広告カンファレンスの大半は、たいてい陽気な雰囲気が漂っている。お祝いの精神なのだ。ブランド、エージェンシー、それから特にテクノロジー企業が、主役としてみんな歓迎される。そして、ブランド認知と販売への長く険しい道のりは、ためになる貴重なケーススタディの中でロマンチックに描かれる。
しかし、2016年3月にフロリダで開催された全米広告主協会(ANA)による「ANA Masters of Media Conference」 は、様子がすこし違っていた。そういう雰囲気も若干はあったが、今年のANAカンファレンスはむしろ、裁判のような感じがあった。裁判の被告は、テクノロジー企業だ。
今年のANAカンファレンスは、広告業界が抱える大きな悩みの、少なくとも一因がテクノロジーであることを、真っ正面から取り上げた。しかし、FacebookやGoogleをはじめとする主要プラットフォームからの参加者がいないことで、話はあまりにバランスを欠いた悲観的なものになった。
この記事は、世界最大のグローバルPR企業エデルマン(Edelman)の最高コンテンツ戦略責任者で、進化するメデイアの状況や、従来型チャネルと新興チャネルの曖昧化しつつある境界をよく知る専門家スティーブ・ルーベル氏からの寄稿です。
広告カンファレンスの大半は、たいてい陽気な雰囲気が漂っている。お祝いの精神なのだ。ブランド、エージェンシー、それから特にテクノロジー企業が、主役として誰もが歓迎される。そして、ブランド認知と販売への長く険しい道のりは、ためになる貴重なケーススタディのなかでロマンチックに描かれるのだ。
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しかし、2016年3月にフロリダで開催された全米広告主協会(ANA)による「ANAマスターズ・オブ・メディア・カンファレンス(ANA Masters of Media Conference)」 は、様子が少し違っていた。そういう雰囲気も若干は感じられたが、今回のカンファレンスはむしろ、裁判のような趣きが漂っていたのだ。裁判の被告は、テクノロジー企業である。
このカンファレンスでは、広告業界が抱える大きな悩みの、少なくとも一因がテクノロジーにあることを、真っ正面から取り上げた。しかし、FacebookやGoogle、Snapchat(スナップチャット)をはじめとする主要プラットフォームからの参加者がいないことで、話はあまりにバランスを欠いた悲観的なものになったのだ。
マーケター(広告主)は、同業者だけではなく、外部の人間(パブリッシャーやプラットフォーマー、そして消費者など)の話に耳を傾ける必要があるだろう。
被告不在の欠席裁判
カンファレンスのプログラムを詳細に見てみると、アドブロック、ビューアビリティ(可視性)、ボット詐欺、メディアの透明性という、デジタルマーケティングに対する4つの主要な脅威に焦点を当てたものだった。その底流には、メディアのプログラマティック・バイイングにより、ブランドは自らの資金の行き先を追跡することが極めて困難になり、状況ははるかに深刻になっているという思いがある。
テクノロジーを有罪とするDNAのような証拠に当たるものはデータだった。全米広告主協会とデジタル広告セキュリティのホワイトオプス(White Ops)の主張により、ボット詐欺のひどい状況と、それがさらに深刻さをましていることが明らかにされた。また調査会社フォレスター(Forrester)のジム・ネイル氏が、プログラマティック広告の投資対効果(ROI)のすべてを疑う、統計的で説得力のある主張をした。
問題は、そこに被告側がいなかったことだ。そうした課題に対してはすでに、大手プラットフォームがパブリッシャーやブランド、さらには消費者と協力して解決に当たっている。
全米広告主協会は、そうした見方も広告業界に示す必要がある。たとえば、マーケターには、消費者の声をもっと直に聞くことで学べることがたくさんあるはずだ。消費者はとっくにプラットフォームを受け入れている。また、パブリッシャーについても同じことが言えるだろう。パブリッシャーはいま、配信とマネタイズの両方を拡大するため、いくらか不本意にではあるが、FacebookやGoogleのような企業に目を向けようとしているのだ。
もはやデスクトップ時代ではない
そうした被告側の「証人」による「証言」がもし許されていたら、Facebook、Netflix(ネットフリックス)、Hulu(フールー)などによって消費者のメディア消費の形がどれほど飛躍的に変わっていること、そのおかげでディスプレイ広告に関連する、デスクトップを前提としたこのような脅威をめぐる主張の多くは、もはや少しずつ現実的な意味を失いつつあるということが、マーケターという陪審員たちの耳に入っていたことだろう。
たとえば、Facebookのような有名企業が「証人」になっていたら、メディアオーナーが自らのコアコンピタンスに注力する一方で、マーケターが消費者の信頼するメディアブランドで消費者を魅了する、まったく新しい課金の試みを、Facebookのインスタント記事がいかに切り拓くことになるのか、詳細に語ることができていただろう。
またSnapchatによる「証言」があれば、創造性を喚起し、それによってブランドへの親近感を増大させるような楽しいやり方で、ブランドとパブリッシャーが消費者のエンゲージメントを獲得する方法もあることが、マーケターたちに示されていたはずだ。
ミディアム(Medium)にしても、現在は企業がアーンドメディアにつながるようなさまざまな方法で、自分たちのコンテンツでオーディエンスに直接向かい合う傾向が強まっていることを議論できただろう。
テック企業は解決に動いている
広告業界がプログラマティックによる停滞に陥らないよう、全米広告主協会が先を見越して行動を開始したのは、たしかに称賛されるべきことだ。
しかし、ほとんどの場合にメディアバイイングを危険にさらすようなもっとも深刻な課題について、Facebook、Google、Snapchatなどのテクノロジー企業側が、すでに解決策を作りはじめている。またそれを、スマートフォンに夢中な消費者と、消費者にリーチする新しい方法を少しずつ受け入れようとしているパブリッシャーが加速させている。
全米広告主協会がもっとバランスのとれた見方を提示していたら、広告業者からなる陪審員たちは、こうした問題の多くをプラットフォームがすでに解決しつつあるのだと、より楽観的な気分で部屋をあとにしたことだろう。そして、まったく新しいモバイルというパラダイムを優先して、バナー広告はやめようという思いになっていたことだろう。
しかし残念ながら、この裁判が始まるより前に、被告側はすでに弁論を終了していた。
Steve Rubel (原文 / 訳:ガリレオ)
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