ミソジニー(女性蔑視)的な社風に注目が集まって難問を抱えているエージェンシーCEOは多い。セクシャルハラスメントに対する #MeToo の巻き返しによって職場の不平等がより鮮明になったのは正しい。その一方で、エージェンシーのトップたちは、女性幹部登用のあり方に神経をとがらせている。
その広告エージェンシートップ企業のCEOはジレンマを抱えていた。男性ばかりの経営陣に女性を入れたいが、適切な候補が見つからない。女性が指導者に入れば、役員会議に残るミソジニー(女性蔑視)は追放されるだろう。だからといって、名ばかりの採用になる候補ではいけない。適切な人物を見つけるのがあまりに難しいことから、「(人材の)プールが小さすぎるという理由で、適切な女性リーダーを探すのは諦めた」と、このCEOは語った。
もっと熱心に模索できたことは、(匿名を条件に米DIGIDAYに話をした)このCEOもわかっている。しかし、「うちのビジネスにあった人材か、十分に優秀な人材がいないとすれば、単なる広告よりはるかに大きくなった(男女不平等の)問題で私が責められるのは、理不尽なことではないだろうか」と、彼は主張した。
ミソジニー的な社風に注目が集まって同じ難問を抱えているエージェンシーCEOは多い。セクシャルハラスメントに対する #MeToo の巻き返しによって職場の不平等がより鮮明になったのは正しい。その一方で、エージェンシーのトップたちは、女性幹部登用のあり方に神経をとがらせている。
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エージェンシーの男性シニアマネージャー数名が、自社の経営陣が全員男性であることを懸念していたと、ヘッドハンティング企業ロングハウス(The Longhouse)のマネージングパートナーであるヘレン・キンバー氏はいう。こうした議論では、登用が選びに選んだものでなく「名目主義」になりかねない点が懸念される。女性の登用は正当なものが多い。しかし、「そうでないケースでは、エージェンシーがベストな登用ではなく建前で妥協している大きな懸念がある」とキンバー氏は結論づけた。
登用は諸刃の剣
M&Cサーチ(M&C Saatchi)の状況は、このジレンマを如実に表している。同社のロンドンの最高クリエイティブ責任者、ジャスティン・ティンダール氏が2017年10月、ダイバーシティの議論は「うんざり」だと表明した。ふたつの情報源によると、同氏が統括していたクリエイティブ部門は、男性が支配的だった。これが業界で糾弾されると、同社はクリエイティブ部門で女性の採用を増やし、最高マーケティング責任者にケイト・ボサムワース氏、文化と包摂のトップにセリーナ・アバッシ氏、最高戦略責任者にラクエル・チコレル氏と、グループ幹部への女性就任を拡大した。
しかし、巻き返しを図って女性を登用したものの、M&Cサーチが苦境を完全に脱することにはならなかった。
「ダイバーシティは女性だけの問題ではなく、このところの登用はこの点でむしろ物笑いの種になっている」と、M&Cサーチの幹部が、匿名を条件に米DIGIDAYに語った。
「本当に均衡が崩れていると自覚したら、なんらかの対処をするのは当然であり、そのなかで、今後X件の登用では女性を入れるようにより心がけるというのはあるかもしれない」と、幹部ヘッドハンティング企業のライトハウス・カンパニー(The Lighthouse Company)の創業者、キャスリーン・サクストン氏はいう。しかし、ビジネスの継続に必要なスキルを見失ってはならない。「女性がもっと必要だから女性の登用を増やす、で済む話ではない」というのが、サクストン氏の結論だった。
エージェンシーにはビジネスに目を光らせる責任があり、実力に基づいた登用が必要だと、クリエイティブエージェンシーのアバブ+ビヨンド(Above+Beyond)のCEO、ザイド・アル=ザイディ氏はいう。「そうしないと、ダイバーシティを大きく損なっていくことになるし、女性、LGBTQI、障害者、社会的弱者、あるいはBAME(黒人、アジア人、少数民族)の人々から、性別や背景だけが理由で職にありつけていない人々を採用するのは、そうした人々の保護にしかならない」と同氏は語った。
もちろん、このジレンマが生まれたのは、会社が職場で多様性を確保しなかったためだという反論はあり、名目主義の懸念を、不平等を改善しない言い訳にするべきではない。サクストン氏は次のように説明している。「(エージェンシーの)CEOたちがこの(男女不平等)問題に前掛かりになり、最終候補者リストの半分以上を女性にできないかと問い合わせてきているが、これはよい指示だと思う。これにより、我々も最終リスト段階の差をより意識して熱心に見るようになる」。
採用プールを拡大する
