「ゴースティング」とは、オンラインの出会い系サービスの世界で何の説明もなく姿を消し、連絡を取ることができないデート相手を表現するために通常は使用される言葉である。この「ゴースティング」という言葉がいま、マーケティング業界の雇用主を悩ましている。
人材紹介会社のエクイエントスタジオ(Aquent Studios)は2カ月前、クライアントである広告エージェンシーのデジタルマーケティング戦略担当採用の支援を行っていた。そのクライアントは、5回の面接を実施し、給与額アップの交渉の末に、このポジションに最適と考えたとある候補者と契約。だが、その採用者は出勤初日に欠勤し、電子メール、テキストメッセージ、ソーシャルメディアのいずれを通じても連絡が取れなくなったという。そのため、エクイエントスタジオは今後、同様の事態の発生に備えて、警戒態勢に入った。
この新規採用者は、「ゴースティングした」という見方で一致している。
「ゴースティング」とは、オンラインの出会い系サービスの世界で何の説明もなく姿を消し、連絡を取ることができないデート相手を表現するために通常は使用される言葉である。この「ゴースティング」という言葉がいま、マーケティング業界の雇用主を悩ましている。エージェンシーやブランドの社内エージェンシーのポジションを補充する広告エージェンシーの採用担当者や人材紹介会社は、面接のプロセス中に選考に現れなくなったり、仕事が決まってから勤務初日に欠勤したり、事前の通知なく仕事を辞したり、音信不通になったりする応募者が増加していると口をそろえる。
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売り手市場の弊害
「定量化するのは困難だが、そういった人材は増加している」と、ロバートハーフ(Robert Half)のクリエイティブグループでバイスプレジデントを務めるクリスティン・ハーバーグ氏は言う。同社は、持ち株会社のオムニコム(Omnicom)やハバス(Havas)をはじめとするエージェンシーや、JPモルガンチェース(JP Morgan Chase)やバンク・オブ・アメリカ(Bank of America)をはじめとする企業に代わって採用を担当している。「ゴースティングは、マーケティング業界だけの問題ではないが、すでに人材不足に陥っている広告エージェンシーや企業の社内エージェンシーにとっては負担になっている」と、ハーバーグ氏は言う。「これは非常に頭の痛い問題といえる」。
ハーバーグ氏は、このトレンドの原因は、厳しい求人市場にあると見ている。失業率は現在、3.7%で、1969年以来でもっとも低く、求人数は、8カ月連続で求職者数を超えているということが、10月に労働省がに公開したレポートによって判明している。マーケティングのポジションの候補者は、売り手市場だと感じており、自分たちが望むものを必ず選択できる機会があるのは当然だと考えていると、ハーバーグ氏は述べた。
「求職者は数日のあいだに複数のオファーを受けることが多い」と、ハーバーグ氏は言う。「仕事のオファーをひとつ受けたあとに、より魅力的なオファーをあとから受け取るプロフェッショナルもいれば、より良いオファーを待つ人もいる。採用担当マネージャーとの厄介な会話を交わすことを避けるために、候補者は仕事をはっきり断ることを避けたり、雇用主からゴースティングしたりする場合もある」。
デジタル部門で顕著
広告エージェンシーのスタッフやブランドの社内業務スタッフの獲得を手助けしているエクイエントスタジオでディレクターを務めるダン・ウェルドン氏は、こういった事態が、デジタルマーケティングの成長に伴って激化する一方であり、ブランドがマーケティング業務を社内で実施することを継続し、エージェンシーが専門的なサービスに後れを取らないように先を争っている状態においては、満たすべきポジションは特に増加しているという。同氏はまた、ゴースティングは1カ月に1回起きている語る。
採用担当者やマーケティング担当幹部は、ゴースティングはたいていの場合、面接プロセスの初期段階、あるいは、候補者が従業員となってから最初の6カ月以内に起こるという。広告エージェンシーや企業が1カ月から6カ月の試用期間を設け、辞職する旨の通知を1週間のあいだしか受け付けていない場合に、特にこういったことが起こるという人がいる。このような辞職は、米国の大半の広告エージェンシーが拠点を構え、マーケティングの仕事の大半が産まれるニューヨーク州においては、言うまでもなく止められない。従業員に「任意」契約をさせるという法律があり、この法律によって、仕事をいつでも辞められる権利が従業員に付与されるためだ。
匿名かつ、肩書を秘密にすることを条件とし、国際的なメディアバイイングエージェンシーのある幹部は、従業員が、言われていた職務とはまったく異なる職務を与えられたことに憤慨したり、質の悪いクライアントに出くわしたり、キャンペーンで何らかのへまをやらかして、特に予算を超過させてしまったことが理由となって、仕事の初期段階で職務をゴースティングするのを見てきたと語ってくれた。
