Zoomを使った会議も、チームの半分がマイクやカメラをオフにしているのが現状で、ボディーランゲージを読むのが難しくなっている。多くの場合、そうした会議を支配するのはもっとも賢い声ではなくもっとも大きい声だ。しかし、多くの場合、最高のアイデアは、もっとも声が大きい人ではなく、もっとも賢い人から生まれる。
電話やビデオ通話で最初の言葉が出てこないところを想像してみてほしい。通話の相手であるクライアントや同僚が通信障害と勘違いしたり、居心地の悪さを感じ始めたりして、その結果、気まずい沈黙が長引いてしまう。電話やビデオで他人と話す場合、対面型の会議では説明すれば済む問題がなかなか解消できない。
それがピュブリシス・メディア(Publicis Media)の業務幹部を務めるウィル・レイブン氏の現実だ。レイブン氏は吃音(きつおん)症で、この9カ月、ほとんどの業界で実施されているリモートワークの直接的な結果として、この症状が目立つようになった。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが到来する前、レイブン氏は交流会や対面型の会議に定期参加し、頻繁に話をすることで、吃音症のために必要な訓練を積むことができた。また、多くの人が井戸端会議を懐かしんでいるが、レイブン氏はさらに痛感している。
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「ひとりでいると吃音症が悪化する」
「私の吃音は人と直接会っているとき、人々に囲まれているときの方が改善し、ひとりでいるときは悪化すると実感している」と、レイブン氏は話す。「なかなか気付かないものだが、オフィスやキッチン、エレベーター、地元のコーヒーショップでどれだけ話しているか。それらすべてが吃音のウォーミングアップになり、会議やチームメンバーとの情報交換の準備が整う。対面よりビデオや電話で話すときの方が人目を気にしてしまう」。
レイブン氏はマイケル・パリン・センター・フォー・スタマリング・チルドレン(Michael Palin Centre for Stammering Children)に通うなど、発話障害の克服に長年取り組んでおり、その結果、ピュブリシス・メディアの実習制度に参加することができた。現在は業務チームの一員として、プロクター・アンド・ギャンブル(Procter & Gamble)などのクライアントがテレビ、ビデオオンデマンド、ソーシャルで行うさまざまなキャンペーンの予約と管理を支援している。同僚たちは協力的だが、人と直接会って訓練できないことの影響が仕事以外の日常にも広がっている。
「ロンドン地下鉄のベーカー・ストリート駅で正しいホームがわからず、人に聞こうとしたが、言葉に詰まってあきれられた」と、レイブン氏は話す。「マスクを着用しなければならないことも追い打ちをかけている。電話をかけても、相手に切られることがある。私を直接見ることができないため、吃音だとわからず、通信障害と勘違いするようだ」。
あらゆる性格に対応するオフィス
ニューロダイバーシティ(脳の多様性)は発話障害から失読症、統合運動障害、トゥレット症候群、自閉症、双極性障害まで多岐にわたる。内向的な人々にとっては、パンデミックをきっかけに始まった強制的なリモートワークは多くの点で有益だ。一方、外向的な人々には、正反対の効果をもたらしている。
Zoomを使った会議も、チームの半分がマイクやカメラをオフにしているのが現状で、ボディーランゲージを読むのが難しくなっている。多くの場合、そうした会議を支配するのはもっとも賢い声ではなくもっとも大きい声だ。エッセンス(Essence)英国法人のマネージングディレクター、アリ・リード氏は「ミュートボタンはもっとも声が大きい人のためのフィルターと化している」と話す。「しかし、多くの場合、最高のアイデアは、もっとも声が大きい人ではなく、もっとも賢い人から生まれる」。
エンジン・トランスフォーメーション(Engine Transformation)のCEO、エマ・ロバートソン氏は、多くのエージェンシーにとっては、オフィスのデザインを見直す際、あらゆる性格タイプに対応させることが課題であり、焦点になると予想している。働きやすい環境がまったく異なる性格タイプもあるためだ。
企業はニューノーマルへの適応を試みており、デスクやポッドが並べられたこれまでのモデルはホットデスキングや共同作業エリアに取って代わられる可能性が高い。しかし、ロバートソン氏によれば、固定されたデスクや仕事場がないことは、自閉症のようなニューロダイバーシティの特性を持つ人々にとって、極めて不安な労働環境になりかねないという。
すべての人に平等な空間共有を
「ニューロダイバーシティのあらゆる形態にどう対応するかは、職場復帰に向けたオフィス計画の主要なテーマだ」。周りに人がいる方が働きやすい人々のニーズとともに、繰り返し、静けさ、自分はどこに座るのかという確実性を必要とする人々のため、どのように安全な空間をつくるかを考慮することが必要になるだろう。リモートワークが一斉に行われる前、外向的な人の強みやリーダーとしての潜在能力を評価するデフォルトバイアスが存在したが、そのような不均衡は見直すべきだとロバートソン氏は言い添えている。
「2021年第1四半期、内向的な人の力をテーマにいくつかのセッションを行う。内向的な人の力とは何か、内向的な人から見た優れたリーダーシップとは何かについて教育を行う予定だ」と、ロバートソン氏はいう。どのような空間をつくれば、すべての人が平等に空間を共有することができ、支配的な空間にならないのだろう?
