広告主の「バックレ」、翻弄されるエージェンシーたち:「成果を感じられない」

2018年秋、ライドシェアリングのリフト(Lyft)がメディアレビューを行った。ピッチは複数回のラウンドに及び、同社は3カ月に渡り、多くのエージェンシーと会ってきた。だが、この期間が終了する頃には、同社は情報発信を一時的に停止していた。

「何も成果を感じられなかった」と、このピッチに詳しい情報筋は言う。「なぜだろうと思いをめぐらすほかには、できることはなかった」。

リフトだけではない。2019年、自動車メーカーのマセラティ(Maserati)は、オンラインポータルを通じて、プロジェクトベースの仕事の提案をするようクリエイディブエージェンシー各社に要請し、2週間以内にそれに回答すると約束した。しかし、1カ月経ってもエージェンシーが結果を聞くことはなかった。

そして、ドラッグストアのGNC(General Nutrition Centers)では、メディアレビューの最中に同社の経営陣の入れ替えがあり、ビジネスのピッチを行ったエージェンシーたちに回答が届けられることはなかった。一方、GNCは2018年に約1400万ドル(約15.4億円)をメディアに費やし、最終的にエンパワー(Empower)とのビジネス提携を得ることができた(米DIGIDAYからのコメント要請に対し、リフトとGNCからは回答がなかった。マセラティは、いまのところ同社のピッチについてシェアすることは何もないとの回答だった)。

「ゴースト(日本語表現だと「バックレ」)された」ことについて、エージェンシーたちは不満を述べている。クライアントはラウンドでのピッチをしきりに求めるが、これにはリソースも時間もかかる。そしていきなり音信不通になるのだ。こういうことは、これまでもある程度、起きていたことではあったが、クライアントからの返事を待つ期間が以前より長くなってきていると語る情報筋もある。

回答がないのは交渉のやりとりにおいてはよくあることだ。しかし、クライアントが有望と見込むエージェンシーと交渉するときは、できる限り最安レートを得るべく行動し、クライアントが取引を約束するまでは、ほかのエージェンシーとの交渉も継続するのが常だ。連絡の遅れは、クライアントの組織上の問題から生じる場合もある。たとえば、エージェンシーに対し、料金体系や人員配置を提案していない、またはピッチを進める前に契約の説明をしていない場合などだ。しかし、エージェンシーたちに対して、どのエージェンシーと事業提携するのか、もしくは、しないのかについて、何の説明もアップデート情報提供もせず完全に無視するというのは、エージェンシーとクライアント間の関係、そしてエージェンシー間の関係にも影響を及ぼす。そしてこれは、CMO(マーケティング最高責任者)の役割が変化しつつあるとき、その役割がなくなろうとしているとき、あるいは調達部門がエージェンシーとクライアント間の関係により深く関わるようになりつつあるときなど、大手ブランド内のマーケティング機能が注目を浴びているときに起こるものである。

エージェンシーにとっては、その影響はさまざまだ。ピッチのために何百時間も費やしたにもかかわらず、実際の結果を何ひとつ得られないのであれば、エージェンシーの従業員の士気が削がれるだろう。そして、すでにエージェンシーたちはさらなる不確実性に直面している。つまり、クライアントに依存したビジネスモデルでは、クライアントはエージェンシーへの料金の支払いをいかにして遅らせるかに躍起になっており、その一方でエージェンシーはさらなるコンサルティング競合他社からのプレッシャーに直面しているのだ。エージェンシーたちは、新規事業のピッチにはかなりの資金を投資するので、ピッチを行ってもゴーストされるかもしれないような状況では、ピッチに時間を費やすことがリスキーになる。同時に、クライアント・エージェンシーモデルへシフトする際、多くの活動がよりプロジェクトベースになり、クライアントがプロジェクトベースのピッチにあまり投資しなくなるにつれて、この「ゴースティング」現象は起きやすくなるのだ。

「誰でもゴースティングに直面しうる」と、サーチコンサルティング事務所のアーク・アドバイザーズ(Ark Advisors)のパートナー、アン・ビロック氏は言う。

「バックレ」で生じるコスト

ピッチは通常、あるプロジェクトに対し、3カ月かけて何百時間も費やして行われる。クリエイティブ、戦略、通信、アートディレクター、リサーチャーなどエージェンシーのあらゆる部署の従業員がピッチに時間を費やし、ときには深夜残業をし、週末も働く。クライアントが(エージェンシーとの)相性確認のために出張が必要となる商談を行う場合、エージェンシーがフライト代と宿泊費を負担しなければならなくなるだろう。

これらすべてのことが降り掛かってくるのである。とあるエージェンシーとコンサルタントの情報筋は、出張、リソース、そして費やす時間だけの問題ではなく、エージェンシーにとってピッチのコストに影響し得るコンテンツ制作も関係し、これが通常だいたい2万ドル(約2200万円)から9万ドル(約9900万円)程度かかるが、場合によっては数十万ドルもかかることがあると述べている。

