最近のエージェンシー業界には、フラグメント化する傾向がある。パブリッシャーでさえエージェンシー機能の獲得を急ピッチで進めているなかで、エージェンシーはメディアに手を出しはじめている。
ニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンの右側、33丁目と7番街の交差点に、6月末、明るいネオン・イエローのデジタル看板が登場した。看板には、「ポルジンギスをトレードしないで」(Don’t Trade Porzingis)と書かれていた。NBAに所属するバスケットチーム、ニューヨーク・ニックスのフィル・ジャクソン社長に対して、ラトビア人のバスケットボール選手であるポルジンギスをチームに残すよう懇願する内容だった。
看板には小さな文字で、「我々はポルジンギスと提携しているわけではありません。ただ、彼に残ってほしいだけなのです」と書いてあった。その下には、インスタグラムのロゴと、サイクル・メディア(Cycle Media:以下、サイクル)のロゴが表示されていた。
看板を出したサイクルにとってこれは、自らの存在を知らせる最高の方法だった。世間に対してはもちろん、メディア業界に対しても、「我々がいるぞ。我々もブランドだ」とアピールする良い機会になった。
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これは必要なことだった。サイクルは、ソーシャルメディアショップ、ランドリーサービス(Laundry Service)から分離した企業だ。ランドリーサービスは長年、ビーツ・エレクトロニクス(Beats by Dre)やバドライト(Bud Light)といったブランドのために広告コンテンツを作ってきた。ジェイソン・スタイン氏は2014年、インスタグラム向けコンテンツとインフルエンサーに焦点を絞ったメディアビジネスとしてサイクルを創設。現在はその最高経営責任者(CEO)も務める。
The Garden right now ?? pic.twitter.com/6dLbXsaWOz
— Cycle (@bycycle) 2017年6月23日
サイクルは現在、ランドリーサービスを含む「傘下」組織のひとつとして、動画コンテンツ制作と広告販売を行うメディア企業へと軸足を移しつつある。スタイン氏によると、サイクルでは、リーチはコモディティ(日用品的な商品)と認識しており、リーチよりも品質を重視しているという。スタイン氏はサイクルについて、ひとつの屋根の下で、制作から配信まで、より多くのことをより低価格でできると主張する。
サイクルには、さらに多くのメディアブランドが含まれることになりそうだ。サイクルは6月に、同社の支配株主であるスポーツマーケティング企業ワッサーマン(Wasserman)から1億5000万ドル(約166億円)を調達した。スタイン氏はこの現金を使って、メディア企業のさらなる買収をしたいと考えている。
フラグメント化する傾向
最近のエージェンシー業界には、フラグメント化する傾向がある。パブリッシャーでさえエージェンシー機能の獲得を急ピッチで進めているなかで、エージェンシーはメディアに手を出しはじめている。
「誰もがメディア企業になりたがっている」と語るのは、CBSのデジタルメディア担当プレジデントだった経歴をもつコンサルタント、エズラ・クチャーツ氏だ。「人々は、規模によるイニシアティブを探求している。制作会社やエージェンシーにはスケールの広がりがない」。
このやり方は、典型的なビジネスアレンジメントを超えている。典型的なビジネスアレンジメントでは、エージェンシーが、大抵の場合は持ち株会社を通じて、メディア企業に投資を行う(たとえば、広告ホールディングス世界最大手WPPによるバイス[Vice]への投資など)。しかしランドリーサービスのようなエージェンシーは、メディア事業に進出しようとしている(この場合、エージェンシーとメディアは別々のままであり、エージェンシーのクライアントデータは、コンテンツ戦略に関する情報を提供しない)。
「運営的にいえば、ランドリーサービスは常にメディアビジネスを手がけてきた。世界中のオーディエンスに向けて高品質なブランデッドエンターテインメントを大量に制作し配信してきたのだ」と、スタイン氏は語る。「いまでは、それがパートナーブランドのチャンネル上にあるランドリーサービスのコンテンツであろうと、我々のメディアプロパティチャンネル上あるいはタレントチャンネル上にあるサイクルのコンテンツであろうと、我々にとっては同じビジネス運営になる。複数の企業体にまたがった運営が可能なのだ」。
スタイン氏にとって、こうした動きは常に計画のなかに入っていたことだ。サイクルでは数年前に、ニコール・リッチーを特集したオリジナルシリーズを制作したが、このときにスタイン氏は、自社でメディアプロパティを作り、スケールアップしていくことができると気づいた。
一方、ピュアワウ(PureWow)は数カ月前、別のソーシャルエージェンシーの親会社であるヴェイナーメディア(VaynerMedia:以下、ヴェイナー)によって買収された。ピュアワウの創設者、ライアン・ハーウッド氏は「それは魅力的な体験だった。正直、メディア企業には、エージェンシーの実態がまったく分かっていない。とても良い経験になった」と語る。
