「問題の存在」は起業のチャンスを生み出す。そして、2020年は問題に事欠かない。とりわけ広告業界はその傾向が顕著だ。ニュー・コマーシャル・アーツ(New Commercial Arts)やアザー(Other)など、このパンデミック下にもかかわらず、新たなエージェンシーが次々と誕生している。
「問題の存在」は起業のチャンスを生み出す。そして、2020年は問題に事欠かない。
とりわけ広告業界はその傾向が顕著だ。高評価のアダム&イブDDB(Adam & EveDDB)を支えたチームが創設したニュー・コマーシャル・アーツ(New Commercial Arts)や、独立系エージェンシーのマザー(Mother)からスピンオフしたアザー(Other)など、このパンデミック下にもかかわらず、またそうであるがゆえに、新たなエージェンシーが次々と誕生しているのだ。
つまりはこんな状況でも、広告費を減らしている企業ばかりではないということだ。実際、電気通信事業者からデリバリーサービスまで、多くの企業が好業績を上げ、結果としてマーケティングを増やしている。しかしそうした企業が求めているのは、より速く、より安く、革新的な広告だ。それはある程度名の通ったエージェンシーが必ずしも提供できるものではなく、とりわけ景気の悪化局面においては難しい。
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「よく言われるように、必要はイノベーションの原動力だ。そして、景気後退が生み出す問題は、マーケターが既存のエージェンシーから得られない、これまでと異なるソリューションを必要とする場合がある」と、M&Aアドバイザーのウェイポイント(Waypoint)のパートナー、マイルズ・ウェルチ氏はいう。「そうしたニーズに応えているのが、これらの新しいエージェンシーだ」。
アドバンテージを手にする機会
またそうしたチャンスをつかむと同時に、新興エージェンシーは既存のエージェンシーと違って新規事業に100%注力できる。
たとえばアザーだ。この10月にスタッフ14名で立ち上がった同エージェンシーは、花の配達サービスのブルーム&ワイルド(Bloom & Wild)、家電メーカーのグルンディッヒ(Grundig)、ジャガーランドローバー(Jaguar Land Rover)の自動車レンタルサービス「ジ・アウト(The Out)」など、いくつかの新規クライアントを抱える。アザーのクライアントは、人々がソーシャルディスタンスを継続するなかで互いにつながりを保ち、なおかつ、家での暮らしを楽しむうえで欠かせない存在となりつつある企業ばかりだ。新型コロナウイルスで先行きはたしかに暗いが、それは同時に、この先何年も続くかもしれないアドバンテージを手にするチャンスでもあることに、彼らは気づいているのだ。
「独立系のクリエイティブエージェンシーがブランドの手助けをすることが、いまほど重要な意味をもつ時期はない」と、アザーの事業を率いるパオロ・サロマオ氏は話す。
そのように考えると、ボーダフォン(Vodafone)がグローバルブランドの新たなイメージづくりを任せるパートナーとして、より名のある、長年ともに仕事をしてきたネットワークエージェンシーのいずれかではなく、5月に立ち上がったスタッフ20名のニュー・コマーシャル・アーツを選んだ理由もいくらか説明がつく。新興エージェンシーがいまや世界有数の大手広告主のイメージづくりを任されている事実は、経済が失速している時期にビジネスを立ち上げるなら、大きなプレッシャーの下でその力量を試される覚悟が必要なことを示している。ボーダフォンによって、ニュー・コマーシャル・アーツはとりわけ立ち上げ間もないビジネスに重要な勢いを手にすることとなった。
人材プールが拡大している
5月の立ち上げ当初は、ニュー・コマーシャル・アーツがこれほどすぐに評判を呼ぶなど想像もつかない状況だった。エージェンシー分野の起業家としてこれ以上ないほどの実績をもつジェイムズ・マーフィーとデイビッド・ゴールディングの両氏を擁しながら、ニュー・コマーシャル・アーツには1社のクライアントもいなかったのだ。
