「いまだ計画段階」:広告代理店の多様性は、まだまだ行動が伴わない

広告代理店業界ではここ4カ月、人種差別撤廃の取り組みや構造改革にかかわる議論が行われ、流れが変わりつつある。しかし、具体的な行動となると、まだ十分とはいえない。

今年5月に黒人男性のジョージ・フロイド氏が警官に殺害された事件をきっかけに、各業界の人種差別的待遇への非難の声があがっているが、エージェンシーに対する批判はほとんど聞かれない。広告が、人々の共感を得ることにかけては、ほかの追随を許さないビジネスだからだろう。しかし、一部の非白人経営幹部にとって、エージェンシーが最近公表した「目に見える行動を起こす」改革は満足できるレベルとはいえないようだ。

もし改革が成果をあげているなら、その進捗ぶりについて実名で語る非白人社員が多く出てきてもいいはずだ。本記事の執筆にあたり米DIGIDAYでは広告エージェンシーの非白人経営幹部4名に取材し、勤務先における多様性とインクルージョン(包摂性)に関する取り組みをどう思うか、意見を聞いた。

自省の時間は長く続かない

まず初めに断っておくと、エージェンシー内で何も変化が起きていないというわけではない。経営陣があらためて多様性の大切さを訴えなくても、社内にはすでに多様性推進派に転向した従業員がいる。エージェンシーが多様性に関する方針を公に示したのは今回が初めてではなく、MeToo運動の気運が高まった2年前にも同様の動きが見られた。しかし、人々が自らを省みる時間は長く続かず、多様性推進の勢いは失われた。今回も同じことになりかねないという懸念がある。

「わが社のスタッフは多様性推進の取り組みに期待を寄せつつも、果たして経営陣が改革に踏み切れるかどうか、不安を感じている」と、大手メディアエージェンシーで働く非白人のシニア・プランナーはいう。

同様の疑念を抱くエージェンシーの非白人経営幹部はほかにもいる。その多くが語るところによると、人種をめぐる議論の場の必要性が論じられ、多様性の課題解決に向けた道筋を話し合う動きはあるものの、あくまで検討段階で、実行に移されたケースはほとんどないという。経営幹部のなかには「当社が自らの人種的偏見を打ち崩そうとしているのか、単に会社の数値目標を達成したいのか、どちらに真剣に取り組んでいるのかわからない」と答えた人もいる。

「私の勤務先では同業他社と同じく『多様性の日』を制定し、人種をめぐって感情的な議論が交わされている」と語るのは、全世界で事業を展開するメディアエージェンシーのシニア・ブラック・ストラテジストで、今回、匿名を条件に取材に応じた。「この種の議論が起こるのは喜ばしい。意識の向上につながるからだ。ただし実際には、人々の無知をあらためて認識させられる結果となっているが」。

「問題は自覚のない差別的言動」

エージェンシーがよかれと思って推し進めた取り組みでも、予期せぬ困難に遭遇し、施策が見当違いなものに終わってしまう場合もある。ひとつ典型的な例をあげてみよう。会社側はより包摂的で人種差別のない職場の概要を説明したプレゼンテーションを用意し、オンライン会議を招集する。出席した非白人の経営幹部が職場へ戻ってチームで働きはじめると、けっきょく自分は皆とは違う存在なのだと思い知らされるはめに陥るのである。

「チャットアプリのワッツアップ(What’s App)担当チームのなかで有色人種は私だけだ」と前出のシニア・ブラック・ストラテジストはいう。「ロンドンでこのクライアントを担当するチームのメンバー中、有色人種は12名。そのうち3分の1弱が私のチームに所属している」。

「問題は、いわゆるマイクロアグレッション(microaggressions:自覚のない差別的言動)だ。これは、日常生活において故意ではないにせよ人を傷つける言動で、言語・非言語による見下しや侮辱を指す。エージェンシーが最近公表した多様性実現への決意を今までより有意義なものにしたいなら、このマイクロアグレッションを理解してのぞまなければならない」。

「黒人のことをニガーと呼ぶような愚かなことは誰もしない。だが、それでもマイクロアグレッションは目立たない形で起きている」と、国際メディアエージェンシーで働くアジア系ストラテジストは語る。「私の同僚は、誰かが職場の皆に聞こえる声で差別的発言をしても、その問題について話そうとしない。彼らはいわば、傍観するだけの共犯者だ」。

