先進国のなかでもとりわけ低い生産性、縮小する国内市場、加速する人口減、高齢化など日本経済をめぐる論点には厳しいものばかりだ。インターネットが起こす革命をうまく活かしきれていない日本経済はどうすれば息を吹き返せるか。慶大特別招聘教授の夏野 剛氏はAI時代は優等生集団よりオタク、リスクテイカー、多様性が重要だと主張した。
先進国のなかでもとりわけ低い生産性、縮小する国内市場、加速する人口減、高齢化など日本経済をめぐる論点には厳しいものも多い。インターネットが起こす革命をうまく活かしきれていない日本はどうすれば息を吹き返せるか。慶應義塾大学 政策・メディア研究科 特別招聘教授の夏野 剛氏は17日に『ガートナー エンタプライズ・アプリケーション戦略 & アプリケーション・アーキテクチャ サミット 2017』に登壇した。以下のように主張した。
*「失われた20年」のあいだに日本では生産性が向上せず、インターネットが及ぼした変化を経済活動に織り込めなかった
*均一な人材よりオタク的な個人が大きな成果を生み出せる。組織の形も個人の能力を最大化し、多様性があるものにする
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*AIが提供できないクリエーション(創造)、イマジネーション(想像)が価値
*日本はイノベーションを創り続け、グローバル市場への大規模進出するべきだ
生産性伸びない「失われた20年」
「日本の人口は変わっていない。アウトプットが上がれば生産性が上がったと評価できる。GDPが変わっていないということは生産性が上がっていない、ということだ。皆さん方の努力は何ももたらしていない」。
「『日本は成熟社会だからしょうがない』という人もいる。経済学者はそうは言わない。経済評論家はそういう。『GDPじゃ測れない』と。だが、GDPで測ることができる。この20年間、日本のGDPは成長しなかったが、米国は130%成長した。米は人口が20%成長したがそれを加味しても米国は大きく伸びている。日本は横ばいだ」。
日本にはネットが生み出した新しい競争に先んじるチャンスはあった。夏野氏がその開発に関与したiモードは世界の先を行っていた。「20年前の日本の方が進んでいたものはたくさんあった。米国では2007年にiPhoneが出る前はケータイでネット接続できなかった。日本は99年からできた」。それがいまや経済協力開発機構(OECD) のなかで、生産性は最下位だ。1人あたりGDPでは、日本は米国の69%程度、シンガポールの半分以下。韓国はすぐ後ろにいる(2015年ベース)。
「IT革命のなかで、日本の相対的な地位が下がった」と夏野氏は指摘する。
効率、検索、ソーシャルが社会を変えた
効率性の革命が起きた。「運輸会社が値上げを検討する問題は、その会社が従業員に負担を集中させ、配達のテクノロジーを改良してこなかったことに起因する。報道では『運輸会社が悲鳴に喘いでいる』という話になっている。何が本当に重要かを考えよう。『昔のやり方がダメになったのは、いまのやり方が現れたせいだ』という考え方ではいけない」。
コミュニケーションスピードの飛躍的向上が起きたが、組織はそれを生かせていないという。「既存の組織内のコミュニケーションを電子化するだけじゃだめ。役職階級をスリム化しないといけない。1人の人間ができることを数人でやっている」と語った。
検索により「個人の情報収集能力の飛躍的拡大」と「研究開発プロセス革命」が起きたと夏野氏は指摘する。「ネットが普及したいま研究所にいなくとも情報が集まる。郊外の研究所で、ほかと隔離された生活をする必要がない。まず検索する。英語で検索すると10倍の情報が出てくる」。
「Googleは企業買収して研究開発する。Androidを買収してサービスをリリースするまで2年だった。Google会長のエリック・シュミットがスマートフォンを作ろうとしたのは、日本のiモードを参考にしたから。ドコモの新人社員だったスウェーデン人がAndroidのチームに入っていて、転職してはいまはFacebookのトップ7に入っている」。
この結果、組織と個人のパワーバランスが大きく変わった、と夏野氏は語った。まず、専門家の定義が変化した。「100人のエリートよりも1人のオタクが勝つ時代。オタクに任せたほうがいい。オタクにはワークライフバランスもへったくれもない。私はにわか専門家を生み出す装置、とインターネットを呼んでいる。情報の整理をしてまとめましたという人間は必要なくなる。情報の解釈と活用が、社会で通用する人材の資質になる」。
AIとIoTは変化を拡大する
「人間が100人が必要なところをシステム化する。人間では処理できないレベルのデータを処理できる。いま入力は目と手のインターフェイスに依存している。ここが飛ばされて、脳みそとコンピュータが直結するとものすごい速度で思考できる。記憶容量をクラウドでもてる」。
組織構造がフラット化していく。「日本社会は平均が高いということを社会システムとして目指している。平均値を上げるのは高度経済成長では成功した。しかし、追いかけてくる新興国に対して、同じことをやっていると賃金差で負ける。多様性を重視する教育、人材システムにしないといけない。学習指導要領に基づいた一元的な教育。ゆとり教育は悪だったのか。スポーツ界はゆとり教育世代が大活躍だ」。
「いままでは利害調整型リーダー。これはAIがもっとも得意な分野。どの企業にもあらゆる可能性がある。どれをやるかは、経営者の判断。選択肢が多様化したいま、利害調整リーダーではなく、率先型のリーダーが必要だ。AIには3兆円でARMを買収する判断ができない。コンピューターはリスクをとれない」。
「イノベーションが大事。ゼロからイチを生み出す。常識がないから新しいことを作れる。カニバリズムを恐れない。何個かクレイジーなやつに任せる。シリコンバレー型。10個任せて1個成功すれば御の字。社内の精鋭チームは、上司の言うことをきく人たちなので、イノベーションの精鋭ではない」。
ビジョンが資金と人材を活かせるか
「日本は金が唸っている。個人金融資産1700兆円。上場企業の内部留保360兆円。使ったほうがいい。将来のために投資したほうがいい。日本には『消費者として優秀な人材』がたくさんいる。ブラック企業が成立するくらい勤勉。経営者にとって甘やかされた環境だ」。
夏野氏は、(1)過去になかったイノベーションを創り続ける、(2)グローバル市場への大規模進出――が日本の成長のカギだと話した。「社員教育は均一性から抜け出さないといけない。クリエーション(創造)、イマジネーション(想像)が重要だ。この2つはAIにはできない。人間は好きなことならいくらでもやれる」。
Written by 吉田拓史
Photograph by Wikimedia Commons