広告業界は、若さへの執着で知られている。そして、その被害はベテランのエージェンシー従業員にも及んでいる。彼らはエージェンシーカルチャーのなかで年齢差別を受けているだけでなく、次の仕事を見つけるのがますます難しくなっているとも感じている。
クリス・シルク氏は44歳。同氏がエージェンシーでの常勤職を解雇されてから3年になるが、いまだに転職先は見つかっていない。努力が足りないからではない。同氏はこれまでに何百もの仕事に応募してきた。15年に及ぶ業界経験を持つシルク氏は、自身の年齢と経験値が新しい職を得る助けになるどころか、アダになっていると考えている。
「どうやら公平な選考が行われていないようだと気づいたのは、空きがあるポジションに応募しはじめてすぐのことだった(エージェンシーにも片っ端から応募した)」と、シルク氏はメールのなかで述べている。「募集要項には、メジャーブランド3社以上との仕事でマネージャーを務めた経験がある、キャリア2年以上の人材を求めていると書かれていた。私にはそれ以上の実績があった。だがそれは、キャリアがちょうど2年の人材という意味であることがすぐにわかった」。
広告業界は、若さへの執着で知られている(アドバタイジングウィーク[Advertising Week]のプログラムを見ればわかるように、ミレニアル世代は時代遅れとなり、すでにZ世代が興隆しはじめている)。そして、その被害はベテランのエージェンシー従業員にも及んでいる。彼らはエージェンシーカルチャーのなかで年齢差別を受けているだけでなく、次の仕事を見つけるのがますます難しくなっているとも感じている。
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手数料ベースのエージェンシーのビジネスモデルは長きにわたって安価な人材に頼ってきた。そしてそれはいま、かつてなかったプレッシャーにさらされており、指定代理店業務の減少や、支払い期限の延長、クライアントのインハウス化など、さまざまな市場の現実に直面している。エージェンシー内の各チームは、大勢の若い(そして安価な)人材に依存している。シニアレベルのスタッフは少数だ。これにより、経験はコモディティと化している。エージェンシーは、いま取引しているクライアントの数に合わせて、スタッフを増員・削減する必要がある。その数はビジネスの勝敗によっても上下する。したがって、エージェンシーのエコノミクスでは、若い(そして安価な)人材のほうが好まれる。
「40歳を過ぎて仕事を得るのは本当に難しい」と語るのは、フルサービスデジタル広告エージェンシーのDXエージェンシー(DXagency)でCEOを務めるサンディ・ルービンスタイン氏だ。同氏が部屋に入っていくと、その白髪交じりの髪のせいで、デジタルを理解できないに違いないというような顔をされてしまうという。
エージェンシー関係者らは、年齢差別が話題にのぼる機会がかつてないほどに増えていると感じている。特にそれが顕著になったのは、元クリエイティブ幹部のダンカン・ミルナー氏がTBWAに対して起こした不当解雇訴訟をアドウィーク(Adweek)が今年9月に最初に報じてからだという。Appleとの仕事で知られるミルナー氏が解雇されたのは、今年6月のことだった。報道によるとTBWAは、ミルナー氏に給料を払える余裕がなくなった、そして同氏のポジションはもうないとコメントしているという。これに先立ちミルナー氏は、TBWAのCCO(最高クリエイティブ責任者)の座を追われ、マル/フォーグッド(MAL/For Good)のグローバルチーフクリエイティブプレジデントに任命されていた。
しかし、ミルナー氏と再燃する年齢差別問題をめぐる議論が盛んに行われるようになってはいるものの、これがエージェンシーにはびこる年齢差別を打開する本格的な改革をもたらすにはまだいたっていないと、エージェンシー関係者らは考えている。米DIGIDAYの調査結果から、15年以上のキャリアを持つ従業員の54%がエージェンシー内で年齢差別を受けたことがあると思っており、調査対象全体では43%が年齢差別を受けたことがあると思っていることがわかっている。
