映画業界のドンであるハーヴィー・ワインスタインのセクハラ告発にはじまり、各業界で女性たちが続々と被害を訴えている。広告業界も例外ではない。女性たちの証言から見えてきたのは、パーティーやアグレッシブさが称賛される文化、クライアントと代理店という力関係、男性優位の体制など、セクハラが許容されやすい業界が抱える闇だ。
2012年、大手広告代理店でディレクターを務めるメアリー(仮名)は、同僚の年配男性からセクハラを受けた。最初は不躾な発言から始まり、それから性的なほのめかし、そして彼女の外見や仕事を中傷するということが続いた。
メアリーは人事部に不満を伝えた。社内調査の結果、他にも3人の女性が同じ男性から似たような嫌がらせを受けていたことがわかった。そのうえで人事部が彼女に突きつけた選択肢は、訴訟を起こすか、示談をして守秘契約を結ぶことだ。彼女は後者を選び、守秘契約にサインをして会社を去った。
「私の選択肢は限られていた。自分のことだけを考えて選ぶしかなかった。あんな環境に居続けることはできない。人事部は私を守ってくれるわけじゃなかった。私は経済的な安全性を確保し、キャリアを台無しにしない道を選ばざるを得なかった」と彼女は語る。「だから私は会社を去り、口を閉ざした。(性的嫌がらせの)被害者側に立つということはとても複雑なことだ。キャリア的にも力のある女性だと思っているが、それでも守秘契約にサインをして無かったことのように振る舞った」。
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広告業界においてセクハラを受けたと申告する女性たちと話してみると、あるパターンが見えてくる。ほかの業界と同様に、広告業界にもハーヴィー・ワインスタインやルイス・C.K.のようなセクハラ犯がいるが、エージェンシーは問題を社内にとどめようとするだけでなく、加害者を職にとどまらせる傾向にある。それどころか、彼らを保護しているとも言える。さまざまな業界でセクハラ問題が大々的に取り上げられているにも関わらず、いまだ広告業界のエグゼクティブレベルでハラスメントを告発された人物はいない。だからといって、セクハラがエージェンシーで深刻な問題になってないというわけではない。
米DIGIDAYではセクハラの被害に遭った女性たちに実名で語ってもらうことはできなかった。その理由として訴訟や報復への恐怖があげられた。また自分たちの被害を公に語っても何も変わらないだろうという者もいた。
業界のパワーバランス
「あらゆる場面で目にしてきた」と語ったのは西海岸のエージェンシーの女性エグゼクティブだ。「エッフィー賞(Effie Awards)の授賞式に私はローカットのVネックドレスを着ていった。他社のエージェンシーのグローバル幹部の男性は、私の胸元を見て『ボナーガレージ(boner garage:勃起したペニスを差し込むところ、という意味の性的なスラング)』と言ってきた。そのときはその言葉の意味を知らなかったから、相手にせず無視したけど」。
しかし、彼女が体験したもののなかで一番ひどかったのは数年前のカンヌでの出来事だ。ディナー中に、クライアントが彼女の身体を触りはじめ、性的な発言をしはじめたのだ。このクライアントはこれまでもボディタッチをよくしてくる人物だったという。彼女はその場で、「バカなことは止して」と忠告したが、その2日後上司に呼び出されクライアントに謝罪するように言われたのだ。
エージェンシーにおけるパワーバランスの不均衡が、セクハラを許容する結果につながっていると女性たちは言う。「代理店はクライアントに従う立場。このパワーバランスの不均衡は業界内にはびこっている」。
ある別の女性エグゼクティブは、「こんな事を言うのは嫌だけど、私の役職において女性であることは役に立つといつも思ってきた。私はいつも男性上司に対して従順に接してきた」と語る。「上司は(セクハラ的な)間違ったことはしてない。でもイベントに行けば私は彼のためにドリンクを取ってくる。それによって気に入ってもらえる。私も彼より人間として劣っていると感じるわけじゃない。ただ歪んでいるのは、そうすることで私の評価は上がるし、彼も気分を良くするということ。男性なら私の役職にいても同じことはしないだろう」。
