CICのロウ氏は日本に拠点を設けることを検討しており、「日本の大企業は最初スタートアップだった。投資額、スタートアップ数の少なさ、リスク回避的な社会通念などの課題を乗り越えられれば、ホンダやソニーのような起業家精神を日本が取り戻せる」と訴えた。
日本経済が長期的停滞にある一因として近年は成長領域の企業が少ないことが指摘されてきた。つまりスタートアップが少なく、しかもスケールする例は米国に比べると少ないということだ。
ケンブリッジイノベーションセンター(CIC) CEOのティム・ロウ氏は月7〜8日に六本木アカデミーヒルズで開催された「BIG DATA ANALYTICS TOKYO(ビッグデータに人工知能を)」に、ボストン、MIT(マサチューセッツ工科大学)周辺の、データアナリティクス関連スタートアップを多数引き連れ、日本のビジネス、アカデミックコミュニティと交流した。CICはボストン、セントルイス、マイアミに施設を所有しスタートアップ向けに専用シェアオフィススペースを提供している。
ロウ氏は日本に拠点を設けることを検討しており、「日本の大企業も最初スタートアップだった。投資額、スタートアップ数の少なさ、リスク回避的な社会通念などの課題を乗り越えられれば、ホンダやソニーのような起業家精神を日本が取り戻せる」と訴えた。
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「イノベーションは雇用機会を生んでいる。森の木々を調査すると、大きい木は死ぬ傾向があることがわかる。米国の雇用創出の状況を調べると、既存企業が雇用創出を減らす分、スタートアップが新しい雇用機会を生む。起業家精神は雇用を生み出すことができる」。
「アメリカ経済が成長を続けたのは強いスタートアップ基盤があったためだ。日本の経済が長期的に力強くないのは、十分なスタートアップがいなかったためだ」。
日本では近年、ビジネスとして健全性の低い企業を救済する傾向が強い。これはロウ氏の指摘と符合するかもしれない。新領域を開拓するスタートアップの基盤を整備するほうが、投資として効果的な可能性がある。
「日本には人口や大きさに対して多くの世界一流企業が存在する。日本にはファンダメンタルズを上回る大企業がある。トヨタ、ホンダ、ニッサンなど多数の多国籍企業をもつが、どの企業も最初はスタートアップだった」。
アイデア×お金×才能
ロウ氏はイノベーションの変化を指摘した。「イノベーションは往々にして孤立した場所で生まれた。交流電流、ラジオやラジコン(無線トランスミッター)、蛍光灯、空中放電実験を発明した科学者ニコラ・テスラ氏は人から離れた場所で研究を続けた。ヒューレット・パッカードとスティーブ・ジョブスはガレージからビジネスをはじめた」。
しかし、現在のイノベーションはこれまでとは違う。さまざまな組織からイノベーターが一同に集い、協働する。「イノベーションハブは若い起業家たちに経験豊富な起業家から学ぶ機会を提供している。イノベーションハブでは人々はアメーバのように繋がる。3つのシンプルな法則が必要だ。それは『アイデア×お金×才能』だ」。
AT&Tベル研究所の調査によると、イノベーター同士の物理的距離が近い方が、パフォーマンスの高い研究結果が得られたという。「主要な研究メンバー同士の距離が科学のコラボレーションの主な推進力となる・物理的な「近さ」がコラボレーションを生み出す」。
「日本ではよくスタートアップと大企業が協力しましょうとは言っても、同じ空間にいないと難しい」。
ハブが多様性を生む
「ハブをつくるとVCも1カ所に集中する。VCの総額も140倍になった。モバイルOS、Androidの共同創業者リッチ・マイナーもボストンで育った」。
CICをベースに成長した数々のスタートアップへの投資総額は2400億円を超え、現在米国マサチューセッツ州ケンブリッジにあるCICの2カ所のビルに席を置くVCの総額はおよそ8400億円に達したという。
「シリコンバレーのイメージが強いが、必ずしもカルフォルニアである必要はない」。
課題:投資、起業数、リスク回避
日本は米国の60年代のような状況にあるという。「米国の60年代を見れば、当時米国にはスタートアップを生み出す力がなかった」。
「日本ではアカデミアの研究がベーシックリサーチに集中しすぎている。商用化やスタートアップへのフォーカスが必要だ。大学と企業の距離がありすぎ。研究者がスタートアップをつくるようにしないといけない。『頭を動かす前に手を動かせ』だ」。
ほかにも以下のような課題があると話した。
* ベンチャーキャピタル投資が少ない
* スタートアップ企業の割合が低い
* 失敗を恐れる考え方
なぜ日本のスタートアップがグローバルにスケールしないかというと、VCが注入する資本量が米国のスタートアップを大きく下回ることによる、と指摘した。

「イノベーションのエコシステムのカギは『近さ』だ」と話すティム・ロウ氏=吉田拓史撮影
「米国のスタートアップは最初からグローバル展開を視野に入れて、大きな資本を集めている。韓国のメッセージングアップの会社は日本の市場を占有することに成功した。日本の会社も韓国の市場を最初から取り込むことを念頭にいれないといけない」。
「死に近い経験」が平均3回
日本はイノベーションエコシステムが分散している。これをひとつにしていく。ボストンにあるイノベーションハブを日本につくれないかと考えているという。
ロウ氏には「死にかけた」経験があるという。「2001年に社員50人いた段階で、ドットコムバブルが弾けた。9割レイオフしないといけなけなかった。友人にここで働けないと伝えないといけなかったのだ」。
「スタートアップには『死に近い経験』が平均3回くらいある。これを乗り越えるモチベーションが重要だ」。
Written by Takushi Yoshida/吉田拓史
Photo by GettyImage