ブランドテック・グループは、Web3であれCTVであれ、インハウスであれeコマースであれ、幅広い顧客を対象とした技術サービスを提供し、激変するメディア業界にあって成長と投資を続ける。同社CEOのジョーンズ氏に2022年の展望をきいた。
米ニューヨークに本社を置くユー&ミスター・ジョーンズ(You & Mr Jones)は2022年1月第3週、ブランドテック・グループ(The Brandtech Group)と社名変更したと発表したが、2015年の創業以来、同社の動向を見てきた人にとっては、意外なニュースではないかもしれない。創業者のデヴィッド・ジョーンズ氏が自社のビジネスを語るときにかならず言及する「ブランドテック(Brandtech)」という名称は、以前から商標登録されているほどだからだ。社名変更の可能性はつねにあったが、興味深いのは変更のタイミングだろう。マーケティング・テクノロジーで知られるこの持株会社が展開する各事業は、(ガートナーが提唱する)ハイプ・サイクル(hype cycle)における流行期(peak)を過ぎ、続いて訪れるはずの幻滅期(trough of dillusionment)を飛び越して成長段階に入っている。
例をあげてみよう。同社の収益は2021年には、5億ドル(約550億円)を計上しており、2022年も出だし好調で、さらなる伸びが期待できそうだ。2021年第1から第3四半期の自律的な収益は前年対比で50%増加し、その後も勢いを保っている。同社は2021年、3億ドル(約330億円)の資金を投入してメディア事業部を立ち上げたほか、インテグラルアドサイエンス(Integral Ad Science)とアミノ・ペイメント(Amino Payment)の創業者であるウィル・ラットレル氏を最高技術責任者に迎えた。
激変するメディア業界にあって成長と投資を続けるブランドテック・グループはいま、しかるべき立ち位置にいるのかもしれない。Web3(ウェブスリー)であれCTV(コネクテッドTV)であれ、インハウスであれeコマースであれ、同グループが提供するのは幅広い顧客を対象とした技術サービスであり、ビジネスモデルは、ジョーンズ氏も一時期加わっていた初期のころと真逆のほうへ変化を遂げている。ジョーンズ氏としては当然ながら、その利点を最大限に活かしたいと考えている。それを実現するには、スカイ・ニュース(Sky News)が2021年9月報じたように、上場するという手段がある。ただし、ジョーンズ氏はいまのところ、選択の自由を残しておきたいようだ。
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「業績好調のおかげで、選択の幅が広がった」と、ジョーンズ氏は米DIGIDAYの取材に応えた。「わが社はこのまま非上場会社のままでいることもできるし、ゲームチェンジャーとなる買収も仕掛けられる。または、シリーズC投資ラウンドを実施して資金を調達するか、それともIPOをおこなうか。これらすべてが、我々にとって今後の選択肢となりうる」。
そうした選択肢をもつブランドテック・グループにとって、2022年はどんな年になるだろうか。米DIGIDAYはジョーンズ氏とのインタビューで、同グループの戦略や、広告主の関心事が戦略にどんな影響を与えるか、なぜいまになって社名を変更したのかなどについて聞いた。
以下のインタビュー内容をお届けする。なお、読みやすさと記事の分量を考慮し、若干の編集を加えている。
◆ ◆ ◆
――いまになって社名変更に踏み切った理由は?
わが社はいまや、世界有数の大企業とパートナーを組む、存在感のある会社に成長した。従業員数は全世界で5000名以上、シニアパートナーが18名、年商は5億ドル(約550億円)を超えた。ビジネスはいま、規模が大きなレベルで、社名変更の機は熟したと考えた。さらに重要なのは、激動の過去2年間を踏まえつつ、来たる「ポスト広告時代」を見すえた判断だということだ。傘下の企業、4社か5社くらいがすでに、グループ全体がブランドテックを焦点化していることを反映する形で社名を変更している。ブランドテック・メディア(Brandtech Media)やブランドテック・コマース(Brandtech Commerce)といった具合だ。ほかのグループ企業も順次、社名を変更していくことになるだろう。一連の動きは今後の展開を示唆するものだ。
――そもそも「ブランドテック」はどういう意味か?
私が起業のため事業計画を作成していたとき、会社としてクライアントに提供できるものをなんと名づけるべきか迷っていた。けっきょく、広告を超えたさまざまな分野で人々とつながる方法をブランドにもたらすのがテクノロジーであるという意味で、ブランドテックという名称に落ち着いた。その考えは創業時から変わっていない。ほとんどの人が我々の事業がここまで拡大するとは予想していなかった。いまになって振り返ると、我々の考えは正しかったと証明された。持株会社大手5社の時価総額が、コロナ禍前と比べて300億ドル(約3兆3000億円)以上減少している。当社は、従来のビジネスモデルを打破し、ほかとは違う戦略を追求しようと努めており、メディア企業や広告代理店は買収対象としない方針だ。買収するのは高成長が期待できる画期的なビジネスを展開する企業で、たとえば代理店業務の内製化サービスを手がけるオリバー(Oliver)だ。
――買収に関してだが、業界では昨今、M&Aがさかんにおこなわれているので伺いたい。今後はどの分野を中心に投資していくつもりか?
