本記事は、株式会社電通のコンサルティング・ディレクター、小西圭介氏からの寄稿となります。
ーー次なるゲームの勝者は誰か。近代オリンピック大会開始から今年で120年の歴史を重ね、地球最大の視聴者数を誇るスポーツイベントであるオリンピックは、ブランドにとって4年に1度のマーケティング革新の舞台でもある。
リオデジャネイロオリンピックにおけるブランドのマーケティングアプローチの進化や課題について、いくつか注目すべき視点を取り上げていく。
本記事は、株式会社電通のコンサルティング・ディレクター、小西圭介氏からの寄稿となります。内容に関しては著者個人の意見であり、所属企業の見解を代表するものではありません。
次なるゲームの勝者は誰か。近代オリンピック大会開始から今年で120年の歴史を重ね、地球最大の視聴者数を誇るスポーツイベントであるオリンピックは、ブランドにとって4年に1度のマーケティング革新の舞台でもある。
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近年デジタル/ソーシャルテクノロジーの活用は、オリンピックのマーケティング機会を大きく進化させた。なぜなら、この世界的スポーツイベントを通じて人々が国境を越えてリアルな体験を共有し、つながるチャンスを飛躍的に増幅したからだ。2012年のロンドン五輪が「ソーシャリンピック」とも呼ばれたことは記憶に新しい。
このことはスポンサー企業や組織にとっても、いわゆる五輪プロパティ(商標や広告媒体等)を通じてグローバルなブランド認知とイメージを高める従来型のマーケティングにとどまらず、グローバルなオーディエンス基盤とブランドを直接結びつける、デジタル時代の巨大マーケティングプラットフォームとしての新たな価値を顕在化させたといえる。
そこから4年を経た今回の2016リオデジャネイロ五輪(オリンピック&パラリンピック競技大会)では、より成熟したテクノロジー活用とマーケティング革新が見られることだろう。単なるデジタル/ソーシャルを活用した短期的な話題づくりや販促キャンペーンを超え、ブランドにとってもターゲットオーディエンスと決定的な瞬間につながる、より意味のあるエンゲージメント構築の活動が展開するはずだ。
本稿では、こうしたリオ五輪でのブランドのマーケティングアプローチの進化や課題について、いくつか注目すべき視点を取り上げていきたい。
新たな「ライブ」体験が生む、視聴者との感情的なつながり
人々がタイムラインで絶えず「今」をアップデート・共有する時間を生きるようになった今日、ブランドがこうした「今」の瞬間を捉まえていかに生活者とつながり、活力とエンゲージメントの強化を図っていくかが課題となっている。現代のブランドは、好ましいイメージで人々の過去の記憶に残るだけでは駄目なのだ。
オリンピックは、トップアスリート達の予測できないドラマによって最高の「今」の瞬間を提供する。リオ五輪では、Snapchat(スナップチャット)やFacebookのライブ動画、TwitterのPeriscope(ペリスコープ)などのライブ動画プラットフォームの進化が、オーディエンスに新たな「ライブ」体験を提供し、オリンピックの決定的な瞬間を通じたエモーショナルな結びつきの機会を生み出すかもしれない。たとえば、米国でリオ五輪を独占放映するNBCは、Facebook/InstagramやSnapchatとのパートナーシップ契約により、デジタルプラットフォーム上でリオ五輪ハイライトや舞台裏コンテンツを米国など6カ国で、ライブ動画配信する取り組みを展開している。
サムソンはGalaxyブランドでリオ五輪キャンペーン#DoWhatYouCant(ハッシュタグ)を展開しており、放送局と組んで独自開発したアプリ・プラットフォームで、「ライブ」体験を共有するリオ五輪コンテンツのニュース配信、VR映像や360°動画配信なども行っている。
また、リアルタイムマーケティングでトラックの先頭を走るコカ・コーラは、リオ五輪のグローバルキャンペーン#ThatsGold(ハッシュタグ)で、金メダル獲得などのファンの「ゴールドモーメント」を連日各プラットフォームで速報、祝福するキャンペーンを実施している(日本ではCoke ON[コーク オン]アプリと連携して、金メダル獲得の瞬間のリツイート数だけ商品が当たる仕掛けも)。
このようにオリンピックだけが擁する、トップアスリートの生み出す奇跡やファンの感動の瞬間を捉え、「ライブ」体験の共有を味方につけることに成功できれば、そのブランドはオーディエンスの感情的なつながりとリアクションを効果的に誘発、活性化できるだろう。
アスリートという「人」の影響力がもたらす、ブランドインパクト
オリンピック大会において、ソーシャルメディアでもっとも影響力をもつ主役はアスリートであり、ブランドにとっても、人気選手の発信するリアルなメッセージやファッションスタイル、SNSに投稿された写真1枚が、いまや広告以上のインパクトをもたらしうる時代だ。最近はSNSの情報発信・活用を選手とのスポンサー契約条件に入れるケースも多いが、ブランドもこうした「人」の影響力を味方につけた、創造的なアプローチを加速していくと考えられる。