それが今ではボーダフォンに加えて、銀行業のハリファックス(Halifax)や、広告業界団体のワールド・アウト・オブ・ホーム・オーガニゼーション(World Out of Home Organization)をクライアントにもつ。またそれに伴い、エージェンシーの人員も拡大している。この10月には、クリエイティブチームとしてメアリー・ジョハンセンとケニー・ミークの両氏をTBWAメディア・アーツ・ラボ(TBWA\Media Arts Lab)から引き抜き、また9月にはプランナーのジョン・ブライト氏をアダム&イブDDBから迎えた。
大手のエージェンシーネットワークが年間を通して雇用削減を余儀なくされている状況は、新興エージェンシーにとって利用できる人材プールが拡大していることを意味する。「この先しばらく余剰人員の解雇や昇進停止が懸念され、昇給も見込めないというので、エージェンシー幹部のなかには違う道を試してみようと思う者も出ている」と、ウェルチ氏はいう。
歴史的な低金利、財政支援へのアクセス、コワーキング施設の充実、そしてインターネットで必要な知識をいくらでも得られる環境のおかげで、この種のベンチャーを立ち上げることは多くの点でかつてないほど容易になっている。エージェンシーを立ち上げるアイデアをずっと温めてきた一部の起業家にとって、このパンデミックはそれを実行に移す好機、いわば千載一遇のチャンスなのだ。
「ブランドは大手よりも我々を選ぶ」
デジタル広告エージェンシーのリバティ・マーケティング(Liberty Marketing)の経営陣は以前から、美容に特化したビジネスを別に立ち上げる計画をもっていた。美容分野はここ2年ほど急激な成長をみせていた。しかしロックダウン中に美容分野のウェブトラフィックが急増するのを目にして、経営陣はようやく長年温めてきた計画を実行に移そうと決めた。
そして10月下旬、リバティはファウンデーション(Foundation)を立ち上げた。美容分野での経験を買われてリバティのグループ内から異動してきたデジタルマーケティング幹部8名のチームからなる。マザーと同じく別のエージェンシーを新たに立ち上げることで、元のエージェンシーが新規事業で手一杯になってしまうリスクを回避できる。
「リバティ内部ではこれまで新規開拓チームに対して、美容分野からもっと多くのクライアントを獲得するよう要求し続けていたが、真の美容分野のスペシャリストとして創設されたファウンデーションなら、美容分野のクライアントを獲得できるチャンスがはるかに大きい」と、ファウンデーションのディレクターを務めるギャレス・ジェイムズ氏はいう。「この専門性と我々のもつ豊富な業界データ、知識ゆえに、ブランドは大手のエージェンシーよりも我々のほうを選ぶ」。
いくつかの予期せぬ試練
ウーバー(Uber)やエアビーアンドビー(Airbnb)など、厳しい時代にも成功する企業は生まれることは歴史が証明済みだが、2020年はエージェンシーにいくつか予期せぬ試練を与えている。
クライアントにおける従業員の一時帰休の影響は特に大きな課題だ。担当マーケターがいなくなることで、新興エージェンシーはキャンペーンのスケジュールが延長になったり、さらにはキャンセルになったりといった事態に対処しなくてはならない。
ほかにも、対面のミーティングであれば気づくような微妙なニュアンスがくみ取れず、それを補う新たな手段を見つけなくてはならないという課題もある。
「大変ではあるが、おかげで成長できている」と、英国全土でロックダウンが始まったばかりの3月に立ち上がった制作エージェンシー、サムシング・クリエイティブ(Something Creative)の共同創設者ポール・マクニコル氏は話す。
同エージェンシーは、ドッグフードのデリバリーサービスを提供するバターナット・ボックス(Butternut Box)のTV広告キャンペーンを、6週間でピッチから撮影までもっていったが、その間クライアントと直接会うことは一度もなかった。「初めて会ったのは撮影のときだ。我々全員にとって新たな経験だった」と、マクニコル氏は述べている。
SEB JOSEPH(翻訳:高橋朋子/ガリレオ、編集:長田真)