イギリスのパブ文化は、これまでエージェンシーのなかでも重要な役割を果たしてきた。しかし、パーティー好きがいる一方で、飲酒を好まない人にはこの文化は苦痛だ。飲酒しない人に対して、エージェンシーは理解を示すようになってきている。飲酒以外の多様なアクティビティーで社内外の人々と交流を図るエージェンシーも出てきた。
イギリス文化において、酒は大きな役割を果たしている。
広告やメディアの文化においてもそれは同じだ。準正装の授賞式、顧客と酒を酌み交わしながらのランチやディナー、仕事の一環である海外や国内での浮かれ騒ぎは、長年に渡って、英国のエージェンシーとメディアの生活の一部だった。
多くの者にとって、アルコールは同僚や顧客とリラックスして親密な絆を結ぶうえで重要な働きをしてくれる。長年のあいだに飲酒量は減ってきているものの、こうしたパーティー文化はいまだに盛んだ。
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だが、一部の広告マンにとって、顧客を楽しませるためであれ、同僚との関係を維持するためであれ、常に深酒が求められるというプレッシャーは悪夢になりかねない。病気などからの回復期にある人もいるだろうし、激しい頭痛やめまいに苦しみながら目覚めるのは嫌だという人もいるだろう。
匿名希望のあるエージェンシーのマーケティングディレクターは、次のように語る。「確かに、酒を飲まなければならないというプレッシャーはある。酒を飲みたがらない者は、どこか『悪い』のだと、すぐに決めつけられるからだ。数週間前、酒を控えていたら、ソフトドリンクを選ぶのが弱さの表れであるかのように、『おいおい、そんなものを飲んでちゃダメだよ』といわれた」。
男女格差
女性の場合、仕事の場で飲酒を避けたいと思ったら、特に気まずい立場に陥りかねない(プライバシーの問題になる場合もある)。妊娠中だと早合点されることが多いからだ。しかも、そう思い込むのは男性だけではない。そうした思い込みを避けるには、驚くようなこともやってのけなければならないと感じる女性もいるようだ。広告会社のある営業担当シニアマネージャーは、営業部の同僚と出かける夜には、すべて順調で自分が気持ちよく酔っ払っていると思わせるために、ろれつが回らない振りをしていると打ち明けた。
このケースでは、シニアマネージャーは自分が妊娠していることがわかったばかりで、チームにはまだ知らせたくなかった。酒を飲めなければあまり価値のない人間だと思われるのが心配だったという。
「午前3時まで飲み明かすものと期待されているときに、理由を説明しなければというプレッシャーを感じてきたのは確かだ。いまは、夜になるのが怖いし、半人前だと思われないか不安だ。顧客の支出に非常に大きな影響力をもつ23歳のプランナーとテキーラを飲んでいないせいで、仕事ができない人間になったり、仕事を取れなくなるのではと、心配もしている」。
このシニアマネージャーには、事情を打ち明けている味方が職場にいる。だが、その味方もいまのところ、彼女がうわべを取り繕うのに協力しているだけだ。「バカげている。窮地に追い込まれている気分になったり、断るのに弁明しなければいけなかったりするのはおかしい」。
類は友を呼ぶ
ほかのエージェンシーの幹部数人は男女ともに、酒を飲まないので同僚から「大いに非難されている」と語る。「いい戦術は、ライム入りのソーダ水のような、アルコール飲料に見えるソフトドリンクを手に入れることだ。手にずっともっている限り、放っておいてもらえる」と、ある幹部。
広告業界やメディア業界にはパーティーの文化があるという評判が、パーティー好きの若い新入社員を業界に惹きつけていると考える者もいる。「『よく働き、よく遊ぶ』業界だと評判なので、大学時代のように飲みたいメディアおよび広告業界志望の卒業生を惹きつけている」と独立系メディアエージェンシー、VCCPメディア(VCCP Media )の会長であるポール・ミード氏は指摘する。
実際、人には、「類は友を呼ぶ」という面白い性質がある。あるエージェンシーのマーケティングディレクターは、社内の楽しい活動やイベントの企画を担当する社内交流委員会のメンバーは全員、ベロベロに酔っ払うのが共通の気晴らしになっていると認めている。
