広告主による取引先エージェンシーの大規模な見直し、「メディアパルーザ」が再び始まった。過去2回のメディアパルーザはエージェンシーの金遣いに関する疑念から生じたものだが、今回は世界が大きく変化している状況下で、広告主が自分たちの新しい市場開拓戦略に最適なエージェンシーかどうかを再定義しようとする動きだ。
5年前に起こった「メディアパルーザ(mediapalooza)」を覚えているだろうか。メディアパルーザとは広告主による取引先エージェンシーの大規模な見直しのことで、当時は世界規模の大手広告主が、数百億ドルのメディア予算を使ってエージェンシー同士を競わせていた。そして今、同じ状況が再び起こっている。
調査会社のコンバージェンス(COMvergence)によれば、今年はすでに、950社の広告主が合わせて100億ドル(約1兆627億円)規模の広告コンペを実施したという。また、75社の広告主が50億ドル(約5313億円)分の広告コンペをおこなっている最中だ。さらに、今後数カ月間で最大130億ドル(約1兆3814万円)分の広告コンペが開かれる可能性があるとコンバージェンスは報告している。
繰り返すメディアパルーザ
実際、バーバリー(Burberry)のように、コロナ禍のために延期していた世界規模でのコンペを再開することに決めた広告主もあれば、今もコンペを延期しているユニリーバ(Unilever)のような企業もある。これらのコンペがすべて年内におこなわれれば、そのメディア支出は40億ドル(約4251億円)以上になるとコンバージェンスは予測している。
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「エージェンシーや業界アナリストらとの直近の話によれば、広告主各社が今年計画していたコンペを進めるようになり、ピッチをバーチャルで実行する新しい方法に適応しながら、世界規模そして地域限定での実施が再び増えているようだ」と、コンバージェンスでCEOを務めるオリビエ・ゴーティエ氏はいう。
このような状況は、ここ5年間で何度か起こっている。最初のメディアパルーザが2015年におこなわれたあと、わずか3年後に再びメディアパルーザが見られるようになった。そして、今年だ。
ビジネスの優先順位が変化するなかでコスト削減に取り組んでいる広告主は、パンデミックが一段落したあとに費やすマーケティング予算、すなわちエージェンシーに支払う金額について、じっくりと検討するようになっている。
エージェンシーの役割を再定義
「メディアパルーザはすでに進行中だが、まだ公にはなっていない」と、メディアコンサルティング企業のWLXJSでCEOを務めるジョン・ドナヒュー氏は話す。「世界規模でコンペを開始するためのプロセスは、その多くがロックダウンの始まった3月14日に開始されていた」と同氏はいう。
舞台裏では、広告主たちが最終的なコンペに向けた準備に追われている状態だ。「コンペのプロセスはよく知られているが、そこに至るまでのプロセスはほかにもある。エージェンシーとの関係が適切かどうかを判断する前に、監査を行ったり疑問を投げかけたりすることが必要なのだ」と、ドナヒュー氏は語る。
ただし、過去のメディアパルーザがエージェンシーの資金の利用方法に関する懸念に端を発したものであるのに対し、今回はエージェンシーの役割を再定義することにより重点が置かれている。2020年のように世界が大きく変化している時期には、市場開拓戦略も大きく変化する。広告主はこれまでリーチを重視してきたが、今ではD2C企業のように行動することを余儀なくされるようになった。したがって、エージェンシーがそのような仕事に取り組めるのかを広告主が吟味しようとするのも当然だ。
「現在見られる多くのピッチから、広告主は現在のエージェンシーに不満を持っているのではなく、現在のエージェンシーと異なるものを求めているのだということが見て取れる」と、デジタルメディアコンサルティング企業のデジタルデシジョン(Digital Decisions)でマネージングパートナーを務めるルーベン・シュルアー氏は指摘する。
広告主が直面する課題
金融不安や社会不安が拡大するなか、広告主がマーケティングに取り組んでいる市場は以前にも増して急速に変化しており、このことが広告主にふたつの課題を突きつけている。ひとつ目の課題は、メディアトレンドの変化についてより詳しいインサイトを入手し、その変化を利用できるようにすること。ふたつ目の課題は、こうしたトレンドに合わせてメディアプランを変更できる柔軟性を獲得することだ。
どちらの課題も、戦略、運用モデル、テクノロジーの効率的な利用、データ利用のコンプライアンス、社内計画、ブランドスータビリティ(適合性)など、広告主が毎年のように抱えている問題に新たなプレッシャーをもたらすものだ。そこで、エージェンシーの持ち株グループはピッチの場で、データ管理プラットフォームやeコマースストラテジストなど、傘下のエージェンシーが抱えるさまざまな専門サービスや専門家を活用できる統合的なモデルを売り込んでいる。
「今のピッチで見られるブリーフは、以前と比べて大きく変わった」というのは、インフェクシャスメディア(Infectious Media)のCEO、マーティン・ケリー氏だ。「マーケターは適切なマーケティングミックスを展開できるかどうか、またそのあとも適切な運用モデルと適切なパートナーを活用できるかどうかを重視している。そのため、ブリーフがより戦略的な内容に変わっている」。
とはいえ、エージェンシーにとっては、より安価なメディアを紹介することも今後の交渉で重要になるだろう。予算が厳しい状況にある広告主を相手にする場合は特にそうだ。「事業が大きな打撃を受ければ、当然ながら予算が削減されるため、それに伴って規模を変更し、予算を節約する必要が出てくる」と、ある製薬会社でマーケティング調達ディレクターを務める人物は匿名を条件に語った。
「コスト削減」の波が襲う
グローバルな広告主の多くは、売上の増加ではなく事業の効率化によって業績の回復を図るだろう。最近コンペをおこなったクラフト・ハインツ(Kraft Heinz)は、メディアのマージンを維持するために必要なコスト効率を断固として追求した広告主の極端な例だ。同社はピッチの場で、エージェンシーに対して120日間の支払期限に同意するよう求めたという。支払期限を4カ月に延ばすことで、ほかの分野により多くの資金を回せるようになるからだ。
「クラフト・ハインツのような広告主は、オークションベースのチャネルにより多くの資金を振り分けるために、厳しい節約条件をメディアに要求できる最後のチャンスとしてピッチを利用している」と、クラフト・ハインツの計画に詳しいあるコンサルタントは述べている。
エージェンシーにとって、このようなピッチは、自社に必要なキャッシュを得られるチャンスであると同時に、追加のコストをもたらすものだ。コスト削減のためにすでにスタッフを減らしたエージェンシーは、新しい仕事を獲得できるチャンスと、その仕事が今のクライアントとの仕事に及ぼす影響を見極める必要がある。短期的な利益の獲得と長期的なビジネスモデルの安定のバランスを取るのに苦労しているCEOにとって、これは難しい状況だ。
「エージェンシーが人員削減を続けると、クライアントが不安を抱く恐れがある。その影響がすべてわかるようになるのは、(英国)政府による一時帰休による雇用維持政策が終わりに近づくころだろう」と、英国のある独立系エージェンシーのCEOは匿名を条件に述べている。「エージェンシーがコスト削減の問題に直面するなか、メディア広告費を獲得し続けようと、多くのエージェンシーが不毛な競争を繰り広げるようになることが心配だ」と、このCEOは語った。
SEB JOSEPH(翻訳:佐藤 卓/ガリレオ、編集:分島 翔平)