「もはや デジタル と アナログ を分断する時代じゃない」:日本郵便 鈴木睦夫 氏 ✕ ディノス・セシール 石川森生 氏

マーケティング自体のデジタル化が進むなか、もはや「デジタル」マーケティングだけを考えることは意味をなさなくなりつつある。今後はいかにデジタルとアナログを融合させ、シームレスに捉えていくかが重要だ。

カタログ通販の老舗ディノス・セシールは、ECと紙媒体(カタログやダイレクトメール[DM]など)をリアルタイムで連携させたCRMを、今年4月から本格的に運用する。昨秋に実施したテスト運用では、カート放棄を知らせるDMを送ったユーザーの該当商品購入率が、送らなかったユーザーに比べて20%も向上した。この施策の大々的な運用を皮切りに、今後複数のシナリオを走らせていくという。

印刷関連技術も発展し、顧客のアクションをトリガーにした印刷も自動で走らせることが可能になっている。同社でCECO(Chief e-Commerce Officer) EC本部 EC企画1部 ゼネラルマネージャーを務める石川森生氏(TOP画像右)は「デジタルが当たり前になったからこそ、紙ならではの顧客体験の価値はまだまだ引き上げることができる」と語る。

デジタルとアナログが融合したマーケティングには、どのような未来が開けているのか? 石川氏と、日本郵便株式会社 郵便・物流営業部 担当部長 鈴木睦夫氏(TOP画像左)の対談から考える。

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鈴木睦夫氏(以下、鈴木):カート放棄したユーザーにDMを送る御社の施策では、メール送付のユーザーと比べて一定の成果が上がり、私も改めて手応えを感じました。同時に、Webと紙の両方の知見を持つ人は極めて限られるので、これから石川さんへの業界の注目もますます高まると思います(笑)。

石川森生氏(以下、石川):恐縮です(笑)。

鈴木:新しいCRMの仕組みを春から本格運用されるとのことですが、いまはどんなテストを行っているのでしょう?

石川:ステップメールのDM版、ステップDMですね。初回購入のユーザーに、数日ごとに次の購入を促進するメールを送るのはWebでは一般的ですが、そこにDMを組み合わせて走らせています。具体的には、メールだと7日目以降は何回送ってもほとんど効果が頭打ちになるので、そこまではメール、それ以降はDMを送るプログラムを組みました。その結果を、また春からの運用に活かしていきます。

 「『デジタル』マーケティングという言い方もそろそろやめたほうがいい」と石川氏

「『デジタル』マーケティングという言い方もそろそろやめたほうがいい」と石川氏

リテンションが大きな課題

鈴木:石川さんがEC業界からディノス・セシールに移られて2年ほど経つと思いますが、御社もカタログが主体とはいえ、かなりECのユーザーも伸びていますよね。いま、EC業界ではどのようなことが課題になっていますか?

石川:はじめに、といいながら究極的な点でもあるのですが、「Amazon、楽天と張り合わない」ことがひとついえると思います。もちろんユーザーにとってどう見えているかは押さえつつ、ただし両社とも純粋なECのビジネスモデルではないので、彼らを競合として意識するのは現実的ではない、というのが業界全体の見方です。

そのうえで、ECは新規だけだと利益の確保が難しく、リテンション勝負の構造になっているので、ロイヤルティをいかに向上させるかは常に命題です。それがここへ来て、Webに閉じたリテンション施策が限界を迎えているのが、大きな課題になっています。

鈴木:たしかに、メールの開封率も著しく下がっていますし。

石川:ええ。そもそもメールを見ていないという状況もある、でもやはり既存客のリテンションの最大の方法はいまだにメールになっています。僕の実感値としては、そうはいってもメールはある程度は効くので、周囲がいうほど「終わった」チャネルではないと思うのですが、それでも相対的にパワーが落ちていることは感じます。

一方で新規は、当社の場合は未購入の方へのカタログ配布はコスト的にもかなり絞っていることもあり、メインの獲得経路はWebです。そのため、新規はWebで獲得し、それ以降のリテンションは紙が強いという、アプローチのねじれが発生しているのが現状です。これは当社ならではの課題なので、融合させていこうと考えているんです。

