支払い期限の延長は広告業界にとって、いまにはじまったことではない。ジョンソン・エンド・ジョンソン(Johnson & Johnson)のような巨大広告主は、不況時、経営難に対処するためこの戦術を使った。その際、契約先のエージェンシーは進んで協力したが、次第にまるで銀行のように利用されていると感じるようになる。
メディア企業のリレティビティメディア(Relativity Media)が、デジタルマーケティングエージェンシーのTVグラ(TVGla)に提携継続を求めつつ、支払いサイクルを60日から90日へと延長を求めたとき、TVグラのCEOであるディミトリー・ヨッフェ氏は、交渉の場をただちに立ち去った。
「当社はすでに6桁の売上を失った。リレティビティメディアが破産を申請したからだ」と、ヨッフェ氏は明かす。「クライアントの規模が大きかろうが小さかろうが、我々は最大60日の支払期限を求めている。その理由は、皆が支払いを遅らせるようとすると、我々は膨大な運転資金を用意しなければならなくなるからだ」。
この問題は、TVグラだけのものではない。エージェンシーのグレイ(Grey)も最近、120日の支払期間を強要することで知られる美容ブランドのクライアント、コーティ(Coty)との契約を打ち切ったと報じられている。
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ますます悪化か?
支払い期限の延長は広告業界にとって、いまにはじまったことではない。ヘルスケア関連製品を手がけるジョンソン・エンド・ジョンソン(Johnson & Johnson)のような巨大広告主は、不況時、経営難に対処するためこの戦術を使った。その際、契約先のエージェンシーは、あたかもジョンソン・エンド・ジョンソンに選択権があるかのように進んで協力した。
しかし、エージェンシー側は次第に、現金の山にあぐらをかく巨大企業から、まるで銀行のように利用されていると感じるようになる。2013年、一般消費財メーカーのP&G(プロクター・ アンド・ギャンブル)が75日の支払期間を導入すると、食品・飲料メーカーのモンデリーズ・インターナショナル(Mondelez International)は、さらに長い120日へと拡大させ、酒類メーカーのディアジオ(Diageo)など、ほかのブランドもこれに追随した。
こうした複合企業はこれまで、実に無遠慮な姿勢で、エージェンシーやベンダーを銀行として利用し、少なくとも120日は売上を手元に置いて、増収の資金にあててきた。彼らは、会社が再建の最中だとか、売上が伸び悩んでいるせいでキャッシュフローを調整する必要があるなどとさまざまな理由をつけては、新たな支払いスケジュールを押しつける。
理由は何であれ、大半のエージェンシーにとって、大手ブランドはポートフォリオにあると見栄えがするし、支払いがたとえ非常に遅いとしても回収はできるので、やはり取引したくてたまらない相手だ。加えて、広告は本質的に、関係性に基づくビジネスなのだ。
そしていま、この問題はますます悪化しているように思われる。
引き起こされる問題
たとえば、エージェンシーのシジジー・ニューヨーク(Syzygy New York)のマネージングディレクター、メガン・ハリス氏は現在、クライアントからたいてい90日の期限を求められるようになっている。これが問題を引き起こしているとハリス氏は説明する。
なぜなら、エージェンシーはメディアベンダーに30日の期限で払う必要があり(Googleがこれを要求している)、ほかのベンダーへも最大で60日の期限で支払わないといけない。つまり、エージェンシーがベンダーに支払う責任は変わらず、クライアントが支払うまで、エージェンシーは請求書を溜め込むことになるのだ。
また、ハリス氏は、クライアントがたびたび支払い期限を遅れることがあることについても指摘。問題は、同じように支払いの延期を強要する力がないエージェンシーが、クライアントの代わりにベンダーに支払わなければならないことだ。