同様のことをクライアント側からも要求される。代理店はあくまでクライアントの代理店でしかない。PRやコミュニケーション、アカウントサービスなどクライアントを満足させることが最優先の部署には女性が多い。セクハラが続くのはトップが容認したり強制しているからだけではない。加害者側が力を持った立場にいるため、セクハラをしても罰されることがないと感じているからだ。
また被害者と加害者の水掛け論になってしまうような状況に至っては、上司や役員レベルの人間は個人的には申告してきた女性をサポートしても、公の場になると態度を翻すことも多い。前述の西海岸のエージェンシーの女性エグゼクティブがクライアントに対して謝罪をしたとき、彼のことをビッチと呼んだことを後悔している、というような遠回しな言い方をしたという。「彼は大したことじゃないと笑ったけど、侮蔑されたと感じたからわざわざ告げ口をしたのよ」。
「テキーラが入ってたから」
エージェンシーはビジネス上の理由から、「働いていて楽しい職場」であろうと必死になる。ハッピーアワーやオフィス内での飲酒も珍しくない。各種アワードの授賞式もたくさんある。カンヌだって例外ではない。カンヌのレッドカーペットでセックスをしているカップルが写真を撮られたこともある。「一体私たちはなんて人間なの? ほかのどんな業界でこんなことが起きるというの?」と、先ほどのエグゼクティブは言う。
ニューヨークの女性エグゼクティブは、セクハラの文化があるというより、セクハラが起きやすい業界の体質にあるという。「パーティーをしていれば、皆酔っ払うし、いろいろなことが起こる。いい付き合いが生まれることもあるけど、悪い状況になることもある。ただそうなってもその場の空気に従うしかないというプレッシャーを感じることが多い」。
ある男性のエージェンシー役員に、この業界の文化がセクハラを許容していると思うかと尋ねたところ、彼はビデオ付きのテキストメッセージで回答をよこしてきた。それは制作会社が主催したカンヌのビーチパーティーで、踊り回るカップルで溢れかえったダンスフロアを写していた。「これは質問の回答になっている?」
彼は勘違いしている。問題は業界がパーティー好きということではない。ある女性社員は、アルコールですべて片付けられると語る。その結果、セクハラが起こりやすい状況を作っているという。「ガラス張りのオフィスに座っていて、誰かのデスクの上には3本のワインの空き瓶が見える。呑む文化があるし、飲酒中に何か悪いことが起これば『ああ、あれはテキーラのせいだよ』のひと言で片付けられてしまう」。
出張も多い。特にクライアントと会うような役職はそうだ。インタビューに答えてくれた2人の女性は同僚たちが「ホテルの部屋まで送ってあげる」という口実のもと、セックスをしようとしてきた例を語ってくれた。ある女性は、出張中、彼女の上司のホテルの部屋で仕事のミーティングをするから来るように言われたという。そして部屋に行くとその上司はバスローブだけを身に着けた姿でドアを開けたという。
セクハラにたいする許容文化
広告業界に入りたてのとある女性は、ほかの業界と比較して(メディア業界と比べてすら)、この業界の男性偏重が強いと証言する。「私の話を遮って話す人、私のアイデアが下らないと言い切る人、こういうのは多くが男性だ。これにはくじけそうになる」と彼女は漏らす。女性に対するレッテルの影響もあると思う。女性は服装で判断される、その一方で男性は無謀で向こう見ずな言動で新しいビジネスを売り込むことを称賛される。
世界最大手の広告グループであるインターパブリック・グループ(Interpublic Group)では、ワインスタインのスキャンダルなどの影響を受けて、今年後半に予定されていたセクハラに関する社内トレーニングを早めて開始することにした。
同社のシニア・バイスプレジデントでありダイバーシティ・インクルージョン責任者でもあるハイド・ガードナー氏は、「セクハラ被害を公に訴えた女性たちのほとんどが、映画やテレビなどクリエイティブ業界であることが興味深い。クリティブ業界はそれだけガードが硬かったのかもしれない」と指摘する。
