線引きが曖昧になったことで、パンデミック以前よりも仕事への意識に引きずられることが増えているというのが同氏の考えだ。
「チームの生産性を維持しつつ、バーンアウトしないようにバランスを変えていく必要がある。そのためには、業務プログラムやポリシーを継続的に検討していかなければならない」。そのうえで次のように主張する。「もしもいまだに上司が毎朝出席を取り、部下が仕事をしているかを常に見て回っているようなら、その人はリーダーにふさわしいとは言えない。現在は、本当の意味で進歩的なリーダーでなければ価値がない。これはコロナ禍がもたらしたプラス面のひとつだろう」。
プレゼンティーイズムの解決策については、必ずと言ってよいほど「部下を監視せず、信頼する上司」の重要性が説かれてきた。調査企業のユーガブ(YouGov)が1月にLinkedInで実施した調査によると、CMO(最高マーケティング責任者)の41%が「コロナ禍によるテレワークの実施により、確実に社員が家でも生産的に就労できるということが分かった」と回答しており、44%が「コロナ禍によりプレゼンティーイズムは消滅した」としている。
LinkedInでマーケティングソリューション担当リーダーを務めるトム・ペッパー氏は「オフィスで残業していた人が、テレワークになったらオンライン状態をずっと維持しなければならないと考えるようになる。これでは何も変わらない」と鋭い指摘をする。
完全な休息とリラックスの重要性
エージェンシーのVMLY&RロンドンのCEO、ジャスティン・パール氏は、マーケティングや広告業界には「提案準備には長い時間をかける必要がある。深夜残業もやむを得ない」という文化が浸透している。これを変えていく必要があると述べている。
「自宅での長時間労働へのプレッシャーや、燃え尽き感など解決すべき課題が存在するのは明白だ。今後のビジネスに必要な要素として、『物理的にそこにいる』ということではなく、社員相互間で『気持ちの面でそこにいると感じさせる』ことへ意識を移し、かつお互いに助け合う努力をすること」が挙げられる。「リモートでも、相手を受け入れようとする姿勢が大切。細切れに時間を管理し、顔を出す必要はない。チームが集まり、協力できるような空間づくりに重きを置くべきだ」。
広告エージェンシー、ブルー・ステート・イン・ニューヨーク(Blue State in New York)でクリエイティブ&プロダクト・リーダーを務めるマリー・ダンジグ氏は、上司から部下に、「不在許可」をもっとフランクに出すべきだと指摘する。
「パンデミックの拡散により、休暇中も自宅から出られない。休暇中なのにネットをつないでいつでも仕事にかかれるようにしたり、メールに返信したり、電話に出たりする人さえいる」。「完全な休息とリラックスの重要性を軽視すべきではない。ワークライフバランスは大切だし、生産性の向上にもつながる」。
さらなる事態の悪化を防ぐために
昔はオンからオフへと自然に切り替わる瞬間があったが、テクノロジーの進歩により、その境目が曖昧になった。いつしか「常にオンのまま」という文化が育まれ、常態化した。国際的なブランド戦略およびPRエージェンシー、KWTグローバル(KWT Global)で、英国マネージングディレクターを務めるサラ・モロニー氏は、「これ以上の事態の悪化を防ぐよう、業界全体で措置を講じるべきだ」と語る。
カリフォルニアやニューヨーク、ロンドンにオフィスを構える同社は、オンライン常態が引き起こすプレゼンティーイズム防止にさまざまな対策を講じている。毎日フレッシュに働けるよう、電話を使用禁止する時間帯を設ける、金曜日はビデオ通話を禁止するといった取り組みが行われている。
「コロナ禍の拡大に伴って、我々は画面の前に長時間座ってビデオ通話を行うようになった。これにより、我々はかつて遭遇したことのないストレスに見舞われ、いつの間にかプライベートまでもが侵食されている」と、モロニー氏は危機感を露わにする。「以前は、自分が『いる』こと、会社のために長時間働いていることを示そうと、椅子の背にジャケットをかけておくような社員もいた。それがバーチャルの世界に変わっても起きている。会社は、今こそ社員への信頼を示すべきだ。社員の自律的で柔軟な働き方を尊重しなければならない」。
[原文:‘The stigma around mental health drives it’: The continued rise of remote presenteeism]
STEVE HEMSLEY(翻訳:SI Japan、編集:長田真)
Illustration by IVY LIU