クリエイティブエージェンシーのマスタッチ(Mustache)は先頃、広告に手を加え、新型コロナウイルスが文化にもたらす影響に適合するようにした。つまりこれは、エージェンシーが以前に制作した広告を見直して、ソーシャルディスタンスを保てないシーンを削除し、真面目なナレーターの声に差し替えることを意味している。
クリエイティブエージェンシーのマスタッチ(Mustache)は先頃、グラマリー(Grammarly)やインスタカート(Instacart)のようなクライアント向けの広告に手を加え、新型コロナウイルスが文化にもたらす影響に広告が適合するようにした。つまりこれは、エージェンシーが以前に制作した広告を見直して、人々がエレベーターに乗ったり、車に相乗りしたり、荷物を手渡したりしているシーンを削除し、面白味のないナレーターの声に差し替えることを意味している。
最新の広告は、接触しない宅配のシーン、ソーシャルディスタンシング(社会的距離の確保)と声のトーンを抑えたナレーションが特徴だ。マスクに関しては、マスタッチは現在、(名前は明かさなかったが)別のクライアントの依頼を受け、CG処理によってマスクを追加する作業を進めているという。こうすることで、ブルックリンに本拠を置き、フルサービス提供を行うマスタッチは、広告コンテンツのせいで広告を一時停止にするのではなく、ポストプロダクションによってクライアントが広告を出す手助けができるようになった。
マスタッチのアカウント管理部門を率いるロジャー・ラミレス氏はこう語る。「新型コロナウイルスが到来したとき、我々は、ほかのあらゆるビジネスと同様に、『まいったな、どうやって事業を続けていけばいいんだろう?』と考えた。我が社には完全なポストプロダクションチームがあるので、ポストプロダクションでもの作りをする機会を見出した」。
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広告改良という新しい選択肢
米国中のエージェンシーが、現状をなんとかしようとしているクライアントのために、リモートワークをしながら新しい広告を制作する方法を考えだそうとするなかで、多くの場合はユーザー生成コンテンツかストックしてある映像に頼ってきた。マスタッチは、広告に手を加えることで、以前にクライアントからの承認を得た広告を改良できるようになった。15人ほどのポストプロダクションチームがすでに社内にあったことも、これを実現するための重要な要素だった。
たとえば、マスタッチが以前インスタカートのために制作したある広告は、荷物を対面で手渡しする場面で終わっていた。最近作り直された新バージョンでは接触しない配達シーンを見せ、接触しない配達を行うことの「安全性」を強調するナレーションを使っている。グラマリーのためにマスタッチは、以前はブランド広告の一部になっていた、ソーシャルディスタンスが適切に保たれていないシーンを削除した。
新型コロナウイルスの感染が拡大する前でさえ、この1年、特に従来のブランド広告主よりも頻繁に広告のA/Bテストに目を向けるD2C(direct-to-consumer)クライアントのために、同じ広告での違うカットを用いることがエージェンシーにとってより当たり前の慣例となっている。マスタッチのアカウント戦略部門のリーダーを務めるメリッサ・パー氏によると、そうしたプロセスは、クライアントが後のカットを使いたいと思うか、手持ちの映像を意識しているかを念頭に置きながら、同社が広告の撮影方法をどのように改良していくかを考えるのに役立ったという。
いまは多様性により一層焦点が
マスタッチでリモートワークが始まったとき、ポストプロダクションチームは、作業中の制作物をたっぷり保存したハードディスクを家に持ち込んだ。広告の改良についてのクライアントとの話し合いを受け、マスタッチのクリエイティブディレクターは編集者と協力して、広告の新しいカットの仕方と、アーティストが録音する新しいナレーション原稿を考えていった。
ラミレス氏は、「X、Y、Zという理由で一時停止を考えているなら、我々はスポットに変更を加え、広告を作り直して、いま、この瞬間に適したものにするという具合に、前向きであろうとしている」と言い、マスタッチは、いまのような状況になる前から、広告の再編集をしていたと付け加える。「少なくとも私のキャリアのなかでは、世界中がいまほど敏感になっているときはなかったと思う」。
広告界が対応を迫られてきた変化は新型コロナウイルスのパンデミックだけではない。先頃の「Black Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター:黒人の命も大切)」の抗議活動は、多様性をより受け入れるようにエージェンシーを向かわせることにつながった。マスタッチは「常に、できうる限り多様性を盛り込んだコンテンツを制作すること」を目標とし、「我々が撮影した最近のコンテンツの多くは、すでに多様性を反映している」とのことだが、ラミレス氏によると、いまは多様性により一層焦点が置かれるようになっているという。
「撮影には多様性に富んだタレントを使うだけでなく、撮影スタッフも多様な人員を集め、マスタッチの意思決定機関にも多様な人材を雇用している。多様性やインクルージョンのレンズを通して、我々の行動のすべての要素を継続的に評価している」とラミレス氏は話す。
費用は最小で2000ドル程度
ラミレス氏によると、広告の修正にかかる費用はさまざまだが、少ない場合は「2000ドル(約21万円)程度」で済むこともあるという。クライアントは単純に、新しい制作の費用ではなく、編集者、クリエイティブディレクター、そして必要であればナレーターや音響効果の費用を払うだけでよいので「経済的な方法」だとラミレス氏は付け加える。作業内容は、特定のシーンをカットして置き換えるだけのこともあれば、新しいナレーション用に台本を作り替えなければならないこともある。
パー氏は、「我々は、トーンやペースを変更できるし、シンプルなナレーションの編集と違うショットの差し替えを行う。それで広告がすっかり変わる」と話す。
そうは言っても、その広告が本来持っていた本質的なものを維持することは、クライアントから改良の了承を得るうえで役に立つ。「クライアントはすでに以前のショットを気に入っているので、一貫性の感覚を維持していくように努めている」とラミレス氏はいう。「だが、我々はどんなときでも正しいソリューションを探していて、それが、ナレーションを変えることや、カメラの前で俳優に何か演技をさせて我々が編集できるものを撮影することを意味するなら、そうした行為もまた、可能な場合は重視している」。
マーケターたちが市場に戻ってきて新しい広告制作を考えるとき、修正というアプローチを使うことは、ソーシャルディスタンスを保ちながら撮影するよりはるかに魅力的だ、とパー氏はいう。「(いくつかの)ビジネスは再開し始めているので、人々は『今後数カ月にメディアはどのように動くか?』を考えている。誰もが『我々にはコンテンツを流す必要があり、簡単な解決策を考えている』というところだ」と、パー氏は語った。
[原文:Nobody in elevators, fewer gag lines: How an agency is remaking its ads to fit the coronavirus era]
(翻訳:藤原聡美/ガリレオ、編集:長田真)