[コラム:3つの質問] リモートワークに伴う管理職者の課題について
回答者 – メディアコム(Mediacom)のグローバルCOO、ジョシュ・クリチェフスキー氏
ーー多くの従業員を率いるリーダーとして、2020年はどのような年だったか?
とても大変な1年だったが、ある意味では本当に良い1年でもあった。ビジネスの観点から見ると、パンデミックがなければ実施していなかったような方法で変化を加速させる必要に迫られた。製品をリニューアルし、企業としての位置付けを見直し、グローバルCEOが辞任したため、1年の半ばでCEOの交代を余儀なくされた。我々は多くの契約を勝ち取り、クライアントを失うことはなかった。
しかし、メンタルヘルスの観点から見ると、とても困難な1年だった。多くの人が孤立状態に置かれた。人と一緒にいる時間がないと、自分の内側に閉じこもる時間が長くなる。人に囲まれていると、もっと前向きな気晴らしが可能だ。その結果、私自身を含め、多くの人のメンタルヘルスに厳しい影響が出ている。私自身は自宅で仕事をしているときより、オフィスにいるときの方がはるかに気分がいい。多くの人が仕事を失い、経済も困難な状況にある。これは人々に長期的な影響をもたらすだろう。私はとても心配している。
ーーバーチャルで職務上の関係を保つこと、育むことはどれくらい大変だったか?
以前とは異なる方法で各市場のCEO全員とつながりを維持している。我々は以前よりはるかに強く結び付いている。国境を越え、より感情的なつながりを持つことができるようになった。以前は一つひとつの市場を回り、現地のCEOと過ごしたり、クライアントに会ったりしていた。丸1週間の大仕事だった。今は1時間あれば、すべてのCEOと話すことができる。
クライアントへのプレゼンも同様だ。直接会ってプレゼンしていると、16人ものクライアントが会議室に現れることがある。伝えたいストーリーを希釈することなく、部屋にいる全員のニーズに応えなければならない。ビデオ通話のプラットフォームを利用すれば、人々のニーズにもっとうまく応えることができる。もちろん、この方法で化学反応を引き出すのは容易ではないが、プラットフォームをいかに使いこなすかにかかっており、面白い挑戦だ。世界は変わった。今後は移動に使う予算が減らされ、テクノロジーの予算が増えることになるだろう。
ーー2020年に起きた強制的な変化のうち、2021年も残ると予想されるものは何か?
Black Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター:黒人のいのちは大切だ)運動にまつわる出来事がいろいろあったが、企業はようやく人種、多様性、インクルージョンの重要性に目覚めたようだ。今後も重点課題として維持され、一時的な成功で終わらないことを願っている。メンタルヘルスも同様だ。eコマースへの全面的な移行もこのまま維持されるのではないかと見ている。
目抜き通りはもう死んだと言っているわけではない。人々は今も実店舗での買い物を求めている。しかし、eコマースは成長の一途をたどり、デジタル広告もそれに追随するだろう。(サードパーティ)Cookieのない世界では、インターネットのどこにいても追い掛けてくる迷惑な広告が減り、(広告ターゲティングが)はるかに強力な形で成熟するだろう。その結果、今よりはるかに優れたリーチ重視の広告が生まれる。コンテクスチュアル広告と屋外広告も生き残るだろう。オフィス空間が変化を必要としているように、小売空間もより体験的なものに変化する必要がある。これは新型コロナウイルス感染症によって加速した現在進行形の変化だ。
[原文:Remote working spotlights neurodiversity challenges]
JESSICA DAVIES(翻訳:米井香織/ガリレオ、編集:長田真)