2月7日から10日にかけてニューヨークで開催されたIABのALM(アニュアル・リーダーシップ・ミーティング)に、アドテク業界の関係者たちが参集した。いま、世界中でプライバシー規制が強化され、インターネット上を自由に往来するユーザーデータの流れにも、締め付けが及んでいる。規制強化にどう対応すべきか。
長らく中断されていた業界のカンファレンス巡りが再開されるもようだ。2月7日から10日にかけてニューヨークで開催されたIAB(インタラクティブ広告協議会)主催の年次会議、ALM(アニュアル・リーダーシップ・ミーティング)に、アドテク業界の関係者たちが参集した。
会議場で交わされた議論の中身は堅実そのものだが、舞台裏にはある種の切迫感が漂っていた。それもそのはず。世界中でプライバシー規制が強化され、インターネット上を自由に往来するユーザーデータの流れにも、その締め付けはじわじわと及んでいる。しかし、いまや4550億ドル(約52兆円)規模に達する世界的な広告経済の台頭に火をつけたのは、このユーザーデータの自由な流れにほかならない。その後も、広告のターゲティングやユーザーの追跡に多大な影響を与えつづけ、2020年以来、繰り返し議論の的となってきた。
IABはプライバシー保護技術(Privacy Enhancing Technologies:PETs)の開発努力を熱心にアピールする一方で、オムニチャネルの計測問題への対応を怠れば、業界は年間100億ドル(約1兆円)の売上減に直面するとカンファレンスの出席者たちに警告した。
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求められる先見力
この規制強化に応える形で、GoogleはサードパーティCookieの廃止をあらためて明言した。さらに、Chromeブラウザで活用する広告ターゲティング技術についても、「FLoC(コホートの連合学習)」の採用を取りやめ、新たに「Topics(トピックス)」を提案しはじめた。結果的に、業界の切迫感は高まるばかりだ。
このような現状で、アドレサビリティを支援するソリューションを実装することについて、パブリッシャー側のパネリストたちは、データ規制に対して多くの同業者が困惑を感じていると話した。
しかも、カリフォルニア州消費者プライバシー法(CCPA)やEUの一般データ保護規則(GDPR)などの法律では、不透明で分かりにくい文言が多用されている。この問題に長年深く関与してきたスタッフの離職も、問題の複雑化を加速させている。
IABテックラボ(IAB Tech Lab)の最高経営責任者(CEO)、アンソニー・カツール氏も指摘するところだが、パブリッシャーの広告部門は、自社の広告事業の基本要綱にプライバシーファーストの方針を取り入れるだけでなく、社内の関係部署、さらにはセルサイドの技術パートナーにもこのような課題を周知し、啓発する必要があるだろう。
厄介なバランスゲーム
パネリストとして登壇したニュースコープ(News Corp)のデータ、アイデンティティ、アドテクプロダクト、プラットフォーム担当でバイスプレジデントを務めるステファニー・レイザー氏はこう述べている。「いま現在のプライバシー規制に限らず、3年後、4年後、あるいは5年後のプライバシー規制についても展望する必要がある」。
同じセッションで登壇したインサイダー(Insider Inc)のプログラマティックデータおよび戦略担当シニアバイスプレジデントを務めるヤナ・メロン氏は、複数のサイトやアプリをまたぐデータ共有についても議論する必要があると指摘した。たとえば、複数のウェブサイトを運営するパブリッシャーが、これら複数のサイトを横断してデータを共有するケースなどが考えられる。大手のパブリッシャーが取り組むべきもうひとつの厄介な問題だ。
ニュースコープのレイザー氏は、プライバシーをめぐるオーディエンスの期待とパフォーマンスをめぐる広告主の要求を両立させることの難しさに鑑みて、「パブリッシャーは広告エコシステムのなかで、独特の立ち位置にある」と指摘する。
「我々パブリッシャーは、消費者と広告主の両方の利益を考えなければならない。しかし実際は、自社のプラットフォームを重視するか、広告主とそのニーズを重視するかのいずれかだ。我々はこのバランスゲームをうまく演じなければならない」。
セラー定義オーディエンス