ニューヨークの別の女性エグゼクティブはさらに率直な言葉で語ってくれた。「クリエイティブ業界では、無意識にも意識的にも不愉快でバカな言動をする人間が多い。これまで何度もそれに耐えてきた。自画自賛するビジネスだから、自分が大好きな人間ばかりだ。誰かがくしゃみをしたらそれが金塊を生み出すかのように扱う。自分が特別な人間だと勘違いしてしまうようなカルト的な人間が多くいる」。
米DIGIDAYでは、ワインスタイン騒動を受けて社内ポリシーに変更があったのかホールディング会社にも聞いてみた。WPPの広報担当によると、ポリシーは2016年のサステナィビリティ報告書に明記されており、倫理・偏見に関するトレーニングを義務付けているとのことだ。IPGとオムニコム(Omnicom)では、CEOのマイケル・ロス氏とジョン・レン氏からそれぞれ、ハラスメントは断固として認められないという社内規程に関する社内メールが送付された。電通イージスでは、新たなセクハラ防止トレーニングをはじめようとしているという。同社の広報担当は、「騒動が起きる前から取り組んでいたことだが、最近の出来事で全社的に取り組む重要性を再確認することとなった」と話す。過去2カ月間にセクハラの報告件数が増加したかについてはどの会社もまだ不明であるとした。
一方、この業界に最近転職した前述の女性は、ハラスメントを許容しているのは「クリエイティブ」だけではないと語る。明らかなセクハラだけに限らず、アグレッシブであることが仕事のやり方として称賛されているという。「ランチで女性に他の女性の写真を見せたがる人を知っている。彼は頼んでもないのにランチをおごったりしてきた。また女性のデスクに頼まれてもいないのにチョコレートのお菓子を置いたりしていた。セクハラというと、何かとても悲惨な事態が起きないといけないと思っている」。
本稿に関して米DIGIDAYが取材をした人ほぼ全員が、実名で語らない理由としてグスターボ・マルティネスの件を引き合いに出した。2016年3月、WPP傘下のマーケティング・コミュニケーション会社であるジェイ・ウォルター・トンプソン(J. Walter Thompson、以下JWT)でコミュニケーション最高責任者を務めるエリン・ジョンソン氏は、人種差別的かつ性的な発言をしたとしてマルティネス氏を訴えた。WPPはマルティネス氏を擁護、JWTは法律事務所を雇って、同氏を辞任させた。しかし最近になって、マルティネス氏はまだWPPの海外オフィスでオペレーションのリーダーとして勤務していることが報じられ、大きな波紋を呼んだ。クリエイティブ業界における女性の地位向上を訴える3%カンファレンス(The 3% Conference)が実施した調査でも、業界内でハラスメントが蔓延していることが告発された。WPPは示談はせずに訴訟はまだ継続中だ。
訴訟の結果がどうであれ、業界で働く女性が実名で告発したくない象徴のような事件だ。「これだけ公な事件になってしまっている。弁護士がいて、訴訟を起こすだけのお金があっても、勝つことができない。業界にとっても大きなダメージだ」。
「この業界は移り変わりが激しいし、人の移動も激しい」と、ニューヨークの女性エグゼクティブは言う。怪しい人が来ても、何か不都合なことが起これば、ほとんど何も聞かれないまま、去ってしまう。また女性からしてみれば、どんな人と出くわすかもわからない。「少なくとも、女性も男性も怪しい人間が誰か知っていること。実際に、セクハラでクビになってどこにも転職先を見つけられない人間はいる」。
裏では密かに噂が広まっている。女性は互いに警告しあい、男性上司も若い女性に警告を与える。セクハラ常習犯と知られている男性がいる場合、同席してくれるような男性もいる。「ショット飲みが大好きなクライアントがいた。私の男性の上司が言ったのは『ショットを持って、肩越しに捨てて、去れ』だ。そうすればその場の空気を悪くせずにいられるし、また自分側の人間に頼ることもできる」と、メアリー氏は言う。
メアリー氏はほかの手段も身に付けた。彼女が仕事を探すとき、リーダーシップの役職についている女性が何人いるかをチェックするのだ。もしも十分な数だけいれば、その会社、仕事を検討するという。「私は多くのことを学んだ。被害者である、というのはとても複雑な状況だ。しかし(被害者にならないために)多くのことを聞いて、多くの経験をしてきた」。
Shareen Pathak(原文 / 訳:塚本 紺)