影響は金銭的なものだけではない。あるエージェンシーの情報筋は、「ゴースティングと(悪質な)ブランドの行動は、働く意欲を削ぐものだ」と語る。「人々はブランドのために働くことにワクワクし、先行ピッチに情熱を注ぎ込み、AOR(Agency of Record、広告主の指定代理人)の役割よりも小さく断片化されたプロジェクトと化したもののために、剣闘士さながらに切り込んでいかなければならない」。

プロジェクトベースの仕事

マーケターたちは、自身のリストから数多くのエージェンシーを取捨選択しようとしてきたが、いくつかのマーケターはプロジェクトベースでエージェンシーと協働することを選んだ。

あるエージェンシーの情報源は、「プロジェクトベースの状況下では、ゴースティングに遭う可能性がより高い」と述べ、さらに、AOR関係においては、ゴースティングはあまり見られないとも付け加えた。「関係性において、投資のレベルが同じではないし、単なる交換以上のものが期待されているからだ」。

プロジェクトベースの関係性についてのこのような見方は、あるエージェンシーの一部のクライアントによるゴースティングに当てはまるかもしれない。

「この実例は、AORまたはリードエージェンシー割り当てよりもむしろ、プロジェクト割り当てにおいてありがちなことのように見える」と、4Aのプレジデント兼CEO、マーラ・カプロビッツ氏はeメールで回答した。「しかし、いずれの状況にかかわらず、密接なビジネスパートナーとしてのエージェンシーの役割、および彼らが提示する戦略とクリエイティビティの役割についての誤解が垣間見られる」。

プロジェクトベースの協業企画に関するエージェンシーのピッチは、最終案に限りなく近いものであることが望ましいと確信しているエージェンシー情報筋もいる。なぜなら、ブランドのなかには、プロジェクトベースの落札者にしか返事をしないブランドもあるからだ。

「理想としては、ある事業体がピッチを休止したり中止したりするときには、募集者はその採否の影響を受けるすべてのエージェンシーに連絡をすべきであって、さらに、それまでに(応募者が)費やした労力に報いるべきだろう」と、カプロビッツ氏は述べている。「これは難しい対話ではないし、名声に関わる事項だ。マーケティング業界は未完成のビジネスを正しい方法で解決するための模範を示さなければならない」。

理解不足

また、エージェンシーにとって、ひとつのビジネスのためにピッチを行うことが、どれほどのものなのかをクライアントが理解していないために何の返事もない状況になる、というケースもある。リソース、時間、マンパワーだけではなく、ほかのいかなるものでもない、そのビジネスに投資するという選択そのものが重要なのだと、あるエージェンシー情報筋は語った。

「エージェンシーの仕事がどういうものなのかについての思慮が足りない」と、ビロック氏は言う。「ときに、クライアントは理解していないのだろうと私が思うのは、クライアントが要求していることは、エージェンシーがピッチで勝ったあとに実施すること以上に労力を要するものだという事実だ」。

また、クライアントが、自身のブランドはエージェンシーたちが協業を望んでおり、実現すればうれしいに違いないと信じているために、敬意に欠ける嫌いがあり、これがピッチのプロセスにおけるブランドによるエージェンシーへのそういった対応の要因となっていると、あるエージェンシー情報筋は言う。

「最終的には、そうしたクライアントがしっぺ返しを食らうだろう」と、ジョアン・デイビス・コンサルティング(Joanne Davis Consulting)のジョアン・デイビス氏は述べている。「次にエージェンシーが必要になったときには、もっとも好条件を提示したエージェンシーは、もはや再び入札したいと思わないだろう」。

ピッチングは、エージェンシーが何十年にも渡って直面してきた問題をはらんでいる。ピッチのプロセスがはじまりもしない前にクライアントが勝者を決めていたとしたら、それは不公平だろう。自身が調査したクライアント150社のうちの84%が、ピッチがはじまる前にすでに勝者を決めていたと、長いエージェンシー歴を誇り、成長コンサルタントに携わるウィル・バーンズ氏は昨年、フォーブス誌に寄稿した。また、支払時期の問題もあり、エージェンシーが行うピッチに含まれる知的財産権の所有者となることも要求している(これについては、エージェンシー側は10年程以前から抗議を続けている)という。どちらも、ゼネラルミルズ(General Mills)のRFP(Request for Proposal、提案要請書)後に問題となった点だ。

しかし、エージェンシーがクライアントのゴースティングに対応できる策はそう多くない。対応が悪いことで有名なクライアント向けのピッチを断る選択をするエージェンシーもいる。ピッチのタイムラインとプロセスについてより詳しく質問するエージェンシーもいる。しかし一部の情報源によれば、結局はクライアントがカードを握っており、呼び出されたり、4Asのようなグループへ通報されたりしない限り、ゴースティングはなくならないだろうという。

「エージェンシーは、クライアントがあるべき理想像を設定しはじめる必要があるだろう」と、サーチコンサルティング事務所、AARパートナーズの代表のリサ・コラントゥオノ氏は言う。「クライアントは4Asへの通報を真摯に受けるべきだ。そしてエージェンシーはその先、このような警告的状況においてはそういったクライアントには対応しないこと、そしてチームメンバーにもそれを徹底させることが必要だ」。

Kristina Monllos(原文 / 訳:Conyac