ドイツのエージェンシー、ショルツ・アンド・フレンズ(Sholtz and Friends)の元職員ジェラルド・ヘンセル氏は、自身のブログで「ノー・マネー・フォー・ライト」というアンチ極右サイトのキャンペーンを実施している。これが同国内で大きな話題を呼び、同氏は殺害予告を受けるほどまでになった。事の顛末を伺う。

ジェラルド・ヘンセル氏
Webサイトにとって、嘘の拡散で金銭を稼ぐのは、比較的簡単なことだ。しかし、この自動化広告の時代にマーケターは、自社オンライン広告の掲出先について、部分的にしか把握していないだろう — 特にプログラマティック取引が、イギリスやアメリカほど深く浸透していない、ドイツのような国では — 。
しかし、用心深いマーケターでさえ、反動リスクに直面している。独エージェンシーのショルツ・アンド・フレンズ(Sholtz and Friends)で、シニアストラテジストを務めていたジェラルド・ヘンセル氏は2016年12月、自身のブログで「ノー・マネー・フォー・ライト(No Money For Right:極右の資金源を断て)」というキャンペーンを立ち上げた。「プログラマティック広告で偽ニュースサイトに広告が表示されている場合、該当ブランドに伝えるように」と、人々へ呼びかけたのだ。これは、フェイクニュース問題について、ブランド自ら対応を選択できるように促す取り組みだった。
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このハッシュタグ「#NoMoneyForRight」は直ちにTwitter上でトレンドとなる。そして、ヘンセル氏はデジタルメディアの「シットストーム(抗議の嵐)」のど真ん中に身を置いてしまったことに気がついたという。その後10日間は、1日に50から60もの殺害脅迫を受けた。彼の雇用主やクライアントも同様に脅迫を受け、ヘンセル氏はこの猛攻撃を鎮めるために退職を余儀なくされたのだ。
我々は、ドイツでの現況と、彼の次のデジタル構想である「フィアレスデモクラシー」について詳しく聞くためにインタビューを行った。下記の引用はわかりやすくするため若干編集されている。
――そもそも何が起こったのか?
強調しておきたいことは、まずこれは私の個人的なアイデアであり、私の雇用主のものではないということだ。私はほかの多くの人と同じように、ブレグジット(Brexit:イギリスのEU離脱)やトランプの選挙で目が覚めた。
「ノー・マネー・フォー・ライト」のキャンペーンを立ち上げたあとは、自身を保守的なブロガーと呼ぶ人々による、私や私の元雇用主やドイツ政府を標的にした反対キャンペーンを受けた。まるで、私たちが出版の自由に反対する陰謀に関わっているかのような扱いだった。さらに、私があらゆる次元で、言論の自由を奪う目的の活動に加わっているかのようにも扱われた。10日間、私はドイツに住む一個人の周辺で起こりえるものとしては、最大級の「シットストーム」の中心にいた。
――それが原因で退職を?
そうだ。何千もの抗議メッセージや、何十ものクライアントが副次的なメディアによる不買運動を受けたりして、大変な時期だったにも関わらず、私の雇用主はとても協力的だった。この雇用主とわずかな関係しかなかったクライアントのマーケティングトップですらも嫌がらせのメールの標的になってしまっていた。
その10日間は、私の元雇用主の取締役会もPR部門も不眠不休で対応に追われていた。攻撃側からは1日に2〜3本は関係記事が投稿されたが、そのどれもが私を失脚させることが目的だった。それで私は、自分が会社を去らない限り、終わらないと気がついたのだ。もしただの一個人だったら、嫌悪のレベルはまったく違ったものだっただろう。あれは組織的な攻撃だった。
――でも、あなたの活動は、こうしたサイトが金儲けをしている手段への関心を高めたのでは?
そうだ。こうしたサイトが機能している理由のひとつの要素は、一般向けのサイトはおろか、右翼サイトに対して予算をつぎ込んでいることにすら気がついていない、大きなブランドから利益を得ていることだ。これはかなり単純なことで、パイプから漏れている油が湖に流れ込んでいたら人は非難しはじめるし、湖が汚染された理由を問うだろう。
そして解決策は明らかだ。パイプラインを直すことだ。そしてこれはプログラマティックにおいても同じことだ。パイプラインを直す必要があるのだ。
――2016年12月の騒動のあと、マーケターのこうしたサイトの資金源に関する認識は深まったのか?
この問題に対する認識は深まってきていて、これこそが私が続けていきたいことだ。アメリカには話し合っているデジタルの専門家が何人かいるが、彼らはブランドを「ブライトバート・ニュース(Breitbart News:トランプ大統領の側近、スティーブ・バノン氏が運営する極右サイト)」のようなサイトから遠ざけることに多大な協力をしてくれた。
ただもちろん、ブライトバートは氷山の一角にすぎない。ドイツ国内での問題は、非常に重要な選挙が控えているということだ。そして、トランプが大統領になってからは、ドイツでもこうした嫌悪の嵐が吹き荒れているのは明らかだ。ひとつの要素として、政策決定に関わる偽ニュースを混ぜ込むことで、絶えず続く恐怖や怒りを煽るということがある。いまや嘘をばらまくプレスを意味する「Lugenpresse(虚つきプレス)」という言葉があって、現在ではメインストリームのメディアを説明するときに使われている(トランプ大統領がCNNを「フェイクニュース」だと批難するような状況)。
――キャンペーンを#NoMoneyForRight から #StopHatevertising に変えた理由は?
これは左か右かの問題ではなく、単に憎悪に対して予算をつぎ込むのを止めるためのものだからだ(※ Hatevertising = ヘイト[Hate]と広告[Advertising]をかけ合わせた造語])。有料のメディアや広告の業界が認識しなければならないことは、彼ら自身も彼らの予算も、彼らにとって好ましくないこと、つまりビジネスに害のあることに対して責任があるということだ。
――あなたの新しいプロジェクト、「フィアレスデモクラシー」についてはどうか?
私はいま、マーケティング、PR、そして政治的な背景をもった多くの知人とともに活動している。ドイツを拠点にしたNGOを設立し、将来的には世界中に、少なくとも英語圏の国には、この活動を拡大していこうと思う。
私たちのNGO活動のひとつの側面は、同様の攻撃から人々を救い、どう対処すべきかアドバイスやサポートを行うことだ。「シットストーム」はなぜ起き、その背後には誰がいるのかを明らかにしようとしている。同時に、デジタル的に可能となった政治的暴力の裏にある仕組みを公の目に晒すための取り組みを進めていて、すでにその分野の多くの専門家と協力している。
また、一般人や右翼の人向けのニュースや、私たちの民主主義社会を蝕むような企てを一箇所に集めている「ザ・ウェーブ(The Wave)」という最初のプロジェクトを立ち上げ、すでにソーシャルメディアで活発に活動している。2017年3月にはサイトを立ち上げて、「シットストーム」の被害者をサポートするための最初の大きなプロジェクトをはじめたいと考えている。