問題のひとつは、年齢差別はあからさまではないということだ。多くの場合、問題は実際、彼らが冒したかもしれない何かではなく、自身の年齢にあるということに彼らが気づくまでには時間がかかることだ。エージェンシー関係者によれば、その認識には複雑な思考プロセスが必要で、大きな疲労とストレスを伴うこともあるという。彼らは、特定のミーティングに自分が呼ばれないのは、年齢差別が理由かもしれない、年齢差別が求人案内における「カルチャーフィット」などの遠回しな言葉を生み出しているのかもしれないと考えている。
エージェンシーのベテラン社員に光を当てる取り組みを行っているプロジェクト、オーバー30アンダー30(Over30Under30)でクリエイティブディレクターおよび共同クリエイターを務めるロブ・ルーニー氏は「人を年寄り呼ばわりして、門前払いを食わせるようなことは誰もしない」と述べる。年齢差別は突然現れたわけではない。「それとなく」「あからさまに」現れたのだ。「それとなく」に関していうと、40代後半のときよりも30代後半のときのほうが、自身がフリーランスの仕事を見つけやすかったのは、年齢差別のおかげだったとルーニー氏は考えている。「あからさま」のほうは、CCOがクリエイティブ部門の再編を行ったときだ。この時「白髪交じりのスタッフ全員が同じテーブルになった。『まるで象の墓場だな』と、みんなで冗談を飛ばしたよ」と、ルーニー氏はいう。
メンタルヘルス
年齢差別は孤立して存在しているわけではない。年齢差別に対処したことがあるエージェンシー関係者らは、それを受けている者のメンタルヘルスに影響を与えると考えている。フリーランサーの場合、年齢のせいで新しい仕事(それがフリーランスの仕事であれ、フルタイムの職であれ)の獲得が難しくなるかもしれないという心配のせいで、ほかのことを何も考えられない状態に追い込まれてしまうこともある。
「これが私の心の大きな負担だった」と、ルーニー氏は述べる。「子供の大学の授業料に加えて、請求書や健康保険の支払いを心配しなければならないというストレスは、耐え難いものだった。当時の私は、いま引き受けている仕事をこなしつつ、次の仕事を見つけようと死にもの狂いだった。自分の健康など二の次だった。ずっと黙って苦しみに耐えていた。不安と涙で眠れない夜を何度も経験した」。
一方、いまもフルタイムで働くベテラン従業員のなかには、自身の待遇は年齢に関係しているのだろうかという疑問が頭から離れない人もいるかもしれない。また、自身の年齢と地位のせいで解雇されるかもしれないという迫り来る恐怖(たいていは、ベテランのほうが地位が高く、給料も高い)が、不安とストレスを増大させていると、4A’s(American Association of Advertising Agencies:全米広告代理店協会)のタレント、エクイティおよびインクルージョン部門でエグゼクティブバイスプレジデントを務めるサイモン・フェンウィック氏はいう。クリエイティブ・グループ(The Creative Group)のデータによれば、たとえばアカウントコーディネーターなどの若手なら、年収は3万5000~6万ドル(約374万~641万円)だ。ところが、アカウントディレクターなどのベテランになると、その額は8万5000~15万5000ドル(約909万~1657万円)にまで跳ね上がる。
「差別の対象になるという経験をすると、特にそれが年齢によるもの場合、人は自信を失うものだ」と語るのは、『I’m Not Done: It’s Time to Talk About Ageism in the Workplace(まだ終わっていない:いまこそ職場でエイジズムについて語るとき)』の著者で、ICFデジタル(ICF Digital)でクライアントインパクト部門の責任者を務めるパティ・テンプル・ロックス氏だ。「自分を疑いはじめるのだ」。
広告業界のオピニオンリーダーであるシンディ・ギャロップ氏も「この差別によって自分の価値に疑問を抱くこともある」と述べる。広告業界では、年齢差別の抑止となると「誰もが口先だけで行動しない」のだという。
サラリーと新しいスキル
ベテランとしての自身の価値に疑問を抱く。これもまた、ベテランが高い給料を理由に解雇されるのを目の当たりにしている結果かもしれない。エージェンシービジネスの変わりつつある本質(いままさに、指定代理店制ではなくプロジェクトベースの仕事の増加や、クライアントの支払い期限の延期など、さまざまな問題が起きている)が、エージェンシーが雇う正社員の数に影響を与えるであろうことを認識している従業員にとっては、これはとりわけ大きなストレスかもしれない。アンダー30オーバー30の共同創業者でコピーライターのスーザン・ラ・スカラ・ウッド氏は「近ごろは、50歳のベテランが解雇されるとき、あからさまに年齢のせいだとは言われない。会社に彼らを雇う余裕がなくなったからだと言われる」と、メールのなかで述べている。
