エンジニアという「特殊能力者」、今後どう扱うべきか?:全産業で問われる難しい問題

本記事は、米国で数多くのベンチャー企業の提携支援経験を持つ、Blueshift Global Partners社代表の渡辺千賀氏による寄稿です。

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ここ5−6年、IT以外の業界の方がシリコンバレーに来ることが増えた。そしてみなさん一様にGoogleのキャンパスを見て驚く。メディアに出てくるGoogle本社は低層で地味な建物なので写真で見ても威圧感がないが、実は、東京の小さめの区一つ分くらいは優にある広大な面積に、あの手の建物が何十棟もあるのだ。

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「Googleの社員は8万人以上」というと、びっくりする方も多い。

「いったいその人たちは何をしているんですか?」と、聞かれたこともある。

実際にキャンパス周辺を歩くと、勤務時間内でもGoogleカラーの自転車で走り回ってる人や、パラソルの下の屋外テーブルで飲み物を片手に語り合う人たちがそこかしこにいる。しかも、3時を過ぎると、もう帰宅用のバスに列をなして乗り込む人たちが出始める。そしてその社員は一様に若く、服装も大学生とほとんど変わらない(ちなみにシリコンバレーでは最近「短パンにサンダル」が「普通の仕事着」化しており、ジーンズは「お客さんに会う時の服装」という会社も増えた)。日本の勤務環境に慣れた方々には衝撃であろう。さらに電気自動車用の充電器がある社員用駐車場の一角にはテスラ(Tesla)の高級モデルが並ぶ。

「ここはエグゼクティブ専用ですか」と聞く、日本の方もいたが、別にそんなことはない。

ソフトウェアエンジニアというのは、(日本の感覚では)それほど長くない就業時間で、仕事中にぶらぶらと自転車に乗ったりして、しかも、たくさん給料をもらっている人たちなのだ。

なぜ、Google(やその他多くのシリコンバレーIT企業)は社員をそこまで優遇するのか。

それは「ソフトウェア企業では、コードを書く人たちが製造ライン」だからだ。

彼らがいなければ製品ができない。そして製造ラインは、常にメンテナンスして最良の状態で動くようにするのが当然のことだ。疲れたらリフレッシュできるようにし、やる気を削がないよう、バラエティに富んだ社員食堂を3食無料にし、通勤が少しでも楽になるようにと、わざわざ欧州から輸入した高級バスを数百台、四方八方に走らせる。それもこれも「社員の頭脳」がそのまま「製造ライン」なのだから仕方がない。

ソフトウェアが支配する世界

「全産業がソフトウェア化する」と言われてずいぶん経った。世界で最初の商用ウェブブラウザ、ネットスケープ(Netscape)を開発し、現在は著名なベンチャーキャピタリストとなっているマーク・アンドリーセンが、2011年にウォール・ストリート・ジャーナル(The Wall Street Journal)に寄稿した「ソフトウェアはなぜ、世界を喰らうのか?(Why Software is Eating The World)」というコラムは、シリコンバレーの多くの人々が体感していたこの現象を言語化して話題となった。 そして100年以上続いた大企業のGEでも、前社長のイメルトが「GEはソフトウェア企業になる」と2012年に宣言、2016年には全新入社員にプログラミング研修を必須とした。

話は飛ぶが、発明家のワットが蒸気機関を発明したのは1769年。これが産業革命のきっかけとなり、結果として社会構造が変わった。それまでの農業社会から工業化社会に移り変わったことで、支配層は「土地を持つ者=貴族」から、「製造設備と労働者を動かす者=資本家」へと移った。 しかし産業革命の最先端となったイギリスで、貴族が目に見えて落ちぶれたのは20世紀になってからだ。つまり、蒸気機関が発明されてから社会構造の変化が明確化するまで100年以上かかったことになる。

