グループエム 、新しいCEOの指揮下で「巻き返し」を図る

グループエム(GroupM)は数学の問題を抱えている。エージェンシーモデルの数字では、もはや計算が合わないのだ。

グループエムを広告業界を代表する代理店のひとつに成長させた儲けの方程式が、同社の薄利多売型の事業を脅かすほどに変容しつつある。メディアの所有者から安値で広告枠を買い付け、それをパッケージしなおし、広告主に高値で転売できるだけでは、もはや十分ではない。それもこれもプログラマティックのせいだ。広告の多くがオンライン入札で買えるようになり、もっとも有利な価格を担保するのに、エージェンシーの購買力は以前ほど重要ではなくなった。入札可能な世界では、多くの広告主はバイヤーだけでなく、エキスパートを必要としている。

グループエムがそのエキスパートになれるか否かは、10月初めにケリー・クラーク氏からCEOの職を引き継いだクリスチャン・ジュール氏にかかっている。表面上、ジュール氏の抜擢はWPPのCEO、マーク・リード氏の目利きによるものだ。ジュール氏はデジタルエージェンシーのエッセンス(Essence)をデジタルファーストのメディアショップに転換させた人物である。その手腕は、Googleから主要な広告バイヤーとしての信用を勝ち取るに十分だった。ジュール氏の指揮の下、エッセンスは開発者とプログラマティックの人材確保に注力した。競合よりも多くのスペシャリストを抱えることが、取引量の拡大につながると考えたからだ。昨年、エッセンスは、コティ(Coty)、ブリティッシュテレコム(British Telecom)、BPを含む23件の新規クライアントを獲得している。

「メディアの購買力はもはや優位性にはならない。どこの持株グループも十分に提供している」と、エッセンスのあるクライアントは匿名を条件に語った。「我々がエッセンスを選んだのは、彼らが賢く買えるバイヤーだったからだ。抽象的な予算の節約や値引きではなく、我々のビジネスに近いところで、メディアの価値を分かりやすく示してくれた。従来にない価値だった」。

新しいビジネスモデル

エッセンスは価格設定モデルの透明さで知られており、それは価格の内訳を開示しない親会社の契約書とは大きく異なる。ジュール氏が直面する課題は、売上と利益を維持しつつ、透明なモデルと非開示のモデルのバランスを取ることだが、その売上と利益を稼ぎ出してきた従来の方法は、クライアントとエージェンシーにとっての新しい秩序とは相容れない。WPPがエッセンスのイメージ通りにグループエムをモデルチェンジしたがったところで、圧縮されたマージンを死守するためには、稼げる手法で稼ぎ続けるしかない。WPPが米国でグループエムの成長を最後に見たのは3年前のことだ。

「ジュールは若く、実績もあるが、グループ内では『新参』だ」と、グループエムの元幹部は言う。「彼は多くの駆け引きを強いられるだろう。グループエムはまったくの別物だ」。

グループエムのクライアント、元幹部、取引のあるコンサルタントら、10人の関係者に取材した結果、「グループエムはすでに緊迫の時を迎えている」ようだ。緊張の原因は、クライアントサービスの向上の名の下に強力に推し進められるコスト削減と効率化、そして経営陣の再編である。

グループエムの計画を知るある企業幹部が証言する。「経営陣のなかには、自尊心をひどく傷つけられた人々がいる。自分の役割を否定され、戦略的思考は不要だと言われ、自分の意見がまったく反映されずに立案された戦略を、ただ執行するだけの存在になってしまったと感じているのだ」。

ミッションインポシブル

加えて、グループエムの全面的な再編には構造的な問題がつきまとう。もっとも良いときのグループエムは、いや最悪のときでさえも、広告そのものの端正な縮図だ。時代遅れのビジネスモデル。リアルタイムやデータドリブンなど、本来デジタルで用いる手法をテレビなどの従来メディアに応用する試み。制作部門との密接な連携による、オーディエンスやチャネルに合わせたコンテンツ制作。グループ全体をまたぐ人材とテクノロジーの有効活用と、何ら差別化のないエージェンシーブランドから、クライアント本位の機動的なチーム編成への移行。Google、Facebook、Amazon、さらにはコンサルティング会社への人材流出を防ぐ従業員のリテンション対策。

まさに、遂行不能なミッションだ。

不可能を可能とするには、広告主にとってのメディアの価値を何らかの方法で再定義しなければならない。そして何より、広告主にその価値の対価として高い料金を払ってもらう必要がある。ジュール氏いわく、グループエムには複数の市場をまたいでグローバルかつ同時的に、しかも同一レベルの品質を維持しながら広告主のキャンペーンを実施する能力があり、この能力にこそ価値を見い出してほしいという。エッセンスの登場が示す通り、データとテクノロジーがなければ、この類いの規模は達成できない。