「信じられないようなへまをやらかして、何も言わずに立ち去る人がいる」と、同氏は述べた。さらに、あるエージェンシーでは、離職が2年たらずで起こっていると付け加えた。「職務は数多くありすぎて、人材が不足している。特に企業のデジタル部門では顕著だ」。
採用担当者への反発
候補者サイドのゴースティングは、その背景に採用担当者側への反発も見受けられる。特に、失業率が高く、求職者へ仕事が十分に行き渡らなかったときに、採用担当者や企業サイドが長年にわたって、求職者に対してゴースティングを行ってきた。求職者はそのことに対して、常に不満を漏らしてきたが、その延長上の反応だともいえる。
「採用企業は、独立した企業であるか、エージェンシーであるかを問わず、求職者に対して常にゴースティングを行ってきた」と、ユニバーサル・マッキャン(Universal McCann)でシニアバイスプレジデント兼グループパートナーを務める、マイケル・リンペル氏は言う。「優位な側の転換が起こったいま、求職者に対してゴースティングを行ってきた採用担当者が、求職者から同じことをされてショックを受けたという投稿が見られる」。
「同様の扱いを受けた人材のコミュニティからの反発がある」と、エクイエントスタジオのウェルドン氏も語る。
あるクリエイティブディレクターは昨年の夏、広告エージェンシーの採用担当者に対して、自分は応募した職務にもう関心がないと伝えずに、ゴースティングを行った。その際、まったく後悔の念はなかったというが、その背景には、かつて採用担当者側からゴースティングされたことに対する反発があったからだと述べた。
「このエージェンシーの二次面接のあと、担当者との連絡を絶ち、ほかの企業からオファーのあったより良い職務を引き受けた」と、求人市場においての自身の評判を悪くしないために匿名を条件とした人物は語った。「これがそんなに大ごとだとは思わない。応募者に対しては常に起きることだ。このようなことは、私の身に数えられないほど起こってきた」。
ゴースティングの代償
しかし、求職者は注意する必要がある。公正か否かに関わらず、広告エージェンシーやブランドの採用担当者は、今後、仕事に空きができても自社に対してゴースティングを行った人材を採用対象として再考することはめったにない。先ほど紹介したクリエイティブディレクターは、応募したエージェンシーで働く機会が今後失われても、選択肢は多いため、気にしていないと言った。しかし、マーケティングのような小規模な業界では、エージェンシーや採用担当者は、そのような無作法な人の話を覚えている可能性が高い。電子メールを無視するような行為でさえ、求職者が職に就く機会を失うには十分な理由になりえるだろう。
デジタルエージェンシーであるビッグアイドウィッシュ(BigEyedWish)で創業者兼クリエイティブディレクターを務めるイーアン・ウィシングラッド氏は、最近、面接プロセスの途中で同エージェンシーをゴースティングした2人の求職者について、「彼らは私に対して無情だった」という。
もちろん、すべてのエージェンシーあるいは企業にあてはまるわけではない。特に、人材が喉から手が出るほど欲しい企業においては、事情は異なる。
「ゴースティングを行った候補者はもう後へは引き返せないようなものだが、これを見なかったことにするエージェンシーもある。なぜなら、クライアントを助けられる人材を獲得するためには何でもするからだ。あるいは、新しい商機を勝ち取るために人材が必要だからだ」と、ウェルドン氏は言う。「この業界は自社の利益を1番に考える。さもないと、エージェンシーは特に仕事を失ってしまうことにつながる」。
効果的な対処方法
競争が激しいなか、今日の競争的な求人市場において、特に長い目で見れば、人材を確保するために採用担当者や採用担当マネージャーが実行できることはそれほど多くないように思えるかもしれない。採用担当者からの提案では、フレックスタイムや無条件の有給など企業に望まれる福利厚生の面が強調される。候補者が現在の雇用主から紹介される場合も効果的だ。コネクションが多ければ、紹介された人材が事前通知もなく、離職する可能性も低くなるだろう。
「従業員の大半は、過去に仕事に一緒に取り組んできたため、お互いのスキルセットを保証でき、信頼や説明責任を果たすことができる」と、メディアエージェンシーであるエンパワー(Empower)で人事担当のバイスプレジデントを務めるナタリー・ダルトン氏は言う。
もうひとつ秘訣を加えるなら、面接プロセスでよくコミュニケーションを取って、応募者と本物の関係を構築するとよい。エクイエントスタジオのクライアントの新規応募者が、なぜ出社初日にゴースティングしてしまったのか、その理由を振り返ると良いと、ウェルドン氏は言う。彼は、その企業が候補者ともっと強固な関係を構築できたはずだと考えている。
「応募者とすぐに関係を構築せず、応募者が会社の小さな歯車になっていると感じてしまうだけなら、個人的な関係はなんら確立されていない」と、ウェルドン氏は語る。続けて、「どうすれば彼らが返事をしたいと思うか、あるいは、忠誠心や責任感を持てるかを考えるのが重要だ」と言った。
llyse Liffreing(原文 / 訳:Conyac)