つまり、ヴェイナーがリソースと現金を提供して、ピュアワウの拡大を手助けしたということだ(買収額は明かされていない)。ピュアワウは、ザ・ギャラリー(The Gallery)が所有する、はじめてのメディア企業になる。ザ・ギャラリーは、ヴェイナーの新しい姉妹企業だが、メディア企業のポートフォリオをさらに追加することになるだろうと、ハーウッド氏は言う。
メディアブランドを買収するエージェンシーがそれほど増えない理由は資金面にあると、ハーウッド氏は指摘する。メディア企業は通常、売上げの3~5倍の額で売られるが、エージェンシーのビジネスにとってこれは大きな負担であり、マージンが少なくなる。
エージェンシー内部での大きな変化は、ランクを満たす方法がわかることだ。エージェンシーには通常、制作スタッフや広告素材が集まっている。サイクルのスタイン氏によると、大きな違いは、サイクルでは、メディアを知っている専従の編集チームを作る必要があったことだという。現在のチームは20人で構成され、ベテランのアドテク幹部ジェイソン・ケリー氏が最高戦略責任者(CSO)を務めている。
スタイン氏は、「エージェンシーは、たくさんの人間を必要とする組織だ」と話す。「私の経験から言って、エージェンシーサイドのビジネスはメディア企業を構築する良いやり方だが、メディア企業のほうがスケールアップはしやすい。人手をそれほど必要としないからだ」。
動画に軸足を転換
メディア界が動画へと軸足を転換していることも一役買っている。マッシャブル(Mashable)からMTVニュース(MTV News)まで、パブリッシャーは、ディスプレイ広告市場は成長が見込めず、ブランドやFacebookは動画が大好きだという認識の下に、動画に力を注ぐようになっている。
エージェンシーも兼ねるメディア企業の多くにとって、動画は、自分たちがいつもやってきたことの一部だ。サイクルもピュアワウも、動画が強い牽引力になると理解している。サイクルは動画を作ればいいだけだし、ピュアワウは、ロングアイランドシティーに新しくできた5万平方フィートもあるヴェイナーの動画制作施設を利用する予定だ。「短い動画の作り方は我々も以前から知っている。今回の買収に至ったなかでも大きな理由は、ヴェイナーの制作チームを使ってさらに長い動画が作れるようになるという点だった」と、ハーウッド氏は言う。
これを実現した具体例のひとつが、ピュアワウとゼネラル・エレクトリック(General Electric:以下、GE)のホーム・アプライアンスイズ(Home Appliances)によるエピソード動画シリーズの制作プロジェクトだ(GEはヴェイナーの長年の顧客だが、以前にピュアワウとも一緒に仕事をしたことがあったと、ハーウッド氏は話す)。「そうすることで我々が手に入れるリソースや装備が、いまの動きを加速している」と、ハーウッド氏は言う。
このやり方が上手く機能する背景には、エージェンシーがTVビジネスのレガシーを守るよう強いられないことがある。さらに、インフラ面の視点からもメリットがある。組織編成を大きく変更する必要がなく、比較的シームレスに滑り込むことができるからだ。
だが、これに抵抗する力もある。昔ながらのアプローチだ。エージェンシーであるディープフォーカス(Deep Focus)創設者で、いまはエンジングループ(Engine Group)のチーフエクスペリエンスオフィサーを務めるイアン・シェイファー氏は、コンテンツの世界は「売上高をもたらす準備が整い」、エージェンシーも含め、誰もがパブリッシャーになる環境ができていると述べる。エンジングループは、インターネットラジオのダッシュラジオ(Dash Radio)と契約し、ダッシュの音楽サービス向けにスポンサー付き動画コンテンツを制作する。
「伝統的なコンテンツ制作ビジネスは、各種のプラットフォームから大打撃を受けた」と、シェイファー氏は話す。
シェイファー氏は、メディア企業の買収には費用がかかりすぎるので、それはやめて、代わりにパートナーになることを選んだという。「我々は、最悪でも、パブリッシャーの仕事に共感はできる。最善なら、彼らとともにうまく機能するサービスを構築し、提供できる」。
ディープフォーカスは2016年に、4つのパブリッシャーと仕事をした。そのなかには、ドットダッシュ(Dotdash)に社名を変更したアバウトドットコムも含まれている。サイクルはオーディエンスビジネスを手がけているが、シェイファー氏によると、ディープフォーカスはそこへは踏み込みたくないそうだ。「我々はオーディエンスプレイになるようなコンテンツは作っていない。それは、ランニングマシンに乗るようなものだ。我々のビジネスモデルではない」と、シェイファー氏は語る。
バイラル動画をまぐれ的に作ることは誰にでもできるが、メディアにおいて難しいのは、一貫性を維持し、適切な才能を維持することだ。そう語るのは、ブリーチャー・レポート(Bleacher Report)の売上げ担当シニアバイスプレジデントのキース・ヘルナンデス氏だ。ヘルナンデス氏は、ブリーチャーのブランデッドコンテンツ制作スタジオのトップであり、BuzzFeedやスレート(Slate)で同様のスタジオを作ってきた。
「(パブリッシャーが)どのようにして優れたブランドを構築するかは、優れた動画を作ることにかかっている。一貫したクリップでオーディエンスの心を捉え、文化を創る動画を世に送り出す必要がある」と、ヘルナンデス氏は語る。「我々の業界はかつて不動産を売っていた。いまの我々は、世界に対する我々の視点を売っている。まさにそれが、ブランド顧客が求めているものだ」。
Shareen Pathak(原文 / 訳:ガリレオ)