「人」基点のデータは、 広告ターゲティング に不要:GDPR が示す未来

本記事は、WPPグループ最大のデジタルエージェンシー、VMLの日本法人の代表と、株式会社FICCの代表取締役を兼務する、荻野英希氏による寄稿コラムとなります。

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EUで5月25日から施行される法律、GDPR(一般データ保護規則)の目的を簡単に説明すると、一部のIT企業に独占されたデータの所有権を民衆に戻すことです。施行後、欧州経済領域(EEA)域内に属する人間の個人データの利用には、ユーザーの明確な承諾(理解と同意を示す意思表示)が必要となります。細かい説明は省きますが、要するに、「無料のサービスを餌に個人データを集め、後から自由にマネタイズする」というGoogleやFacebookのビジネスモデルが通用しにくくなるということです。

GoogleやFacebookが急成長する前のインターネットは、不便であったかもしれません。しかし、決して彼らのような強大な影響力を持つ企業に独占されてもいませんでした。いまや、Facebookというひとつのソーシャルネットワークから得られたデータが、アメリカの大統領選をも揺るがす時代です。GDPRは、個人データの収益化によって、急成長したIT企業の歩むべき道を変えようとしています。そして、デジタル化された社会に、より公共性の高い未来を示そうとしているのです。しかし、これは同時にデジタル広告の未来を定義するものでもあります。私たちはこれから、広告のターゲティングに活用するデータを、どのように扱うべきなのでしょうか?

​​米諜報機関が採用する行動パターン認識AI

​​「私たちは人のデータを一切保存しない。広告に個人の特定はそもそも不要であり、人物属性をターゲティングする、従来の手法には明らかな欠陥がある。人の行動はそれぞれの認識に左右され、それは複雑な行動パターンの分析からしか見えてこない。」世界最大規模のデータアグリゲーターであるスクリームテクノロジー(SQREEM Technologies)共同創業者のルネ・ライス氏曰く、「人」を基点とする広告ターゲティングの考え方は、5年以上遅れていると言います。
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​​スクリームは、Google、Facebook、Twitterなどのオープンデータに加え、142社のデータプロバイダーから、世界中のインターネットユーザーの行動データを収集し、行動心理学に基づく50万以上の「認識を示す行動パターン」に分類しています。さらに、機械学習による相関分析から、未来の行動予測をも実現しているというのです。SF映画さながらの話ですが、スクリームは実際にアメリカの諜報機関などに採用され、テロや資金洗浄、乱射事件などの防止に役立っているのです。
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スクリームには、そもそも個人という概念が存在しません。彼らは分析した行動パターンを、DoubleclickやThe Trade Deskなどのターゲティングパラメータとマッチングさせ、「認識」の直接的なターゲティングを実現しています。たとえば旅行保険の事例では、「2本以上の哺乳瓶の購入」という行動と、「旅行に対する強いリスク認識」を結びつけています。スクリームは、過去の行動パターンの分析から、「赤ちゃんと旅行を控えた心配性な母親」を、最適なターゲットに選んだのです。このターゲティングが「母親」という属性とは、比較にならないほど効果的であることは言うまでもないでしょう。
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​​GDPRは、目的に不要なデータの活用を認めません。施行後は、目的に適したデータのみを収集する、戦略的思考が必要となります。スクリームは、広告のターゲティングには、行動パターンやDSPのパラメータなど、GDPRの規制範囲に含まれない匿名データで十分であることを示しています。データに対する思想の成熟とともに、ターゲティングは必然的に「人」基点ではなくなるのです。

スクリームは認識のターゲティングに加え、広告の買付けや運用を完全に自動化し、人的リソースを必要としません。もちろん、機械学習による広告運用は、人的な運用よりもはるかに高い成果をもたらします。彼らは、GDPRの規制を受けない匿名データを中心に、競合よりもはるかに効果的で、人的コストのかからない広告ソリューションを創り上げてしまったのです。未だ「人」を基点にデータを集め、人的な広告運用を行うメディアエージェンシーが、彼らようなイノベーションに淘汰されるのはもはや時間の問題です。

オックスフォード研究員が示す広告の未来

広告のターゲティングに、個人の特定が可能なデータは不要です。しかし、その配信にはデバイスやブラウザなどの特定が必要となります。広告の配信を行うDSPなどは、GDPRの規制対象となる個体識別データを保有する必要があります。一企業が収益目的で、個人データを活用するためには、GDPRを回避することはできないのです。

しかし、GDPRには想定されていない問題もあります。オックスフォード研究員、ミッシェル・フィンク氏の研究論文によれば、GDPRは中央集権型のデータ管理を前提に作成されており、ブロックチェーンなどの分散台帳技術に対応していません。データの未来を定義する法案が、すでに最新のデータ管理技術に遅れを取っているのです。GDPRが個人に与えるデータの修正や削除という権利は、ブロックチェーンの構造上、施行することほぼ不可能です。また、データの分散保管により、責任の所在が曖昧になるという問題もあります。しかも、パブリック型のブロックチェーンには、管理者という概念すら存在しないのです。

ブロックチェーンの活用次第では、GDPRの法の目をくぐることも可能です。しかし、正しく活用すれば、中央集権型のものに比べ、安全性と公共性の高いデータインフラを創ることも可能になります。ブロックチェーンは、GDPRを覆すことも、「データの民主化」という目的の達成を助けることにも活用できるのです。GDPRとブロックチェーンの対立は、広告と個人データの未来に大きなインパクトを与える可能性を秘めています。

いま、広告業界が大きな変革期を迎えていることは間違いありません。これからの広告のあり方を大きく左右します。しかし、その未来を決定づけるのは、法律でもテクノロジーでもありません。私たち一人ひとりがGDPRの裏に込められたビジョンを正しく理解し、その理念に伴う行動を心がけることこそ、より良い未来を描くために欠かせないことではないでしょうか。

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Written by 荻野英希
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