2019年に、障がい者がより活躍できる社会を実現するための経営者ネットワーク「ザ・バリュアブル500(The Valuable 500)」が立ち上げられたのは記憶に新しい。この新しい流れのなかで、企業でも実際に障がい者のための柔軟な働き方が広まりつつある。
2019年に、障がい者がより活躍できる社会を実現するための経営者ネットワーク「ザ・バリュアブル500(The Valuable 500)」が立ち上げられたのは記憶に新しい。マリアン・ウェイト氏は「障がい者差別は性差別や人種差別、同性愛差別などと同じく許されてはならない」という声を、エコーチェンバーにとどまらないものとする活動を続けている。この新しい流れのなかで、企業でも実際に障がい者のための柔軟な働き方が広まりつつある。
マリアン・ウェイト氏は、インクルーシブに関するコンサル企業のシンクデザイナブル(ThinkDesignable) の創業者で、インクルーシブデザイン担当ディレクターを務めている。「組織として、障がい者の視点を入れないというのはビジネスを進めるうえで、リスクとも言える」と語るウェイト氏。「社会の一員、また顧客であったり、会社の従業員として、障がい者だからこそ分かることがある。それゆえ斬新かつ創造的で、革新的なアイデアを生み出せる存在でもある」。
これまで障がい者が訴えてきた柔軟な働き方やジョブシェアリングを、多くの企業が受け入れてこなかった。「実現困難。コストがかかりすぎる。いつでもそんな理由で先延ばしにしてきた」とウェイト氏は言う。ウェイト氏自身、自己免疫疾患や腰つい障がいといった、外見では分からない問題をいくつも抱えている。「だがこれが人種やジェンダー、性的指向だったらどうか? なぜ障がいに対しては、このような言い訳がまかり通るのか」。
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だが一方で、ウェイト氏はここにきて企業の姿勢がようやく変わりつつあると一定の評価を下している。コロナ禍により柔軟な働き方が広まり、平等や多様性、インクルージョンに関する議論が高まったことも追い風となった。
「ザ・バリュアブル500」には現在、電通やマレンロー(MullenLowe)、OMD、オムニコム(Omnicom)、WPPといったエージェンシーや、P&G、ユニリーバ(Unilever)、Googleといった大手ブランドが参加している。「こうして障壁が取り除かれていき、状況が好転していくのは歓迎すべきことだ」、とウェイト氏は語る。
「社会の障がいに対する認識を変える」
たとえば障がい者専門の人材紹介企業のイーブンブレイク(Evenbreak)のデータによると、2020年には利用者数が43%増となり、そのうちの17%が在宅勤務を希望している。これには、身体的および精神的に(感覚障がいおよび認知障がいといった)長期にわたる健康上の問題や障がいを持つ人も含まれる。そのような制約があるなかでも、実際にイーブンブレイクを利用する企業は、エアウェイブ・モトローラ(Airwave Motorola)やプロフェッショナルサービス会社のキャピタ(Capita)をはじめ、合計で291社増えた。
この事実を受けてウェイト氏は2月にインターブランド(Interbrand)に戻り、障がい者のステークホルダーとともにブランドの顧客体験責任者となった。同氏は、「社会の障がいに対する認識を変える」ことを目標に掲げている。
インターブランドはこの1年、積極的な活動を行ってきた。たとえば障がい者を戦略的に重要な役職へと昇進させるなど、幅広い取り組みを行っている。また、雇用への流れを生み出すためのインターンシップ制度も開発中だ。
改善すべきなのはアクセシビリティ
WPP傘下のオグルヴィ(Ogilvy)は、ザ・バリュアブル500に参加する1社である。企業活動の一環として、たとえば新入社員の採用プログラム「ザ・パイプ(The Pipe)」や障がいのある社員同士をつなげるプラットフォーム「インクルーシブリー(Inclusively)」などを導入。障がい者のための環境整備を進めている。
オグルヴィは現在、さらに高い目標を達成するため、外部パートナーを探している。「障がい者のためのパートナーシップをさらに模索していきたい。障がい者の方々がエージェンシーで働くことに高いハードルを感じているのであれば、それを取り除いていきたい」と語るのがCPO(最高人材活用責任者)のヘレン・マシューズ氏だ。「そのうえで、今後の人材バランスへの影響を調査していきたい」。
ウェイト氏は、企業における障がい者の昇進についても状況を改善していくべきだと主張する。
「確かに雇用面では門戸が開かれつつある。だが役員まで昇進することが不可能なままでは問題だ」と意気込みを語る。「多様性のなかでも、とりわけ改善が必要なのがアクセシビリティだ。障がいを持つ人たちに向けたトレーニングも求められる」。
「幅広い人材の議論参加が必須」
障がい者向けのマーケティングエージェンシーのパープルゴート(Purple Goat)でデジタル戦略責任者を務めるドム・ヒャムズ氏は、まさにこの点に行き詰まりを感じているという。ヒャムズ氏は、ザ・バリュアブル500の提唱者であり、自身も身長や骨密度、運動能力に影響する骨形成不全症を患っている。
「障がい者の昇進にはさまざまな障壁がある。経営陣にまで昇進できる障がい者はほぼ皆無と言っていい。モデルケース不在のなかでは、自信を持つのはなかなか難しい」。2020年末にデジタルコミュニケーションディレクターの職を解任されたヒャムズ氏は、コンサル企業のタイニーマンデジタル(Tiny Man Digital)を設立し、その後パープルゴートに入社した。
「性差別や人種差別のような差別が、システムとして出来上がってしまっている。いくら完璧に仕事をこなしても認められることはない」。また、いくらインクルーシブの必要性を叫んだところで、積極的な行動がない限り、企業文化が根底から変わることはない。
「多様な人材の声に徹底的に耳を傾ける必要がある。そしてそのコミュニティのネットワークや意見を意思決定に組み込むべきだ。柔軟性に富んだ営みの実現のために、今後、企業において幅広い人材の議論参加が必須となるだろう」。
MARYLOU COSTA(翻訳:SI Japan、編集:長田真)
ILLUSTRATION BY IVY LIU