たしかに、M&Aは加速することはあっても、減ることはないだろう。ブランドテック・グループ傘下のエージェンシー、グラビティ・ロード(Gravity Road)は、メタバース分野では世界でも指折りの会社だ。当社では現在、メタバースへの投資を増やしているが、1日1社というハイペースで買収候補となる企業を調査している。もちろん、インフルエンサーマーケティングや、人を基点にしたマーケティングにも大きなビジネスチャンスがある。メタバース以外で我々が注力しているのはeコマース、デジタルメディア、そしてグローバル事業の拡大だ。直近のおもな事例としては、ブラジルにおけるGoogleの大手パートナーで、データ関連サービス専門のDP6買収がある。
――従来型の持株会社体制をとる代理店は、ブランドテック・グループが行っているタイプの取引はしない傾向にある。御社にとって競合となるのはどこか?
端的にいえば、業界ではいま、従来型の持株会社から、当社のような新たなモデルの持株会社への移行が起こっている。現代のブランド企業は、取引のスタイルを選ぶことができる。まず、グローバルな持株会社と組む方法。その種の会社は世界中に拠点があり、どこでもサービスを提供できるが、概して最先端技術や、アドテクを活用したマーケティングが得意ではない。もうひとつは、世界中の市場から、最先端技術や、アドテクを活用したマーケティングの各分野で最高のパートナー企業を探してきて取引をする方法。ブランド側は、さまざまな技術を併用したときにうまく機能するよう調整するという悪夢を経験しなくてはならない。
それに対して当社は、最先端技術と、アドテクを活用したマーケティングを世界規模で提供できる。だからこそ多くの案件の受注が可能なのだ。取引のおよそ60%は、全世界で数百社ものデジタルメディア代理店を使っていたクライアントが、我々に一括発注するようになった案件だ。2021年、当社で2番目に取引額の大きいクライアントが、以前は600社の代理店を使っておこなっていた業務をまとめてまかせてくれることになった。また、もう1社の大手クライアントも同様に、3000社の代理店に発注していたサービスの集中購買の取り組みを始めた。コンペでは、世界各地のアクセンチュア(Accenture)や、ブランドテック・グループ傘下に新たに入ったS4やジェリーフィッシュ(Jellyfish)とよく競合している。言うまでもなく、持株会社体制の代理店ともしのぎを削っているが、彼らが最先端のデジタルマーケティング・ソリューション提供でうまくいかなかった場合は、我々が取って代わるケースも多い。そういった代理店は、TVコマーシャル制作や従来型のメディア関連の仕事はうまくこなせるが、それらはもう、成長事業ではない。
――しかし、そういった従来型のメディア事業は最近、改善の兆しを見せている。
そのとおり、2022年は順調に伸びているが、2021年に落ち込んだ分を取り返したにすぎない。従来型の持株会社がメディアサービスをデジタルに移行させようとすれば、中核的な事業が悪影響を受けるおそれがある。したがって、高コスト体質のクリエイティブ制作部門を売却して、オープン市場でインフルエンサーマーケティングや、人を基点にしたマーケティングのモデルを追求するほうがいい。また、従来型の会社はテクノロジー・プラットフォームや、固有の技術ソリューションを持っていない。そのうえ、株価売上高倍率が1倍から1.5倍程度だから、最新ビジネスモデルの企業を買収したくても付加価値が生み出せず、M&Aの成立が難しい。しかも、大手各社に勤める何十万という社員の大半は、デジタルネイティブではない。というわけで、最高の人材はそういう大手には入社せず、テクノロジー・プラットフォーマーやインフルエンサー事業会社、当社のような会社で働くか、自ら起業する道を選ぶ。組織側の認識も同様だ。最新ビジネスモデルの優良企業は、前述のような理由で従来型の持株会社に事業を売却したがらないから、当社は、その種の持株会社とM&Aで競合しても、失敗したことがない。経営陣がデジタルを理解できておらず、モバイルどころか、インターネットが誕生する前の時代の人たちだからだ。
――先ほど触れられたように、ブランドテック・グループ傘下のグラビティ・ロードはメタバース専門のエージェンシーだそうだが、メタバースの可能性についてマーケターたちの反応はどうか。
反応は幾通りかに分かれる。第一に、NFT(非代替性トークン)に文字通り飛びついて、何も考えずに自社の商品をNFT化し、世界最大の専門マーケットプレイスであるオープンシー(OpenSea)に出品する会社があるが、これは考え方としてはよくない。最先端技術を使ったからといって、よくないアイデアはよくないままで、いいアイデアに変わることはない。こういう行動に出たブランドの大半は、「我々はなぜNFTのビジネスをやろうとしているのか?」という質問に答えきれていない。第二に、ブランドのなかには競走馬NFTに参入したベルギービールのステラ・アルトワ(Stella Artois)や、NFTを利用したオンライン競馬ゲームのゼッドラン(Zed Run)のように、面白くて気の利いた取り組みをしている会社がある。最後に、アーティストや口紅のキャンペーンを展開した化粧品のロレアル(L’Oreal)や、ラグジュアリーファッションのバルマン(Balman)とコラボしたファッションドールのバービー(Barbie)など、テーマ性のあるNFTを販売しているブランドもある。
全体的にみれば、ブランド各社の反応は冷ややかではない。メタバースとWeb3については、実験的取り組みがさかんに行われている。ただし、どちらがより広く普及するかは誰にも予測できそうにない。当社は関連分野への投資を通じて、リングサイド席で今後の成り行きを見守るつもりだ。投資の例をあげると、ポケモンGO(Pokemon GO)の開発を手がけたナイアンテック(Niantec)は世界でも有数のメタバース事業会社だが、我々は同社に創業当時から出資している。
SEB JOSEPH(翻訳:SI Japan、編集:小玉明依)