世界の名立たるエージェンシーと比較すると、日本のデジタルエージェンシーは統合マーケティングが求められる時代に対応できていない。おかげで、力不足だと見る向きすらあるほどだ。その背景には、デジタル黎明期よりネット広告専業代理店が先行して存在感を増してきたことによって、広告代理店、制作プロダクション、あるいはソリューションベンダーなどへ機能がいまだに断片化していることが挙げられる。
つまり、あらゆる打ち手を比較検討し、統合的にミッションを遂行できるデジタルエージェンシーは多くないのが現状なのだ。折しも、1月の組織改編から半年を待たずに、電通が新会社・電通デジタルの発足を発表したことには、その危機感と力の入れようがうかがえる。
そこでDIGIDAY[日本版]では、海外のエージェンシーの動向と文化を知り尽くしている電通アイソバーの得丸英俊氏、そしてオグルヴィ・ワン・ジャパンの代表を務めた馬渕邦美氏への取材を企画。海外エージェンシーにおけるデジタルシフトの展開を参考に、日本のエージェンシーの課題と、それらをどう克服できるかを探った。
相次ぐテクノロジー企業の買収に、異業種からの参入……。いま海外のエージェンシーでは、業界の境目自体が大きく揺らぐほどの変革期を迎えている。今日までクライアントだった企業が明日の競合にもなり得るなか、トップクラスの人材獲得も含めて、各社が抜きん出ようと尽力しているのだ。
どのエージェンシーでも、今後の行き先を描くのにベースとなっているのは、昨今の企業のニーズに応える統合マーケティングの実現だろう。もはやマーケティングはデジタルが包括するものと捉え、その方向へと力強く踏み出している印象だ。
一方で、世界の名立たるエージェンシーと比較すると、日本のデジタルエージェンシーは統合マーケティングが求められる時代に対応できていない。おかげで、力不足だと見る向きすらあるほどだ。その背景には、デジタル黎明期よりネット広告専業代理店が先行して存在感を増してきたことによって、広告代理店、制作プロダクション、あるいはソリューションベンダーなどへ機能がいまだに断片化していることが挙げられる。
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つまり、あらゆる打ち手を比較検討し、統合的にミッションを遂行できるデジタルエージェンシーは多くないのが現状なのだ。折しも、1月の組織改編から半年を待たずに、電通が新会社・電通デジタルの発足を発表したことには、その危機感と力の入れようがうかがえる。
そこでDIGIDAY[日本版]では、海外のエージェンシーの動向と文化を知り尽くしている電通アイソバーの得丸英俊氏、そしてオグルヴィ・ワン・ジャパンの代表を務めた馬渕邦美氏への取材を企画。海外エージェンシーにおけるデジタルシフトの展開を参考に、日本のエージェンシーの課題と、それらをどう克服できるかを探った。
日本のエージェンシーのデジタルシフトは、どのくらい遅れていますか?
得丸英俊氏(以下、得丸):たとえば電通イージスだと、日本の各社の状況に比べて、はるかにデジタル比率が高いです。また、電通グループ全体を見ても、海外で堅調に伸ばしていますが、牽引力となっているのはデジタルです。それと比較すると、日本はまだまだ変化のスピードが緩やかだという印象はありますね。
デジタルへの関心の高まりは異業種にも及んでいて、それこそ日本でもこの4月に話題になったアクセンチュアによるIMJの子会社化のようなコンサルティング企業の参入も、海外では数年前からありました。
馬渕邦美氏(以下、馬渕):そうですね、しかしそれは、いまにはじまったことではありません。日本でも、欧米の状況を追うように、これからさらにエージェンシーは、異業種と競合する流れになってくると思います。オグルヴィでも、メインクライアントの1社であるIBMが擁するIBMインタラクティブがデジタルエージェンシーの動きを強め、クライアントだが競合でもあるという状況になってきました。
デジタルドリブンマーケティングを受け皿に、この3年ほどでITコンサルやビジネスコンサルとエージェンシーがかなり近い位置にきています。エージェンシーの敵は、もはやエージェンシーではないということは、グローバル・デジタルエージェンシーでは数年前から普通に話されています。
具体的に、海外のデジタルシフトはどのように進んでいるのでしょう?