「60日を超える場合はたしかに問題だ。エージェンシーは人件費を払えなくなってしまうからだ」と語るのは、マーケティングマネジメントのコンサルティング企業、アーク・アドバイザーズ(Ark Advisors)を創業したアン・ビロック氏だ。「しかし、クライアント側ではマーケティング上の判断よりも、財務上の判断が大きい」。
同じことが、広告クリエイティブ側にも当てはまる。「巨大なトリクルダウン理論だ(富める者が富めば、貧しいものにも富が浸透し再分配されるという理論)」と、TVグラのヨッフェ氏は指摘する。「従業員、制作会社、ベンダーたちに向かって、『クライアントからの支払いがまだきていないため、我々も払えない』とは言えない」。
重要なのはタイミング
エージェンシーは通常、売掛金に限度額を設定することで、長期の支払いに対処する。たとえば、タンジェント・エージェンシー(Tangent Agency)のCEO、マーク・ベッカー氏は通常、経理部と協力し、売掛金がいつ自社の銀行口座に入金されるかを把握している。経理部は履歴に基づき、どの時点で入金されるかをほぼ正確に予測し、前もって資金繰りを計画できると、同氏は説明する。
しかし、売掛金の限度額の設定は時間を要し、それによってローンの金利が増え、エージェンシーの収益が奪われると、TVグラのヨッフェ氏は指摘する。そのため、中小のエージェンシーにとって、「タイミングがすべて」という言葉の「タイム(時間)」が二重の意味をもつことになるという。
ひとつは、クライアントが支払うのにかかる時間。もうひとつは、エージェンシーが適切なタイミングを把握するための時間だ。エージェンシーは、システムに過度の負担をかけることなく、ビジネスを成長させるのに必要な各種ツールを導入する時期を見極めることが大切だと、ヨッフェ氏は語る。
たとえば、100万ドル(約1億円)を超えるキャンペーンが組まれ、キャンペーンが完了するまでに6カ月必要なケースを考えてみよう。TVグラであれば、クライアントに対し、費用の50%を前払いし、25%を期間の途中に払い、残りを最終期限に払うよう求めるだろう。
柔軟な対応で差別化も
支払期間の延長は理想的とはいえないが、それを取引解消の要因ととらえないエージェンシーもある。ニューヨークのエージェンシー、ノーブル・ピープル(Noble People)のパートナーでCOOのリンジー・ラストバーグ氏は、ブランドが素晴らしい創造的な機会をもたらす場合、ノーブル・ピープルは資金全般について迅速かつ柔軟に対応すると話す。
「我々はもちろん、戦略のような値の張る業務の稼働費を払うため、できるだけクライアントには前払いを希望する。それでも、いつでもそれが実現するわけではないことも受け入れている」と、ラストバーグ氏。「それに、予測可能性のほうが支払期間より大切だ。我々は、60日期限のクライアントが結局120日かけて払うことよりも、120日間なら120日間の期限通りに支払われることのほうを評価する」。
しかし、場合によっては、クライアントが支払いの延期を求めるのではなく、エージェンシーが自ら期限延長を提案することもある。
ブランドは価格モデルを重視
eコマース企業ボックスト(Boxed)のメディア戦略担当シニアマネージャー、エミリー・カレン氏は現在、提携先のメディアエージェンシーを探している。そこでエージェンシーから提案される標準的な条件は、着手金または歩合制の体系に基づき「請求書の日付から30日以内に支払う」という内容だという。しかし、支払期限に寛大になることは、必ずしもエージェンシーに競争上の優位性をもたらすものではなく、大事なのはむしろ価格決定モデルだ。
たとえば、カレン氏の考えでは、着手金は恣意的になりがちだ。なぜなら各スタッフが作業に要する時間について、憶測が多くなるからだという。たいてい、憶測は精度が低く、それに固執するわけではない。
「どのエージェンシーもただちに前払いを求めるとは言ってこない」と、カレン氏は語る。「パートナー候補のエージェンシーのなかには、成果に基づく四半期ごとの報奨金で仕事をすると提案しているところがあって、非常に興味深い。我々が四半期ごとに報奨金を払うなら、エージェンシーは実質的に、稼働してから90日後まで対価を得ないということだ」。
YUYU CHEN (原文 / 訳:ガリレオ)
Image via Getty Images