日本の主要産業である製造業において、デジタル化の危機感が浮かび上がっている。IoT時代には、データをリアルタイムに処理しアクションをとるプラットフォームが、製造業者を単なる「デバイス提供者」とし、主導権を握る可能性など、さまざまなゲームチェンジ要因が将来に立ちはだかる。
日本の主要産業である製造業において、デジタル化の危機感が浮かび上がっている。IoT時代には、データをリアルタイムに処理しアクションをとるプラットフォームが、製造業者を単なる「デバイス提供者」とし、主導権を握る可能性など、さまざまなゲームチェンジ要因が将来に立ちはだかる。
IBMは2014年はじめ、デジタルインタラクティブ関連部門とモバイル部門を統合してIBM Interactive Experience(IBMiX)を設立。日本IBMも今年1月にIBMiXを発足している。コンサルティング企業、クラウドソフトウェア企業、システムインテグレーター、広告会社などがひしめくデジタルマーケティング業界のサービスを提供している。
「かつてはIBM社内に向けてデザインをつくる部門であり、古くはThinkpadをデザインする、人間工学のチームだった。IBMiXは企業がデジタルにより収益を上げること、デジタルトランスフォーメーションを支援する」とIBMiX Japanリーダーの工藤晶氏は語った。「戦略コンサル、デザイナー、エンジニア、データサイエンティストの4種類を適宜組み合わせてお客様の問題を解決していく」。
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IBMiXのサービスは戦略立案、デザイン、データアナリティクス、エンジニアリングから全社システムの統合まで広がり、顧客のニーズに対応して多様なデータを提供するという。IBMiXは米広告業界誌「アドエイジ(Ad Age)」の「Ad Age Agency Report – 2014 & 2015」で、デジタルエージェンシー部門で世界最大となった。
IBMの「業界進出」はマーケティング業界の多様化を象徴する事例だ。今年2月にはデジタルエージェンシー2社を買収し、マーケティング部門の従業員数が1万人を超えた。「デジタルエージェンシーをどうくくるかの部分はあるので一概には何ともいえない。我々はメディアバイイング(メディアの買い付け)をしてないが、IBMはこういうランクで上位に入る企業だ」。
日本のUX、本田宗一郎の「用の美」
日本の主要産業である製造業はいまデジタルトランスフォーメーションを急いでおり、包括的なデジタル化を支援するサービスに火が付いている。
「本当にいいものとは何か。こう言うと怒られるかもしれないが、日本は裏地にこだわる。表が素晴らしいから裏地が素晴らしい。だが日本の製造業はいま『意図せずして裏地が素晴らしい』となっているかもしれない」と語った。「『この技術は素晴らしいから、この製品は素晴らしい』というのは確かに重要だ。ただ現在は『こういう風に人の役に立つから素晴らしい』がもっとも重要だ。この部分はかつての日本の製造業にあった」。
「本田宗一郎の『用の美』(飾りではなく実用性でデザインとする考え)はまさしくそうだ。事実かどうかは確認できなかったが、ソニーの盛田昭夫氏はアメリカ出張の際にラジカセを肩に背負っている人を見て、外で音楽を聞くニーズを感じ、ウォークマンの開発をはじめた」と語った。
工藤氏はホンダの「ワイガヤ」(ホンダが生んだ言葉で役職や年齢、性別を越えて気軽に『ワイワイガヤガヤ』と話し合う)に参加し、そこで驚いたのがワイガヤの本質は『観察』だということだ。「外に出て、ユーザー観察をして新たな気づきを得る。その気づきをワイワイガヤガヤしながら情報を交換してアイデアを練る」。
観察にはさまざまな方法がある。デプスインタビュー(深層心理を探るインタビュー)、行動観察、エスノグラフィー(対象者の生活を一緒に体験する手法)などだ。「新しいアイデアを築くには観察の網の目の細かさが重要になる。大きな魚は取り尽くされているので、細かい網で小さな魚を捕まえ、それを大きく育てていく」。
「ビッグデータでも、パターンを見出すのではなく、ある特異な動きをしているものを見出す方が新たな発見につながりやすい。これはデザイン思考の世界でも同様で、エクストリームユーザー(正規分布曲線の両端にいるようなユーザー)を『観察』することで新しい発見ができる」。
デザインとアジャイルの結婚
IBMiXのデザインは「1-2-8アプローチ」を採用する。「1-2-8アプローチ」とは最初の1日はデザイン思考のワークショップ、2週間で詳細を決めて、8週間で制作し市場に出す。市場に出したあともアジャイルで調整を繰り返す。「モバイルアプリだとものによると10週間程度でつくってしまうこともある。JALさんのApple Watch向けアプリケーションは12週間で完成させた」。いかにプロトタイプをつくって、いかにそれを評価するか。「評価のなかから得たフィードバックを経て、世に出していく。IBMにとってはデザイン思考とアジャイル開発は切っても切れない車の両輪だ」。
