広告業界では新型コロナウイルスの感染拡大以降、柔軟な働き方を求める男性が増えている。これまでターゲットは女性とされてきたが、英国の大手エージェンシーはサポート体制を整え、男性社員の要望に応えはじめている。コロナ禍が本当の意味で、性別に関係なく平等で柔軟な働き方を広告業界に広げるチャンスとなるかもしれない。
英国の財務大臣であるリシ・スナック氏の発言が炎上している。「母親の皆さんには、この大変な時期に育児と仕事を両立させるという極めて困難なタスクが課されている」。おそらく同氏は、この発言が好意的に受け入れられると思っていただろう。しかし、批判が全英の共働きの親から殺到。デイリー・ミラー(The Daily Mirror)の紙面には「性差別論争(sexism row)」の文字が踊った。
チャンネル4ニュース(Channel 4 News)で司会を務めるキャシー・ニューマン氏はインデペンデント(The Independent)に寄稿し、手厳しい意見を述べている。「料理や育児をするのが当然というスナック氏の女性観が透けて見える。そして安い賃金で働き、わずかながら家計に貢献する。家族を養うのは何と言っても男性の役目だ、という偏見も見え隠れする。性差別主義者と言われてもおかしくない」。
もちろん、「コロナ禍が女性のキャリアにおよぼした影響」についても、実態から真剣に議論されるべきだ。しかし、家庭内で男性が担うべき役割がますます増えていることや、それが社会の男女平等意識の変化にどの程度寄与しているか、職場側の理解や取り組みの進捗状況はどうか、といったテーマについて議論が活発になっているのは見過ごせない実情だ。
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「柔軟な働き方」は誰にでも必要
育児ウェブサイトのダディライフ(DaddiLife)が2020年5月に実施した「ロックダウン中の父親」というアンケートによれば、回答した116人の父親のうち70%が掃除を、67%が料理を、51%が子供の勉強の手伝いを「以前よりも多く行うようになった」と回答している。ロックダウン解除後も、32%が「家族と過ごす時間を増やしたい」、25%が「より柔軟な働き方をしたい」、19%が「テレワークを希望する」と回答している。
柔軟な働き方を支援するウェブサイトであるファインド・ユア・フレックス(Find Your Flex)の創業者兼CEOのチェイニー・ハミルトン氏は「男女の賃金格差と不平等を解消するには、より柔軟な働き方の実現が不可欠だ」と指摘する。同サイト閲覧者の47%が男性となっており、職種としては公務員や技術者、広報担当者などが多いという。また、同じく柔軟な働き方を促進するウェブサイト、ザット・ワークス・フォー・ミー(That Works For Me)でも、過去3カ月で男性会員数が倍増したという。
ハミルトン氏は、「残念ながら、柔軟な働き方を扱ったテーマは、女性をターゲットにしていることが圧倒的に多い」と語る。「企業における男女平等という観点から、男性もパートタイムで安心して働けるようなシステムの整備が急務だ。願わくば2021年には、これまで通り女性主導のキャンペーンなどで男女機会均等を実現しようという動きに加えて、男性の側からも、たとえばパートタイムの仕事を『やってもいい』から『男性パートタイマーも推奨されている』という風潮に、気運が切り替わることが望ましい」。
変化に対応し始めるエージェンシー
これは現在の広告業界に広がるトレンドだ。英国のラップ(RAPP)やAMV BBDO、オグルヴィ(Ogilvy)といった大手エージェンシーでは、新型コロナウイルスの感染拡大以降、柔軟な働き方を求める男性が増えていることを報告している。
AMV BBDOでダイバーシティおよび人財管理部長を務めるケリー・ナイト氏は「朝や夕方に、育児や勉強を教えるための時間がほしいと要求する男性社員が急増している。当社はこの種の要望には積極的に許可を出している」と語る。
ラップで人事ディレクターを務めるローラ・シャーウッド氏は、2020年1月に子供がいる全社員にアンケートを行ったところ、特に小さな子どものいる父親のあいだで、育児をする機会を増やしたいと考える社員が多いことがわかった。「この業界でも男女平等に対する考え方が徐々に変わりつつあったが、コロナ禍によって柔軟な働き方の普及やサポートが一気に進んだのは間違いない」と、同氏は語る。
オグルヴィの最高人事責任者を務めるヘレン・マシューズ氏もまた、コロナ禍によって柔軟な働き方に関する議論が以前より増え、これまで女性が行うことが多かった仕事を共有しようとする男性が増加していると明かす。「特に働く母親への影響という点で、長期的に見て非常に良い方向に動いている。今は、柔軟な働き方について一気に改善を進められる絶好の機会ではないか」。
旧来の父親像から脱却する
先述のダディライフの創業者であり、リードエージェンシーのプロクシミティ・ロンドン(Proximity London)でプランニングディレクターを務めるハンソン・リー氏は、一児の父としてパートタイムでの勤務を計画しているという。同氏は、2019年からウェブサイト上で「ミレニアル世代の働く父親」というタイトルのアンケートを実施しており、回答者の全員が同意しているわけではないものの、賛同する声が大きく増えているという。
仕事と家族のバランスを大切にしたい、柔軟な働き方をしたいという考えはパンデミックの以前から存在していた。だが広告業界は、そういった要求は常に却下される風潮にあったと、リー氏は指摘する。「これまで『父親が果たすべき役割』という、凝り固まった考え方があったと思う。『父親はこのように働くべきだ』という偏見が、大きな障壁として立ちふさがっていた」。
この障壁を乗り越える方法を見つけることは、女性にはもちろん、男性にとっても大きなプラス材料になる。「これは、働く母親の能力を最大限に発揮するための必須の取り組みだ」とリー氏は語る。「これを実現し、本当の意味での男女平等に向けて一歩を踏み出すことができれば、家族の充実度をさらに向上させられるだろう。これは、コロナ禍がもたらしたチャンスだ。この業界がより良い方向に進んでいくために、活かすべき大きなチャンスだ」。
[原文:‘There’s huge cultural stigma around role of dads’ More men are requesting flexible working]
MARY LOU COSTA(翻訳:SI Japan、編集:分島 翔平)