得丸:日本に比べて目立つのは、デジタルマーケティング業界のキーマンが、ブランド企業のかなり上流に移っていることです。たとえばIBMですと、レイザーフィッシュ(Razorfish)の元CEO、ボブ・ロード氏がチーフ・デジタル・オフィサー(Chief Digital Officer)ですし、IBMのワトソン部門を率いているのは、IBMが買収した気象情報サービスのウェザーカンパニーのCEO、デービッド・ケニー氏です。
馬渕:彼はその前、ピュブリシスグループでデジタルを率いるポジションにいましたし、米国のデジタルマーケティング業界ではレジェンドのような人。その点では、海外ではこの業界の人たちが、どんどん異業種で高いポジションに就きはじめています。日本では、デジタルエージェンシーからクライアントサイドへ、このくらいの高いポジションで動くケースはまだないように思います。そこは、日本では企業の経営層に、デジタルトランスフォーメションの重要性がまだ一部にしか浸透していないことが問題だと思います。
得丸:エンジニアの確保や育成への投資も、日本とはだいぶ異なりますね。当社アイソバーでは相当数のエンジニアやアナリストを抱えていて、現在も増やしています。もともとがメディアエージェンシーでもブランドエージェンシーでもなく、デジタルからはじまっているからというのもありますが。
日本はネット専業代理店、制作系、ソリューション系など機能が分かれていて、はっきりと統合マーケティングができるデジタルエージェンシーを目指すことが見て取れる企業は、あまりないかもしれない。
馬渕:そうですね。WPPのCEOであるマーティン・ソレル氏も数年前から「マッドマン(Mad Men:広告業界人)からマスマン(Math Men:数学主義者)になれ」と主張していますし、データを扱える能力が重要だというのは疑いようのない流れでしょう。オグルヴィ・ワンNYのトップは統計学出身で米国におけるデータ分析の第一人者です(ディミトリ・マークス氏:書籍『データサイエンティストに学ぶ分析力』の原作者)。すでに米国ではトップエージェンシーの社長のひとりがデータサイエンティスト出身だという、その状況も、エージェンシー全体の動きがいかに時代に素早く対応して行こうとしているかを象徴していると思います。
そうした変化が日本でも起こりはじめるのは、いつごろでしょうか?
得丸:会社によってかなり違うでしょうね。日本のデジタルシフトが緩やかなのは、僕は背景のひとつに少子高齢化があると考えています。
テレビが効かないといわれながらも、人口比率的には高齢層が多く、また裕福でもあるので、テレビを起点にしたブランド認知から購買の獲得はいまだに健在なんです。なので、ターゲット別だと若年層にはスマートフォンやLINEという話になりますが、マクロでみると、やはり既存のトラディショナルメディアの恩恵は大きいという考えが根強いと思います。
馬渕:そうですね。日本のデジタルマーケティング業界が新しい動きを見出すきっかけのひとつとしては、僕は個人的にはこれからの18歳選挙はおもしろい機会だと思います。新しいデジタルネイティブへのマーケティングの発想や施策を試せるいいチャンスになるだろうと。
得丸:企業のマーケティングと違ってリスクもないでしょうし、知見も得られそうですよね。アメリカでも、毎回大統領選挙がやはりさまざまなマーケティング手法の実験場になっていたりしますし。
日本ではまだマスが効くから、デジタルシフトへの危機感が足りないと?
得丸:重要性を口にはしていても、旧来のやり方でそれなりにうまくいく状況なので、あえてチャレンジしなくても済んでしまっている部分はあるでしょう。ただ、企業のニーズは顕在化していないだけで、潜在的にはあるはずです。
実はデジタルシフトの遅れについては、もうひとつ違った視点で問題提起をする必要があると思っています。国内市場の成熟に伴って、いま多くの企業が海外進出や、訪日客を捉えるインバウンドマーケティングに注目していますよね。そのときに、日本と同じ感覚で関係をつくろうとすると、大きく見誤る可能性があります。
たとえば日本以外のアジア諸国では、インターネットの浸透度もそうですが、EC比率も著しく上昇していて、日本よりはるかに高い。それを肌感覚で分からずにただ現地を指揮していては、打ち手が後手になるでしょう。むしろ現地からどんどん新しいデジタルマーケティングの手法が生まれてくることに敏感である必要があります。
馬渕:なにせ、マレーシアやインドネシア、フィリピンなどは国全体の平均年齢が20歳代ですからね。そのボリュームゾーンの人たちが全員、日々の生活でメインのスクリーンをスマートフォンで過ごして、新しいアプリをどんどんダウンロードしている。基本的に若いので、デジタルマーケットが立ち上がる動きがものすごく速い。
そうなると、日本でのマーケットの立ち上がりとまったく違う戦略が考えられますよね。エージェンシーがメディアやECをどんどん立ち上げて、メディアネットワークでデータをつないでDMPで一気通貫にマーケティングをしていく、みたいな策もあるでしょう。
得丸:そもそもトラディショナルメディアが成熟していませんから、日本のように紙がきてテレビ、そしてネットといった流れがない。同時並行でメディアも発達する、そのなかでいちばん速いのがスマートフォンだという。そう考えると分かりやすいですね。
アジアだと、特にデジタルシフトが進んでいる国はどこでしょうか?