「同じようなモバイルアプリを作るとする。戦略コンサルは綿密な調査をして、このタイプのモバイルアプリはこうあるべきだと論理的に整理してくる。デザイナーは『それはそうかもしれないけど使いやすさはこうだ』とくる。エンジニアはデータモデルから主張するのに対し、デザイナーは『その使い方は人間の使い方ではないよね』と指摘したりする。常にこのテンションにより新しいものが生まれていく」。
「Watson(ワトソン)では多くのプロジェクトが動いている。Watsonはまだまだはじまりの時期で、プロジェクトの進め方が完全に確立しているわけではない。お客さまのなかにデータが多く存在するわけでもない。食べるデータがなければ機械学習はできない」。
ワトソン関連のプロジェクトは拡大しているようだ。日本IBMはホンダとのモータースポーツをめぐる協業では、走行中の1000分の1秒を争う世界で生まれる膨大なデータをリアルタイムにモニタリングし、蓄積・共有・分析するシステムを構築した。IoTにおいては、センサー付近でデータをリアルタイム処理する人工知能が重要な要素になるが、多くの製造業者がいまそれをはじめたばかりで、パートナーシップはもっとも現実的な選択肢かもしれない。
Watsonをデジタル広告買い付けに起用
米広告誌Adageは今年7月、IBMがWatsonを自社のデジタル広告のバイイング(買い付け)に活用し、クリック単価(CPC)を平均より35%カットしたと報じている。「メディアバイイングってうまく行っているのかという議論が社内にある。もっと効率化できるはずだ。買い付けした広告のコンバージョン率などの情報も山のように取れる。でも、人間がそれを見ていちいち触ればいいのだろうか」。
「そこはWatsonが一番得意な領域ではないだろうかとなった。マーケティング部門とリサーチとデータサイエンティストで統計モデルのようなものを組んだ。広告を打ってその結果をWatsonに学習させた」。
Watsonは広告出稿の結果をスコアリングする。「前日までのコンバージョン率の履歴を計算して、サイズ(広告出稿額)と時間帯、媒体に点数をつける。その点数に高い順からビッド(入札)する。その結果を反映して点数が変動する。毎日それを繰り返していくと、高い点数のビッドだけするようになる」。
「デジタルマーケティングと他部署の壁を超えたい」と語る工藤氏
これを実現してかなりコスト削減に成功したという。あるプラットフォームでは、一定以上の金額で入札に参加しないと望ましい結果が出ないこともわかった。そういうさまざまなことを踏まえて、戦略を動的に変えていく。
「現在のデジタル広告の買い付けは、データ解析にも時間がかかるし、運用にも時間がかかる。その労働集約的な部分から解放すれば、もっと皆がやりたいことができる。そのためにWatsonを使いたい」。
マーケティングのデジタルは当たり前
IBMiXが提供するデジタルマーケティングとはどのようなものか。「デジタルマーケティングという言葉は好きではない。いまの新入社員にデジタルマーケティングと言うときょとんとする。デジタルが当たり前なのにどうして『デジタル』『デジタル』言うんだろうと思う。デジタルが当たり前のなかでマーケティングをするということ」。
これを実現するため、組織、ビジネスプロセス、キャンペーンなどで支援していくという。そのためのツールとしてデザイン思考、Watson、アドテクもある。「Universal Behavior Exchange (UBX)によりファーストパーティとサードパーティのデータを統合して、それをベースに戦略を検討する。あるいはWatsonに学習させる」。
「デジタルマーケティングと営業の部署間の大きな壁もある。IBMは歴史的に企業の情報部門に太いパイプをもっている。デジタルマーケティングとITの部署間にも大きな壁がある。こういう部分の橋渡しをしたい」。
デジタルマーケティング業界はいま百花繚乱だ。コンサルティング企業、SaaS(ソフトウェアアズアサービス)ベンダー、広告代理店などがひしめく。「我々は企業がデジタルで収益を増やしていくという、デジタルトランスフォーメーションを支援する。IBMのグローバル・ネットワークで、『日本発世界へ』のサービスを提供できる。Adobeとは提携しており、国内ではそうでもないがグローバルでは、セールスフォールスの最大級システムインテグレーターのブルーウルフ(BlueWolf)を買収している」。
Written by 吉田拓史
Photo by Thinkstock