「調子はどう?」「忙しい」「へえ、それは何より」ーー。エージェンシーで仕事をしている人なら、ほぼ100%の確率でこの種の会話を耳にした経験があるはずだ。
これらの会話は、あらゆるエージェンシーを悩ませる問題を象徴している。「多忙の罠」にはまった精神状態が、実際の生産性より、見かけだけの仕事を重視しているのだ。
「調子はどう?」「忙しい」「へえ、それは何より」ーー。エージェンシーで仕事をしている人なら、ほぼ100%の確率でこの種の会話を耳にした経験があるはずだ。
これらの会話は、あらゆるエージェンシーを悩ませる、とある問題を象徴している。「多忙の罠」にはまった精神状態が、実際の生産性より、見かけだけの仕事を重視しているのだ。
グローバルエージェンシーであるハバス(Havas)のグローバルデジタル最高責任者を務めるマット・ハウエル氏は、「エージェンシーが抱える大きな問題だ。ミーティングのスケジュールが『詰まっている』ことを自慢している」という。
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実際に、広告エージェンシーの幹部とミーティングをするのは、ほとんど不可能であることが多く、ミーティングによって締め出された膨大な量の日程と時間を複数のアシスタントが調整をしている。ハウエル氏によると、これはいわば男性的な自己顕示欲でもあり、その点でいつまでも続くものなのだという。「求められている」人が多くの場合、スケジュールをいっぱいにする傾向がある人なのだ。
幽霊ミーティング
クリエイティブエージェンシーであるFL+Gの最高クリエイティブ責任者バン・グレイブズ氏は、これまでのキャリアで生産性のない「多忙」をたくさん目にしてきたと語った。確かめてみると、実際の仕事が行われているから日程がいっぱいなのではない。単なるミーティングが理由であり、エージェンシーの世界では多くの人がこの悩みの種に不満を漏らしている。
グレイブズ氏はこのような、ミーティングに次ぐミーティングで、ミーティングで決定されたことを実際に実行したり処理したりする静かな時間がまったくない状態を「幽霊ミーティング」と呼ぶ。それは、傍からの見た目以上の問題でもあるのだ。ハウエル氏によると、落ち着いた時間が持てず、実際のパフォーマンスがよくないクリエイティブの人々は、時間が実際の仕事ではなくミーティングに向けられ、多忙の罠の文化で苦しんでいる。
この問題の大きな要因のひとつとして、エージェンシーが伝統的に時間に基づく報酬だったことがあるのかもしれない。報酬の算定方法が変わっても、使われた時間に着目した1時間いくらの世界で育った幹部たちは、予定をぎっしり入れる必要があるという感覚を持っているのだとグレイブズ氏はいう。同氏は「我々はみな時間で報酬を請求できる世界で育ったので、業界にその影響が残っている」と語った。
また、デジタル時代によって多忙な状態を作りやすくなった。Twitterの確認も電子メールの送信も常に追いつかない。仕事も追いつかず、仕事をしている時間がますます少なくなる。
「我々は多忙を自慢する」
こうして、予定が詰まっていない人はサボっているという考え方が一般的になる。メディアプランニングエージェンシーのMECでソーシャルの責任者を務めるノア・マリン氏は、「我々は多忙を自慢する」と語った。どこのエージェンシーでも同じような状況だ。マリン氏は、別のエージェンシーの友人とたびたび忙しさを比較しているという。「競争になっている」そうだ。
闇はもっと深いのかもしれない。エージェンシーのあるバイスプレジデントは、自分が本当の仕事ではなく、まったく意味のないタスクによってどんどん「忙しく」なっているのに気がついたと語ってくれた。そのようなことになったのは、自分が実際には何も生み出していないという事実を隠蔽するためなのだろうかと、同僚たちと一緒にいて彼は考えた。
「たとえば、クライアントとの昼食は私の仕事のひとつであり、その後、『ランチがどうだったのか』についてチームとミーティングをする」と、彼は語った。「しかし、そのようなミーティングがなかったら、自分が困り果ててしまうことが私にはわかった。私が忙しいのは、もし忙しくなければ、自分が実は重要なことをまったくしていないことに気がついてしまうからなのかもしれない」。 このバイスプレジデントは、この記事では匿名にすることを求めた。
「ミーティングなし」の日
もちろん、時間が不足しているという考え方は新しいものではない。調査会社のギャラップ(Gallup)が2011年に発表した調査では、米国では成功している、つまりお金のある人ほど時間の余裕がないと報告されている。また、テキサス大学オースティン校の教授は、こうした時間ストレスの不満を「ヤッピー愚痴」(yuppie kvetch)と名づけて、人は技術的に進歩して成功するほど、時間に追われる感覚に不満を漏らすようになるのだと示唆した。
しかし、たとえばコンサルタントの世界のような、時間で報酬が決まるほかの分野で似た問題を見たことがないとハウエル氏は言う。「ほかの業界ではこの問題があまり広がっていない。我々の業界にこの『正気を失うことをよしとする』現象があるのは、自分や自分のやっていることが求められていることを示すからだ」と同氏は語った。
デジタルエージェンシーのエンジン・デジタル(Engine Digital)は、会社のあり方を変えるためにエージェンシーコンサルト業のエージェンシー・アジャイル(Agency Agile)と協力して、ミーティングの時間をあらかじめ設定し、1日の残りは人々が自由になるようにした。グレイ・アドバタイジング(Grey Advertising)には以前から、週の決まった日を「ミーティングなし」の日にする規則がある。ハバスのハウエル氏は、会議を減らしワークショップを増やすことで実際の仕事が進むようにする実験をしている。
グレイブズ氏は、すべてが矢継ぎ早に進んでいくので、忙しくないのは自分が間違ったことをしているからだと人々は感じているとして、「『こんなにもやることがあって忙しい』と人々は考える。忙しさがシステムに組み込まれている」と語った。
Shareen Pathak (原文 / 訳:ガリレオ)