サードパーティCookieの廃止に備えるということは、Unified ID 2.0からプライバシーサンドボックス構想まで、各種の代替技術を調べ、検討することでもある。しかも、複数のパブリッシャー関係者が米DIGIDAYに語ったところによると、各社の法務部では、このような代替技術がGDPRのような法律に照らして適法性を主張できるソリューションであるか否かを、常に検証しつづけなければならないという。
一方、カンファレンスの壇上では、パブリッシャーたちから「セラー定義オーディエンス(Seller-defined audiences)」というアプローチに期待する声も聞かれた。これは、昨年初めにIABテックラボが意見公募(パブリックコメント)のために公表したプロジェクトで、今後数週間のうちには正式に公開される予定という。
「セラー定義オーディエンス(売り手が定義するオーディエンス)」は、IABテックラボと広告技術の標準化団体であるプレビッドオーグ(Prebid.org)の共同プロジェクトで、パブリッシャーたちがデータとオーディエンスの透明性に関して合意を結び、この合意を通じてオーディエンスのアドレサビリティ、すなわち収益性を強化するのが狙いだ。
登壇したパブリッシャーたちとは別に、このカンファレンスに出席していたアドテク関係者で、「セラー定義オーディエンス」の開発に詳しいというある人物は、最近、欧州のデータ保護当局がIAB提唱のTCFの有効性に疑問符を付ける裁定を下したことに鑑みれば、この技術の公開はことさらに意義深いと、米DIGIDAYに語った。
勤務先の広報規定を理由に匿名で取材に応じたこの関係者は、「その重要性は飛躍的に増している」と話す。「このアプローチを採用し、ユーザーデータをサプライチェーンに開放することなく、ターゲット可能なオーディエンスへのブランドコミュニケーションを継続するには、パブリッシャーはユーザーと広告主の両者から内部的な同意を取得し、データのモデル化とエンリッチ化をおこなうことが必要となる」。
ニュースコープのレイザー氏はカンファレンスの出席者に向けて、「このプロセスにはパブリッシャーたちの協力体制が欠かせない」と訴えた。オーディエンスの属性を定義する際、パブリッシャー間で意見の相違が生じるなら、この相違を解消する必要がある。「このアプローチに賛同するパブリッシャーが共通の分類法に基づいてオーディエンスを定義する代わりに、アイデンティティ情報を用いたターゲティングはおこなわないというのが基本的な考え方だ」。
レイザー氏はさらに、具体的な例を示してこう説明した。「たとえば、ある広告主が企業の意思決定者というオーディエンスを買いたいとする。そこで30社のパブリッシャーが集まり、このセグメントを定義し、入札ではこのセグメントを使用する。広告主はパブリッシャーのファーストパーティデータを大規模に活用できる」。
インサイダーのメロン氏はさらに、「ID情報はオープンウェブに帰属するものではない」という意見を述べている。「ウェブユーザーの大半は、インターネットのあちこちでログインすることを望まないだろう」と同氏は話す。「セラー定義のオーディエンスも、ほかのあらゆるアプローチも悪くないとは思うが、ID情報はユーザーがログインする場所に帰属するものであり、この点に関しては譲れない思いがある。パブリッシャーのデータは広告主にとってもっとも価値が高いものだ」。
今年のALMでは、オンラインメディア業界の各層が抱える問題の深刻さが露呈した。現行の成長予測をそのまま実現したいのであれば、問題の解決は急務である。たとえば、Unified ID 2.0は多くのパブリッシャーがいまもっとも注目し、かつ頭を悩ませる識別子であるが、その管理運営をめぐる問題も未解決のままだ。その反面、規制当局は業界の自主規制の取り組みを次々と弱体化させている。
さきごろ、EUのすべてのデータ規制当局が、IAB提唱の「透明性と同意に関するフレームワーク(Transparency and Consent Framework:TCF)」は、GDPRの精神に反するとの判断を下した。TCFはアドテクエコシステムの中間層でユーザーの同意をやりとりする手段であるが、その開発はIABの主導で進められた。
今年、ALMの会場では、「PETs」「アトリビューション」「透明性」などの言葉が盛んに飛び交った。短期間に数十億ドル(数千億円)が失われるかもしれないという危機に瀕して、現状を打破するには、なにかしら新たな進展が必要ということだろう。
[原文:‘IDs don’t belong on the open web’: the pragmatic publisher’s case for privacy-first ads]
RONAN SHIELDS(翻訳:英じゅんこ、編集:小玉明依)