デジタル時代の紙の使い方

鈴木:もともとアナログのコミュニケーションが御社のビジネス基盤にあるので、融合という発想が自然に出てきたのだと思います。紙のパワーが強いこともよくわかってらっしゃるから、今回のような施策にも躊躇なく踏み切れたのだな、と。

石川:紙の施策は当然コストがかかりますし、Webベースのビジネスだけをやっている企業にとっては、仮にDMにしても初期投資がかなり大きく感じるとは思います。たとえばですが、Amazonや楽天がカート放棄のリマインドにDMを送るとは考えにくいですよね。だからこそ、それが当社の強みにもなると捉えています。ただ、メールの開封率は頭打ちとなると、EC専業の会社も何か策を講じないといけないですよね。

鈴木:そうですよね。各所でこの話をさせていただいているのですが、そもそもメールのオプトインを仮に平均30%として、メールの開封率を20%とすると、自分たちが向き合っているビジネスの相手が100人いたとしたら、実に6人にしか届かない計算になるんです。もちろん、そこで工夫をするのが無意味とはいいませんが、たったそれだけの人とだけ向き合ってビジネスを成り立たせようとするのって、大丈夫? という話にもなってくる。それよりも、100で語れるためのツールなりビークルなり、組み合わせのコミュニケーション設計を考えるべきだと思うんです。

石川:おっしゃる通りですね。その点、コストの部分は、たとえば当社の今回の施策だとROI的にも回収できているし、そもそもカート放棄のリマインドで一定数の人が商品購買をしたわけだから、PDCAを回してその率をもっと高めれば、打てば打つほどリターンが得られる施策にもおそらく仕立てられる。そうすると、かかる費用を抽象度の高いエンゲージメントコストとして捉えるのではなく、費用対効果の合う投資として青天井にもできるので、そういう方法を模索することで、EC専業の会社もうまく紙を使いこなしていけるのではと思います。

「紙媒体でPDCAを回していくのは、もうデジタルと同じようにできる」と鈴木氏

「紙媒体でPDCAを回していくのは、もうデジタルと同じようにできる」と鈴木氏

コンテンツのパーソナライズ

鈴木:たしかにそうですね。いまはマーケティングオートメーション(以下、MA)ツールも浸透したので、すべてのビークルをフラットに捉えて、ターゲット、タイミング、クリエイティブ、オファーのそれぞれを最適化してアプローチしていけば、相当の効果を見込めると思います。ちなみに、テストしたカート放棄のシナリオは、コンテンツは当然、人によって違いますし、同時にタイミングも「カート放棄」というユーザーアクションをトリガーにしたものでしたね。

石川:そうですね。両方とも非常に重要な要素ですが、まず今回のテストで、紙のコンテンツもWebページやメールと同じくらい各人に合わせたパーソナライズができるのだとよくわかりました。今回はDMでしたが、たとえばカタログも、人によってまったく違うページ、さらにページの中身まで差し替えて作ることができるんですね。

鈴木:そうですね。化粧品ブランド、メイベリンの米国での事例だと、髪の色や目の色まですべてユーザーに合わせて差し替えて作成したカタログを送り、大きな成果を上げたそうです。もちろん、アルゴリズムを構築したうえで、専用のシステムを備えた印刷会社と組まないとできませんが、ひと昔前の宛名差し替えなどとはまったくレベルが違う。総合カタログだと、自分が関心のあるコンテンツが相当後ろに掲載されていたりしますが、そうした部分もWebの閲覧履歴を参照することでパーソナライズが可能です。

石川:同時に、タイミングのパーソナライズも非常に重要だと思っています。Webでもこちらのほうが、コンテンツのパーソナライズよりも歴史が浅いですね。いまはMAツールなどによって、ユーザーのアクションをトリガーにWeb接客を走らせるといったことが柔軟にできるようになりました。

カート放棄も、いままさにテスト中のステップDMも、タイミングの決定はユーザー側になります。カタログは半年スパンで制作していて、DMもこれまでは2週間は準備に時間を要したので、紙ものはユーザーのアクションに委ねることができなかった。どうしても企業のタイミングでアプローチせざるを得なかったのが、紙のいちばん弱いところでもありました。