「グループエムのこれまでの実績に照らして、私たちの方がうまくできることがあるとすれば、それは単一のソリューションをグローバルに提供することであり、ベストインクラスのソリューションを見つけ出すことだ」と、ジュール氏は言う。「グローバルかつ大規模に運用できるインテリジェンスレイヤーを構築し、グループ内のエージェンシーによる効果測定やデータ収集、あるいはデータ処理などを支援できるようにする必要がある」。

グループエムがメディアからデータ分析とテクノロジーへの方向転換を図ろうとしたのは今回がはじめてではない。2011年、トレーディングデスクのザクシス(Xaxis)はホールディング会社WPPの期待の星だったが、2016年、エムプラットフォーム(mPlatform)に取って代わられた。どちらのブランドもグループエム内にいまも健在だが、かつてのステータスはもはやない。ザクシスとエムプラットフォームにとっての問題は、グループエムが、従来メディアの取引で培った買値と売値の価格差で儲けるいわゆるアービトラージモデルを、入札で売買されるメディアやデータにも適用できると考えたことだった。それは功罪相半ばする結果をもたらした。実際、クライアントのなかには、自分たちのデータで金を稼ぐやりかたに不満を持つものもあった。

「ザクシスの提案を聞いたその場で、こちらのデータを共有するつもりはないと答えた」と、元マーケティングディレクターは明かす。「エムプラットフォームによる透明性の高いモデルも提案されたが、我々のスタンスは変わらなかった。その部分については初っ端から信用していなかったからだ」。

とはいえ、広告主の見解は一様ではない。グループエムとWPPにおいて、ザクシスがいまだもっとも成長力の高い部門であることは注目に値する。2018年には2桁成長を遂げ、2019年も同様の数字を着実に達成しつつある。しかし、ザクシスと取引経験のある企業幹部によると、問題は原価を開示するモデルと開示しないモデルという真逆のビジネスモデルを抱えていることで、それが一部のクライアントとのあいだに緊張を生んでいるという。

以前は、ザクシスとPBU(プログラマティックバイイングユニット)の違いは、それぞれの取引モデルにあった。現在、ザクシスはフォード(Ford)とのあいだで開示型の取引を行っており、両者の違いはあやふやになりつつある。このような懸念はジュール氏にとって新しいものではない。グループエムが広告主の予算とデータからどのように儲けを出しているかを明らかにすれば、懸念の一部は払拭されるだろうとジュール氏は考えている。

「このシナリオで、私たちが所有する特定のデータ資産を何かにつけて売ろうとする存在にはなりたくない」と、氏は言う。「データを売っているのか、成果報酬を求めているのか、はたまたクライアントのデータ管理を支援しているのか、そういうことをもっと明確にする必要がある」。

今後の展望

「ゆくゆくは」と、ジュール氏は続ける。「グループエムが所有するデータをキャンペーン横断的に活用する成果報酬型の事業と、クライアントに代わって公有のデータを購入またはライセンス取得し、これを活用してコンサルティングを提供する事業のあいだに、明確な線が引かれるだろう」。

「クライアントと話をするたびに、自社のデータを自社で所有したいという声を聞く」と、ジュール氏は明かす。「彼らはそのデータを使用し、管理し、主にウォールドガーデンの環境で有効活用するためのアドバイスを求めており、そのようなサービスに金を払ってもよいと考えている」。

エッセンスの戦略を手本とするのは賢いやり方だが、そこには危険もつきまとう。エッセンスのストーリーにはところどころ穴があり、それがグループエムにとっての落とし穴となりかねない。グループエムのプレゼンを見たことのある企業幹部によると、グループエムのデジタルケーパビリティはもっぱらGoogleの技術スタックを重視するものだという。結局のところ、メディアエージェンシーの仕事はデジタルオプティマイゼーションだけではなく、エッセンスが強みを発揮したのも、まさにそこだった。

「エッセンスの成功要因は、クライアントサービスの担当者が正確に理解し、クライアントに説明できるグローバルなシステムを構築したことだ」と、ジュール氏は言う。「私がグループエムに期待するのは、サーチ広告をグローバルにやるならこうすればよい、プログラマティックはこうすればうまくいく、異なる環境をまたぐアナリティクスはこうやるものだと、提案できるようにすることだ。このようなソリューションをグローバルに展開し、私たちのエージェンシー各社がそれぞれのクライアントに最適の方法でこれらソリューションを活用できるようにしたい」。

Seb Joseph原文 / 訳:英じゅんこ)