新型コロナウイルス感染症のパンデミックが長びくなか、労働者は深刻な燃え尽き症候群の危機に直面している。しかも、部下のメンタルヘルスのニーズに対して、上司は無関心と見られているようだ。
新型コロナウイルス感染症のパンデミックが長びくなか、労働者は深刻な燃え尽き症候群の危機に直面している。しかも、部下のメンタルヘルスのニーズに対して、上司は無関心と見られているようだ。
不動産仲介プラットフォームのクレバー(Clever)が、1000人の米国民を対象に調査を行ったところ、「仕事による消耗を感じる」という従業員が41%を占める一方、「勤務する会社が従業員の心の健康を優先していると思う」と答えた人は17%にとどまった。また、「仕事のストレスがあまりに強く、しばしば私生活に影響を与える」と答えた人は3分の1を超えた。
回答した従業員の40%はリモートワークがワークライフバランスの改善に役立つと回答する一方で、いまも仕事が夜や週末に及ぶ現実と格闘しているという。また、60%が「メンタルヘルス休暇」を取ることは重要だとしながらも、平均的な労働者が、2020年未消化のまま残した有給休暇の日数は7日にのぼるという。
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生産性の低下に繋がりかねない
米国疾病予防管理センター(CDC:Centers for Disease Control and Prevention)によると、コロナ禍中、米国民の約41%がメンタルヘルスの問題に悩まされたと報告しており、多くの人々にとって治療の機会が十分でない現実が浮かび上がった。
心の健康問題で助けを必要とする人々にとって、コロナ禍はさらなる懸念材料となった。感染症対策の影響で、精神医療機関を含む医療システムが逼迫し、多くの人々が適切な治療を受けられずにいる。米心理学会(American Psychological Association)が、1800人の心理学者を対象に行った調査では、不安障害の患者がパンデミック前よりも増えたという回答は74%にのぼり、うつ病の患者が増えたという回答も60%に達した。
民間企業や自治体の職員に対し、ヘルスケアサービスを提供するプレミスヘルス(Premise Health)のプレジデント、ジャミ・ドウセット氏によると、「タイプやレベルの別を問わず、メンタルヘルスの専門家は以前から不足していたが、コロナ禍の影響で、この分野のニーズはさらに高まった」という。「精神科医、臨床心理士、認定社会福祉士らの数が足りず、このままでは現在の需要を到底満たせない」。
ドウセット氏も指摘するところだが、コロナ禍で増えた在宅勤務に関しては、従業員にとっては自由度が広がり、雇用主にとってはコスト削減につながるなど、そのメリットが大きく報道される一方で、孤独感の蔓延、社会構造の喪失、家庭と仕事の両立に対するプレッシャーなど、マイナスの影響も少なくない。同時に、医療従事者や警察官をはじめ、国民の日常生活の維持に欠かせないエッセンシャルワーカーたちも、パンデミックの最前線に立ちながら、同じ問題に直面している。
結果的に、雇用者たる企業は大きな変革を迫られるかもしれないと、ドウセット氏は述べている。従業員が適切なメンタルヘルスサービスを受けることができなければ、生産性が低下し、最終的には支出の増大を招く。
予防的なアプローチが必要
アンマインド(Unmind)は、英国に本社を置く職場向けのメンタルヘルスプラットフォームだ。同社が1200人の従業員と雇用主を対象に調査を行ったところ、雇用主が、より柔軟な働き方や職業訓練を充実させて、従業員の心のケアを支援する一方、上司のあいだでは、従業員の健康や幸福を犠牲にしても、生産性を向上させたいとの思いがあることが明らかになった。この調査によると、雇用主の90%が従業員の仕事量の増加を認め、彼らの燃え尽きを懸念すると回答した一方で、従業員の作業負荷を定期的に確認している雇用主は24%、有給休暇を増やした雇用主は15%に過ぎなかった。
上司と部下のコミュニケーションの断絶は、状況をさらに悪化させている。今回の調査では、従業員の3人に1人が、パンデミックの勃発前と比べて、メンタルヘルスについて上司に相談する機会が減ったと回答している。
アンマインドの心理学部門を統括するヘザー・ボルトン氏は、「従業員の心の健康問題に対して、もっと予防的なアプローチを取ることが重要だ」と述べている。「これを怠ると、従業員のストレス過多や燃え尽き、ひいては生産性の低下を招くことになる」。
手を打つ企業も存在する
一方、メンタルヘルスの専門家が不足し、ときに十分な治療が受けられない状況のなかで、従業員の心の健康を維持するための方針を強く打ち出す企業もある。
サンディエゴに本社を置くパワーデジタルマーケティング(Power Digital Marketing)では、従業員のメンタルヘルス向上を目的とした、さまざまなサービスを導入している。たとえば、「心の健康デー」を設け、ADPと共同で年中無休・24時間体制のホットラインを敷いた。また、従業員の健康維持を支援するプラットフォームを導入し、週に一度の確認を義務づけて、必要に応じて適切なサポートが受けられるようにした。さらに、従業員たちが健康に影響を及ぼすさまざまな要因について、自由に議論できる「セーフスペース(安全な空間)」を設置した。
「社員は単なる労働者ではなく、ひとりの人間だ。それを忘れてはならない」。パワーデジタルマーケティングの創業者兼CEOのグレイソン・ラフレンツ氏は、こう述べている。「企業として、どの従業員にも、ひとりの人間として最高のコンディションでいてほしい」。
アトランタの広告代理店、ダガー(Dagger)も、従業員の心の健康を最優先事項に掲げている。CEOのマイク・ポポウスキー氏によると、同社では、作業の最適化、リモートワークのメリット、人と人とのつながりの重要性など、従業員のメンタルヘルスに影響を与えるさまざまな要因について、定期的に率直な意見交換を行っているという。ダガーにとって、従業員の健康や幸福は単に口先だけのことではない。同社では、従業員に無制限の有給休暇を認めているほか、毎週金曜日を半休日としている。さらに、定期的な公休日に加えて、月に1日はオフィスを閉めて、仕事から離れる時間を十分に確保している。
「全従業員の精神状態を把握して、彼らの状態に合わせて事業を指揮することは、上に立つ者の責任だ」とポポウスキー氏は語る。「私たちは皆、特にこの1年、さまざまな問題をともに経験してきた。いま、リーダーであることは、人を大切にすることと同義だ。そして人は誰しも、自分に目を向けてくれる、自分の話を聞いてくれる、自分の存在を認めてくれる場所で働きたいと願っている。そこで働く人々が健やかであれば、会社も健やかでいられる」。
[原文:Shortage in mental health services fans flames of employee burnout]
TONY CASE(翻訳:英じゅんこ、編集:村上莞)
ILLUSTRATION BY IVY LIU