皮肉なことに、それらの大手エージェンシーは社内の平等が求められる一方で、経営課題を迅速に解決できる力があると自負している。

激動の時代における企業の責任

今のところエージェンシーは、多様性とインクルージョンを進める自社の活動を逐一公表すると事が複雑になると判断しているらしい。

人種差別のように組織内部に深く根づいている問題の場合、その実態を明らかにして解決へ導くには時間がかかる。経営陣や人事部など、さまざまな関係者がかかわってくるからだ。加えて、新たにデータ収集や人の採用、ソフトウェア導入などを検討しなければならない。また、社員に対する説明も必要になる。給与格差に関するデータが簡単に入手できないのはなぜか、多様性を推進する施策が経営陣の談話、隔離された部屋での会話や全社員総会での講話以上に進展しないのはなぜか、しかるべき背景説明が求められる。

事の是非はさておき、エージェンシーとしては性急に改革を実行に移して社員のあいだでパニックが起こるのは避けたいだろう。そんな事態になれば施策の効果が薄れかねない。そのため多くのエージェンシーが、人事部のみならず全社の優先課題として多様性・包摂性を推進する方法を見いだそうとしている。広告大手のWPP、ピュブリシス(Publicis)、IPG、ハヴァス(Havas)の経営幹部によると、そうした全社的対応をとることにより、たとえ差別問題の緊急度が下がったとしても、注力すべき課題が明確なままであるはずだという。

WPPグループ傘下のエージェンシーメディアコム(Mediacom)では、ある独立系教育機関との協力により、職場におけるマイクロアグレッションの問題にスタッフ自身が向き合うための研修を計画している。

「人は自らおかしたマイクロアグレッションについて、うっかり口が滑ってしまっただけだから人種差別主義とは違う、と思いたがるものだ」と、英国メディアコムの多様性・インクルージョン部門長で、WPPグループ全体でも同様の職責をになうナンシー・レングソーン氏はいう。「マイクロアグレッションの根底には抑圧がある」。

従業員リソースグループの活用

差別の動機づけとなりうるものとして、年齢、人種、性別、社会、階級、障害、神経学的差異といった特性がある。同エージェンシーでは現在、職場における差別的言動を減らすため、従業員リソースグループ(employee resource group:組織のなかで共通の特性や関心事を持つ従業員主導により運営されるグループで、多様性向上に役立つとされる)を活用しているほか、マイクロアグレッション対策にもあらためて注力しようとしており、その意図はWPPグループが初めて実施した「帰属意識調査」にも表れている。これは2020年初に行われ、同グループに勤務するスタッフを対象に、自身のキャリアに対する考え、帰属意識、不適切な言動にまつわる経験の有無などを問う調査となっている。

また、より多くの黒人が上級管理職となるための支援の一環として、黒人スタッフ向けのスポンサーシップ・プログラム導入の検討も始まった。

IPGグループのメディア事業会社である英メディアブランズ(Mediabrands)でも同様の状況だ。

メディアブランズは今年8月、900名からなる同社のスタッフ全員を対象に意識調査を行った。秋には調査結果にもとづいたアクションプランが作成される見込みだという。また同社は「メディアブランズ・ヘリテージ・ネットワーク」(Mediabrands Heritage Network)を立ち上げる計画を明らかにした。これは黒人、アジア人、少数民族出身のすぐれた人材の触発、教育、評価をねらいとし、イベントやソート・リーダーシップ、社内プログラムを通じてより包摂的な企業文化の醸成をめざす取り組みである。

メディアブランズの取り組みの多くは、ジェンダーの多様性を推進するクリエイティブ・イコールズ(Creative Equals)との連携など、BLM(ブラック・ライブズ・マター)運動以前からグループ内で行われてきた施策を土台としたものだ。ただし計画の範囲は人事領域だけにとどまらない。経営幹部は、多様性向上の施策が職場だけでなく事業自体にもよい効果をもたらすよう、エージェンシーグループ各社のタレント&インサイト部門の幹部とも協力して活動を続けている。