実際に、米国などではInstagramで選手が支援してもらっている企業の商品のショットを投稿したり、ブランドと関連したメッセージを発するといった活動もよく行なわれている。だが、オリンピックでは、ユニフォームやシューズのロゴからタトゥーまで、公式スポンサー企業以外のロゴやメッセージを表示したり言及することは禁じられている。
こうした、いわゆる「ルール40」(オリンピックを挟んだ30日間、アスリートたちにオリンピック・スポンサー以外の企業の一切の広告行為を禁じるルール)のあまりの厳しさがロンドン五輪で問題となってアメリカ選手から抗議活動がおこった。リオ五輪では規制が緩和されたことによって(ただし各国五輪委員会の判断に委ねられ、日本では今回見送られた)、スポンサー契約を持つアスリートにとっては、さまざまなチャンスが生まれている。
一方で、このことが新たなアンブッシュ(公式スポンサー契約をもたない企業が、五輪を活用した各種宣伝活動を行うこと)問題の議論を巻き起こしている。
たとえば今回、アンダーアーマーが(IOCなどの許可のもと)五輪アスリートのマイケル・フェルプスや米国女子体操チームを起用した「Rule Yourself」のキャンペーン展開で一躍話題をさらったが(選手は米国代表ユニフォームまで着ている)、これらは同業の公式スポンサーにとって、競合ブランドによるあからさまな権利の侵食になりかねない領域だからだ。
皮肉にも、2012ロンドン五輪の際にアンブッシュ・マーケティング(「Find Your Greatness」キャンペーン)を展開して、アディダスをマーケティング効果で打倒したと言われたナイキが、今回は米国公式スポンサーの立場で、成長著しいアンダーアーマーの挑戦を受けた点も注目を集める要因となっている。一方ナイキは俳優のボビー・カナヴェイルやセリーナ・ウィリアムズ、ネイマールJr.などを起用した「Unlimited」キャンペーンを展開している最中だ。話題を集める、スポーツブランドの五輪マーケティング競争の今回の勝利者は誰か、目が離せない。
人間性・普遍的価値観の共有が築く、エンゲージメント
そもそもオリンピックとは単なるスポーツイベントではなく、スポーツを媒介に人間の普遍的な価値観を体現するシンボリックな「ブランド」である。実際にオリンピック憲章では、オリンピックの理念としてのオリンピズムを以下のように定義している。
オリンピズムは肉体と意志と精神のすべての資質を高め、 バランスよく結合させる生き方の哲学である。オリンピズムはスポーツを文化、教育と融合させ、生き方の創造を探求するものである。その生き方は努力する喜び、良い模範であることの教育的価値、社会的な責任、さらに普遍的で根本的な倫理規範の尊重を基盤とする。
巨大スポーツビジネス化した現代のオリンピックには、さまざまな商業主義への批判もつきまとう。だが、ブランドが五輪パートナーになることの本質的な意義は、スポーツイベントを広告メディアとして利用するだけにとどまらず、人間の普遍的な価値をブランドが共有し、さまざまなパートナー活動を通じてグローバルにコミュニティを広げていく点にあるはずだ。先進的なグローバルブランドの取り組みは、こうした次のステージに進みつつある。
たとえばP&Gは、アスリートの「母親」に焦点を当て、子供の自己実現を願う母の想いや親子の交流を「母親のスポンサー」としてブランドストーリー化した「Thank You, Mom」キャンペーンが、ロンドン五輪で大きな反響と成果をもたらした。今回、リオ五輪でも強靭なアスリートを育てる母親の「強さ(Strong)」をテーマに、同じグローバルキャンペーンを継続展開している。
これらは単なる広告キャンペーンではなく、実際にアスリートの母親の無償サポートや青少年スポーツプログラムへの支援など、コミュニティ支援の取り組みとして設計されている。
そして、五輪の人間性や価値観の共有という観点からは、近年パラリンピック大会への注目も高まっており、さまざまなスポンサーやメディアの取り組みも拡大している。リオ五輪では特にイギリスの公共テレビ局のChannel4のパラリンピックキャンペーン「We’re the Superhumans」の動画コンテンツが大きな話題を呼んでおり(イギリスの百貨店チェーン、ジョン・ルイスのCMでも有名なドゥーガル・ウィルソンが監督)、現時点で約3000万回と、もっとも再生されているリオ五輪コンテンツになっているほどだ。
オリンピックの「ブランド」価値は、商標や広告媒体だけではなく、実はこうしたヒューマニティのあるべき姿を目指し、共通の価値観で世界中のオーディエンスをつなぐコミュニティ基盤にこそあるのではないか。デジタルがその結びつきや体験を共有し、グローバルに可視化するなかで、ブランドがより深いエンゲージメントを生み出すチャンスが広がっている。
そして、スポーツの「リアルな、リアルタイムな、フィジカルな」体験で、人間ドラマの感動を生み出す最高の舞台であるオリンピックは、デジタルの時代により輝きを放っている。
まだまだ、リオ五輪を舞台にしたブランドのチャレンジは、これからが本番だ。次回の寄稿では、終了後にゲームの勝利者が誰だったのか、果たしてどんな革新が生み出されたのかをレポートしてみたい。
Written by 小西圭介
Image from Thinkstock / Getty Images