「社内交流委員会が行うことの多くは、飲んで騒ぐことが絡んでいると気付いた。最近は、社員たちは必死で働いてから、社内で酒を飲んでいる。以前は、外に出かけて大酒を飲む者が多かった。だが、社員全員がそうであるかどうかは、疑問だ」と前出のマーケティングディレクターは語る。この1年間、まったく酒を飲まない人物が最高経営責任者(CEO)を務めていたので、変化が加速されたという。
パブ文化の重要性
もちろん、問題のひとつは、酒を酌み交わすうちに、長年に渡る大事な関係が築かれ、揺るぎないものになることだ。一部のCEOにとって、パブでチームメンバーと時を過ごすことは、大きな利点がある。
「英国のパブ文化は侮れない。オフィスの延長線上にあるといっていい。オフィスで起きていることについて、多くを学べる。それに、打ち解けて相談できる場となることも多い。双方に役立っているのだ」と、あるエージェンシーの元CEOは語る。
「飲酒の習慣をなくすべきではない。普段とは違う姿が見られるし、地ならしの素晴らしい手段になりうるのだから。人々が同じ質問をするわけではなく、酒を飲むことで、壁がなくなったり絆が生まれたりする。だが、酒を飲む飲まないに関係なく、相手の文化との一体感を感じさせるために、エージェンシーは何か行わなければならない」と、ミード氏も同意する。
求められる新しい交流方法
一方、多様性への関心が大いに高まっているいま、CEOの役割の多くはいま、バーで本音で語り合う以上の文化を築くことにある。そして、職場によってペースは異なるものの、実際にそうなりつつある。
多様な背景をもつ、若い優秀な人材を惹きつけると同時に、飲酒が中心ではない、もっと多くのアクティビティーを導入する動きが、エージェンシーの内部で起こりつつある。社員の健康や幸福の増進を目指すのが自然な風潮となり、早朝のバイクエクササイズやサイクリングツアーが広告業界で人気になった。ヨガ教室やマッサージ、小さな子どもがいる親向けの子どもクリスマス会のような社内交流活動も増えている。
VCCPメディアは、社内にソフトボールチームがあり、チームのメンバーが昼休みや仕事のあとに集まり、一緒にランニングしたりもしている。一方、デジタルエージェンシーのエッセンス(Essence)は、外国出身の新人が入ってきたときに「インターナショナル・アワー」を開催し、その国の珍味や特産品を調達するための予算を別枠で設けている。これまでにその対象となったのは、カナダとポーランドの2カ国だ。
こうしたアクティビティーの多様化は、子をもつ親に参加の機会を与えるうえでも重要だ。「若い母親や父親は、ほかの何よりも時間に縛られ、勤務時間後の付き合いの機会を逃しやすい。妊婦や若い親たちが増えている場合は特に、バーでお金を使うのか、もっと誰でも参加できることをするのか、定期的に話し合っている」と、あるエージェンシーのマーケティングディレクターは語る。
宗教的な問題も
それに、宗教的な理由から酒を飲みたがらなかったり、飲めなかったりする者もいる。国際的な広告マーケティングエージェンシー、オグルヴィ・アンド・メイザー(Ogilvy & Mather)のイスラム系オーディエンス専門部門オグルヴィ・ノア(Ogilvy Noor)のバイスプレジデント、シェリナ・ジャンモハメド氏は、次のように語る。
「卒業後に働きはじめた頃は、勤務先のビルの一角にパブがあり、仕事が終わると皆がそのパブに向かった。だが、私は毎週、チームと絆を結ぶ機会を逃していた。そういう選択をするのは、若い社員にとっては特に難しい。スピード出世したり、コネや関係を築いたりしたくても、のけ者や変わり者になったような気分は味わいたくないだろう」。
オグルヴィは最近、ジャンモハメド氏の新著『Gen M』の記念イベントを開いた。著書のテーマは、若いイスラム教徒がマーケティングや消費に与えるインパクトや影響の拡大だ。イベントで出されたのは、ノンアルコールのカクテル――ローズマリー入りレモネードとインドのアイスクリーム「クルフィ」を使ったドリンク――だけだった。
「ソフトドリンクの種類を増やすことが重要だ。多くのイベントでは、手に入る唯一のソフトドリンクはオレンジジュースかソーダ水だ。気分が悪くならずに飲めるオレンジジュースの量には限りがある」。
Jessica Davies(原文 / 訳:ガリレオ)
Photo from ThinkStock / Getty Images