一方、現在の半導体の原型が世に出たのは1950年ごろ。その後、コンピュータが普及し「IT革命」が来たとされるが、その本当の影響が社会構造として現れはじめたのはごく最近ではないか。従来の「IT革命」では、ITは既存の仕事を効率化するものに過ぎなかった。しかし、世界の人口の半数以上がインターネットに繋がり、その8割がスマートフォンを持つ現在、起こりつつあるのは「ITの存在を前提とした新たな社会構造」の誕生である。そして、それを具現化するのは、ムーアの法則のもと、飛躍的に性能が伸びた半導体を最大限に活用するソフトウェアなのである。

Amazonというディスラプター

「出版」「放送」「映画」といった業界は、すでにソフトウェア化の波をまともに受け、既存企業は著しく縮小し、まったく新しいプレーヤーが新たな覇者となったわけだが、いままさにソフトウェア化の波を被っているのがリテールである。

なかでも既存企業を震撼させているのは、Amazonの存在だ。

書店業界は、Amazonにより壊滅的被害を受け、以前はアメリカのモールに必ずひとつはあった巨大書店は、いまでは見つけるのが難しい存在になってしまった。

書店流通を制覇、さらにありとあらゆる商品の流通にも侵出するAmazonは、歴史上はじめて市場価値が1兆ドル(約109兆円)を超す企業になると噂され、まさに破竹の勢いである。アメリカ産業界のAmazonへの恐怖は深甚で、昨年は「Amazonが処方箋事業に進出する」という「噂」が出ただけで、大手薬局チェーンなど関連業界大手企業の株価が一気に下落した。

従来オンライン販売が難しいとされてきたファッションでも、Amazonは全身が映るカメラとAIアシスタントを使って最適なワードローブを提案するサービスや、サブスクリプションで自由に返品できる仕組みなど、意欲的な取り組みを開始している。

Shoptalkに学ぶ「Amazon対抗策」

そうしたなか、既存のリテール事業者がどうテクノロジーを取り込もうとしているかが如実にわかるのが、毎年ラスベガスで行われるShoptalk(ショップトーク)である。「リテールとテクノロジー」という切り口で2015年にはじまったばかりの展示会だが、倍々ゲームで参加者を伸ばし、今年は8500人が集結した。このShoptalkのテーマの推移を見ると、既存リテールが何を脅威と思っているのか、そしてそれに対抗するために何をしようとしているのかを定点観測できる。

「リテールのソフトウェア化」はもちろん2015年来ずっと根底に流れる脅威だが、その「仮想敵」は、当初は店舗でのペイメントシステムを作ったAppleでありGoogleだった。しかし、2017年には対象がAmazonにシフト、今年はAmazonに追いつくことが最大のテーマとなったことが顕著に見受けられた。

そして50カ国から3000社以上の企業が展示・発表を行ったが、最近急成長するベンチャーが多数登場していた。その多くは、Amazonが自社サービスとして、すでに実現しているさまざまな機能、たとえば配送の最適化や購買履歴に基づくレコメンデーションといった仕組みをコンポーネントとして提供しており、「Amazonに追いつけ」がリテール事業者の命題なことが窺われる。

ソフトウェアエンジニアの生産性は、能力によって10倍以上の差が出ると言われている。10倍の生産性のある「人間」にそれに見合う給料を出すことができるのかは、全産業で問われる難しい問題だが、特にこれまで世界的に給与水準が低いリテール業界が、こうした「特殊能力者」をどう扱っていくのか、扱っていけるのかは興味深いところだ。

ホワイトペーパー「世界最先端のリテールイベントに見る 7+1 のトレンド」(※一般販売は10月1日までの【期間限定】となります)ではそうしたShoptalk2018の様子をまとめ、さらに注目されるベンチャー20社を別冊で紹介した。それぞれ興味のある方はぜひ読んでみていただきたい。

Written by Chika Watanabe; Blueshift Global Partners
Photo by Shutterstock