この入り組んだ問題を、登用元となる部門や設置しているシニアリーダー職の考えかたを広げることで切り抜けているトップもいる。たとえば、女性CEOよりも女性の最高戦略責任者(CSO)のほうが見つかりやすい。ロングハウスは最近、CSOの調査リストをいくつかまとめたが、その大半(70%)は「聡明な女性」が多数派になったとロングハウスのキンバー氏はいう。一部の人材コンサルタントでは、戦略職と製作職は、柔軟性な勤務スケジュールに向いていることと、産休から復帰した女性が息切れしないことから、シニアレベルの女性が指数を上回るという考えが一般化している。
(名前を伏せることを求めた)あるエージェンシーのトップが、プレジデントとクリエイティブ責任者を採用するため調査をしたところ、どこの候補者リストにも顕著な点がひとつあった。プレジデント職のリストは男性と女性が混在していたのに対し、クリエイティブ職のリストには女性がいなかったのだ。
本当かどうかは別にして、エージェンシーのトップたちは、シニア職を任せられる女性は不足していると考えている。英国の業界団体のIPA(Institute of Practitioners in Advertising)によると、英国の広告業界における女性最高責任者の割合は2017年、2016年の30.3%からは増えたのに、3分の1に満たなかった(30.9%)。もっとも、これらの数字はすべてを物語るものではない。
女性に優しい人事方針
シニア職に女性が少ない理由のひとつに、子供を作りたくなろうものなら目を向けられなくなると感じている女性が多いというのがある。
クリエイティブエージェンシー、クワイエット・ストーム(Quiet Storm)の、マネージングディレクター、ラニア・ロビンソン氏によると、同社が最近、ビジネス開発のディレクターを採用しようとしたところ、応募者の大半が男性だった。女性が不足しているのには、産休を理由に女性の昇進が妨げられていることがあるのではないかと同氏は推測する。
「私自身、子供をもつことを考えるまでは、キャリアで阻害されていると感じたことは一度もなかった」と、ロビンソン氏は認めた。「ある世代の男性たちが、女性はいったん子供ができると仕事の優先順位を下げ、それまでのような意欲や献身がなくなると考えているというのは、過言ではないと思う」。
しかし、すべての広告エージェンシーが、シニア職への女性の登用や社全体の男女平等の達成に苦戦しているわけではない。
独立系のエージェンシーであるマザー(Mother)とリビティ(Livity)は、一部のエージェンシーのようなダイバーシティの問題がない理由として、充実した出産パッケージ、幹部補佐への投資、そして広告業界以外に限定しない人材登用を挙げている。
マザーは、アナ・バラリン氏とケイティー・マッカイ=シンクレア氏が、ハーメティ・バラリン氏やクリス・ギャラリー氏らと主導するクリエイティブ専門のエージェンシーで、部門責任者の67%を女性が務めている。同社が取り組んでいるのは、スタッフの多様性の十分な確保。マザーもリビティも、シニア職に欠員が出た場合にはふさわしい女性が常に待機していると主張する。たとえばリビティでは、クライアントサービスのディレクターとして2012年に参加したアレックス・ゴート氏が、2015年9月にマネージングディレクターになり、2017年にCEOに昇格した。
リビティには、「ブーメランジャー」――いったん離れて、短期間でシニアレベルになって戻ってくる人々――として知られる女性たちがたくさんいる。「うちが能力を問う成長できるよい環境を提供している会社だということがわかっているからだ」と、リビティで人材と文化の責任者を務めるスタンシー・ストラリー氏は語った。
マザーは、1996年の創業以来、大学に行かないまま登用されてアシスタントとして力を発揮している、「ランナー」と呼ばれる人々が常に社内中にいる。また、学生が最終学年のときにマザーに1週間参加する、ロンドンのショアディッチにあるオフィスの周辺学校との協力も初期段階にある。こうした手だては、所得の背景が多様な人材を集めるのに有効だ。さらに2017年には、ダイバーシティのための訓練とインターンシップのプログラムであるジョルト(Jolt)との提携を開始した。
「マザーの経営チームで、『どうすれば女性を増やせるか』とじっくり考えたことは一度もない」と、マッカイ=シンクレア氏。「その必要がまったくなかった。人材プールはどの段階においても女性と男性が混在しているので、各部門を率いていている女性たちが、シニア職に昇進してくる。(中略)マザーは男性主義なところがない。ここではそれが常に自然な社風の一部であり続けている」と、同氏は語った。
Seb Joseph (原文 / 訳:ガリレオ)
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