「業界各社は一貫して計画モードだ」

米国に本社をおくエージェンシーではハヴァスが次の分野における決意を表明している。①データの透明性、②業界参入機会の提供、③システムの破壊と進化、④教育およびオーナーシップ、⑤キャリアアップの加速化、⑥多様性に富む意見の拡散、⑦報酬に関する説明責任の7分野である。「セブン・ポイント・プラン」と称する同社の計画は、経営幹部9名で構成される委員会の監督下で推し進められる。委員の所属はさまざまで、ハヴァス・ニューヨーク代表取締役のエレナ・グラスマン氏、ハヴァス・カナダでプランニング&イノベーション部門のバイスプレジデントをつとめるリナ・キム氏が含まれる。

「これは経営陣全員が支援する取り組みであり、計画を公表したことで我々も説明責任を負う。つまりメディアや業界だけでなく、もっとも重要な関係者である社員に対する説明責任を負うことになる」と、ハヴァスのグローバル・チーフ・タレント・オフィサーであるパティ・クラーク氏は述べている。「我々の決意のほどを社員に知ってもらいたい。当社がめざすこの変革は必要なものであり、重要な仕事だ。だから秘密裡に進めるべきではない」。

多様性・インクルージョンの擁護者によれば、エージェンシーが打ち出した計画の多くが有色人種の採用や昇進のみを進めるものでなく、複数の施策を含むアクションプランとなっているという。

「今夏、業界各社は一貫して計画モードだ」と語るのは多様性・インクルージョンの擁護者で、広告業界で働く有色人種男性向けのネットワーク、ワンハンドレッド・ローゼス・フロム・コンクリート(100 Roses from Concrete)の創設者でもあるケニ・サッカー氏だ。「エージェンシーは2021年に向けて、すっかり計画モードになっている。仕事といえば計画の策定ばかりで、最終決断にいたるケースは少ない」。

困難を伴う改革の旗振り役

過去の多様性向上運動から教訓を得たエージェンシーだが、まだ学ぶべきことは多い。活動支援となるとエージェンシーは、ソーダしか買えない低予算でシャンパンを手に入れる夢を追い求める傾向にある。改革の旗振り役には労力に見合う報酬が支払われていない場合が多く、そんな彼らにますます負担がかかることになる。

世界各地で事業を展開する某メディアエージェンシーの管理職が匿名を条件にこう語った。「以前の私は、仕事中の空いた時間を使って多様性・包摂性プログラムを運営していた。しかし今は、それが公式に自分の責任範囲の一部となった。ただし、それ以外の優先課題も時間をやりくりして対処しなければならないし、今まで同様クライアント対応も続ける必要がある」。

多様性運動の擁護者たちによれば、多様性・インクルージョン人材枠の職についた社員は、組織内で実質的な変化を起こすのに必要な権限を与えられていないという。「多様性人材枠は間違いなく増えている」と、前出のサッカー氏はいう。「しかしエージェンシーでは、多様性とインクルージョンに関心を示した社員を組織内で横滑りさせて就任させる傾向がよく見受けられる。しかるべき人材を配置しておけば、多様性やインクルージョンについてはすべておまかせで、それ以上わずらわされずにすむと経営陣は考えているのだろう」。

「これからの道のりは長い」

エージェンシー各社は、差別がなく多様性に富んだ組織の実現に向けた計画や、多様性・インクルージョン人材の上級管理職採用枠を発表している。しかし、一部の経営幹部からは「単なる待機戦術であり、これからの道のりは長いだろう」との懸念の声もあがっている。

「議論されてはいるし、計画も立てられているようだが、いまだ何も実施されていない」と、米サウスカロライナ州の広告制作会社ブラウン・アンド・ブラウナー(Brown and Browner)の創設者、デレク・ウォーカー氏は指摘する。「おそらく何も実行に移されないだろう。エージェンシーや持ち株会社では、改革案や委員会設置案は計画倒れに終わってしまうのではないか。差別に対する抗議のほとぼりが冷めるのを待っているといった感じで、真剣に取り組んでいないからだ」。

[原文:‘It’s all been plan, plan, plan mode’ Agencies have big ideas for greater diversity, but more action is needed

SEB JOSEPH AND KRISTINA MONLLOS(翻訳:SI Japan、編集:長田真)
Illustration by IVY LIU