また、自身の年齢に加えてエージェンシービジネスの本質を理解している人々は、業界内で現代性を維持するためにも、新しいデジタルスキルを毎週のようにマスターしなければというプレッシャーもひしひしと感じていることだろう。あらゆる年齢層の人々が、新しいプラットフォームや広告ユニットをマスターしなければというプレッシャーを感じていることは確かだが、50歳になって突然、「50歳で専門家とは思えないようなことに」精通するようになったことがあると、メカニカ(Mechanica)の共同創業者でクリエイティブディレクターのリビー・デレイナ氏はいう。
時代に取り残されないためにも、新しいスキルを身につけなければというプレッシャーがストレスの原因になることもある。しかしその一方で、新たなプラットフォームの理解に関していえば、ベテランは若手にも引けを取らないと、エージェンシー関係者らは考えている。「Friendster(フレンドスター)やNapster(ナップスター)、Myspace(マイスペース)、Facebook、Twitter、Tumblr(タンブラー)、Snapchat(スナップチャット)など、X世代はこれまでにあらゆるデジタルプラットフォームを取り入れ、活用してきた」と、ルーニー氏はいう。「そんな我々をデジタルネイティブじゃないなどと言わないでもらいたい。少し時間をくれれば、そのうちTikTok(ティックトック)もマスターできるはずだ。最終的にはそこに行き着く」。
成功のカギ
ベビーブーマー世代の規模を考えると、いま行われている広告業界の年齢差別に関する議論によって、いずれ変化は起こると、エージェンシー関係者らは考えている。その変化が一体どのようなものなのかは、まだわからない。また彼らは、いつか自分も年齢差別を受けるのだろうか、職を失うのだろうかと、エージェンシーのベテラン社員を不安にさせるべきではなく、ベテランのキャリアの道はどうあるべきなのかについての議論が行われなければならない、とも思っている。
「大勢が気づくと暗い場所にいる。そこを出る方法を見つけるのは難しい」と、ラ・スカラ・ウッド氏は述べる。「若手にはありとあらゆるガイダンスやチャンスが与えられるし、またそうあるべきだ。でも私は、ベテランに対してもそうする必要があると思う。ほとんどの人にとって、これは未知の領域だ。彼らはナビを必要としている。チャンスを必要としている」。
そのチャンスの見た目は、エージェンシーでのフルタイムの高給職とは異なっているかもしれない。最初こそ、従業員たちはエージェンシー内における自身の役割が再評価されると思うと、嫌な顔をするかもしれない。しかしベテランなら、無職になったり、かつてとはほど遠い稼ぎしか見込めない仕事を見つけるのに奔走したりするぐらいなら、それを受け入れるようになる可能性もあると、テンプル・ロックス氏は思っている。エージェンシーで働くくらいなら、インハウス化を推し進めるブランドで働くほうがずっといいと考えて、ほかで仕事を見つけるベテランたちもいるかもしれないと、デレイナ氏は述べる。一部のブランドは、エージェンシーと契約する代わりに、ベテランのクリエイティブに高い給料を払って、それをコストの削減につなげているという。
次のステップが何であれ、エージェンシーで働くベテラン社員にとって、互いに助け合うことは必要であるばかりか、職探しの苦痛をやわらげてくれると、ルーニー氏はいう。「世の中は厳しい」と、ルーニー氏。「業界内には、大きな変化の嵐が吹き荒れており、過小評価されて不完全雇用に甘んじている有能な人材が数え切れないほどいる。私が採用の仕事をしていたころは、ご機嫌うかがいのテキストメッセージを送ってくる人たちが大勢いた。彼らは私に採用担当者のリストを見せて、同僚をすすめてきたものだった。すぐにメールに返信してきて、こいつは大物だといって私を誘い出し、コーヒーやお酒を飲みながら、仕事の話をさんざん聞かされた」。
Kristina Monllos (原文 / 訳:ガリレオ)