鈴木:そうですね。逆にいうと、それでもちゃんとレスポンスが返ってくるのが、紙の強いところでもある。

石川:そうなんです。だから、その紙で、デジタルで実現しているコンテンツとタイミングのパーソナライズを実現したら、きっとすごい数字が返ってくるだろうと予測していて、実際そうだったというわけです。

ユーザー行動をトリガーに

鈴木:さきほど触れたとおり、コミュニケーションの要素には、ターゲット、タイミング、クリエイティブ、オファーの4つがあるといわれています。この先、クリエイティブやオファーもパーソナライズして、PDCAを回していけば、また別の精度の高いシナリオを見出せるかもしれないですね。

石川:そう思っています。一連の取り組みはWebのチームでやっていて、あくまでユーザーのトリガーで回る紙の施策を自動化することを思考しています。一方、紙のチームでは従来通りつくり込んだクリエイティブでDMやカタログを届けているので、それぞれ住み分けしていきますし、今後は僕らのほうで積み上げた知見を紙のチームに戻して、運用の効果を高めることもできると思っています。

鈴木:当然、ROIが合わないシナリオも出てくると思うんです。メール1通送るのに0.01円、紙だとやはり数百円などになってきてしまうので。だからこそ、優良顧客を抽出してその人たちだけに送るとか、オファーの設計を工夫するとか、使いようがある。データドリブンでPDCAを回していくのは、もうデジタルと同じようにできるので、「ひとりのユーザーにどういった便益を提案すると喜んでもらえるか?」を追求することに頭を使ってもらえたらいいと思いますね。

石川:施策のアイデアは、それこそ一生かかっても終わらないくらい出てきそうです。単純にメールとDMの組み合わせだけでも、いくらでも設計できますし、パーソナライズした冊子も試してみたい。

鈴木:メールの件名を「お手紙届きましたか?」にするとか。

石川:それ、いいですね(笑)。でも本当に、手触りのある手紙のパワーを改めて感じました。同時に、デジタルとアナログを分断する時代じゃないし、「デジタル」マーケティングという言い方もそろそろやめたほうがいいなと実感しましたね。

鈴木:デジタルvsアナログという対立構造は、見た目がキャッチーなので、私もその体で語ることも多いのですが、そろそろやめます(笑)。それぞれのビークルのメリットとデメリットをよく知り、データを使いこなして、どんどん実践していくのが今後のマーケターのあり方ですし、経営者もそうであるべき。そのなかで私としては、DMには心を開かせる力があることをお伝えしながら、紙を含むコミュニケーションのサポートを続けていければと思います。

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▼鈴木睦夫(左)
日本郵便株式会社 郵便・物流営業部 担当部長

 

P&Gでキャリアをスタートし、NTT/IMJ/コカ・コーラと一貫してマーケティングおよびデジタルマーケティング領域を歩んできたが、デジタルコミュニケーションの限界を感じて日本郵便に転じ、デジタルとアナログの組み合わせ最適解を探り、広く広告業界に発信する役割を担う。

▼石川森生(右)
株式会社ディノス・セシール
チーフECオフィサー 兼 EC企画1部ゼネラルマネージャー

 

新卒でSBIホールディングス入社。SBIナビ(現・ナビプラス)の立ち上げに参画、営業統括の責務を担う。その後、ファッション通販サイトのマガシークにてマーケティング部門の責任者、製菓製パン向けECサイトcottaを運営する株式会社TUKURU代表取締役社長を歴任。イントレプレナーとして常に企業の課題解決に従事。2016年2月、株式会社ディノス・セシールでCECO(Chief e-Commerce Officer)に就任。同年7月よりEC本部EC企画部ゼネラルマネージャーを兼務。既存の枠組みを超えるサスティナブルなECビジネスを構築するというミッションを実践している。

※日本郵便では、次代を担うデジタルマーケターに向けた、DMマーケティングを基礎から学べる実践型セミナーを実施しています。興味をお持ちになった方は、Peatixの「powered by 日本郵便 Beyond デジタル LABO」運営委員会のページをフォローしてください。

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Written by 高島知子
Photo by 渡部幸和