得丸:中国では、マーケティングへのデータ活用が急速に進んでいます。クレジットカード会社がデータ活用に本腰を入れ、コンソーシアムも設立されて、勢いがすさまじい。日本はどうしてもプライバシーに対する考え方や規制の関係で、長らく踏み込めていませんが、この分だと中国で先に成果が出そうです。
馬渕:また、そういった国の巨大先進企業と付き合うと、エージェンシーの側にも膨大な知見が貯まっていくので、その点でも大きな差がつくでしょうね。
仮に中国で一般的なクレジットカードの購買データを扱っているとすると、それを使って、たとえば中国からの観光客が日本でどう買い物したかというデータ解析を行えば、その知見は日本や海外でもすぐに活かせます。消費者が物理的に日本市場に来て買い物をし、また日本の情報はすでに現地へどんどん伝わっているわけだから、その状況を十分に理解してマーケティングをしていかなければ。日本市場がもう拡大しないなかでビジネスの成長を考えるなら、それはもう必要不可欠になると思います。
得丸:海外ネットワークに属するエージェンシーだと、その点は非常に有利ですよね。逆に、日本でスタンドアローンでビジネスをするのは、今後はかなりリスキーかもしれない。グローバルでどういう動きがあるかにアンテナを張って、いざというときに経験値を流用できるポジションを確保しておく発想も必要かもしれません。
日本で統合型のデジタルエージェンシーを確立するための課題は?
得丸:冒頭でお話ししたように、変化は緩やかですが、だんだんとデジタルマーケティングに結果がついてきているように思います。たとえば当社でも、最近LINEの仕事が増えましたが、それは従来のマス中心の施策よりも定量的な結果がついてきているから。なのでクライアントも続けたいとなるし、新しい施策にも前向きになります。
ただ、残念ながらそこでも、外資系企業が日本市場に取り組む場合のほうが動きは速いですね。日本市場ならではの状況を日本法人から本国へ注進し、予算を取ってくる。
馬渕:そう、その予算の確保と、そのためのKPI設定が、日本の大きな課題と感じています。今回はブランドアウェアネスを獲得したいのか、あるいはセールスリードがほしいのか、日本ではクライアントサイドからはっきりとしたブリーフがないことも多いですし、エージェンシーもそこを突っ込んで確認できていない。
これは、外資企業、外資エージェンシーでは、例外はありますが基本的には考えられないことです。当たり前のことですが、目的を絞らないと絶対に当たらないという考えが鉄則なので、日本で渡されたクライアントブリーフを海外の同僚に展開しても、「一体なにがしたいんだ?」と言われてしまう。だから、相手がクライアントであっても、クリアになるまでそこは譲らずに話し合います。
得丸:逆に、そういう関係性がなければいけないということですね。
馬渕:ええ。今後、データ活用がさらに発展すると、クライアントとエージェンシーの長期における深いリレーションシップはますます重要になるでしょう。データドリブンでといっても、たとえばエージェンシーを短期で変えて行ったら、いままでのデータやノウハウも同時に引き継がないといけないので、ビジネスがスローダウンする可能性が出てきますから。
最後に、日本のマーケターに対しての期待とメッセージをお願いします。
馬渕:エージェンシーには、クライアントに先んじたデジタルシフトや、前述のKPIの問題をしっかりリードしてもらいたいですね。
クライアントサイドには、ぜひデジタル投資とエージェンシーとの長期の関係構築の部分やってほしいと思います。私がオグルヴィでリードしていた1社の日本IBMでは、一般的な日本企業に比べてデジタルへの投資はズバ抜けて高かった。なので、BtoB企業としては大きなマーケティングのデジタルイノベーションをクライアントと推進することができました。特にコンテンツマーケティングの取り組みでは、サードパーティのBtoBメディアを補完するために、自社で新しくコンテンツマーケティングのサイトを2つ立ち上げたり、クラウドをマーケティングするために、高速なVRデータをリアルタイムでトランザクションする、リアルとオンラインをつなげた3Dゲームをプロデュースしたりもしています。
やはり、新しい領域はチャレンジをしていかないと、新しい世界が開かないので、先を見て動きながら知見を得る発想が非常に大事だと思います。
得丸:いまのゲームの話も、ある種のリアルイベントだと思いますが、仮にデジタル予算であってもアウトプットがなんなのかの垣根はどんどん低くなっていますね。その点は、マス出身の人よりもデジタル出身の人のほうが、ボーダレスに考えやすいかもしれない。
なのにデジタルでもいま、組織のサイロ化という悲しい事態が起きつつあります。もう少し横断的に見て、最終的なゴールはなんなのかを社内でしっかり確認しないと、業務も予算もどんどんシュリンクしてしまい、統合マーケティングとは逆へ進んでしまいます。そこはぜひ、現場の方々には意識してほしいですね。
デジタル領域はおろか、日本ではまだマーケティング出身の人が企業トップになるケースは少ないです。もっとマーケターからトップになるようなスターが出てくる必要があると思いますし、現場の変化との両輪でデジタルマーケティングの存在感も増していくと思います。
▼得丸英俊(左) 電通アイソバー 代表取締役社長/電通営業局勤務中の90年代半ばから、デジタルコンテンツ、インターネットを活用したマーケティング領域へ。 電通グループのベンチャーキャピタルや外資インタラクティブエージェンシーとの合併事業、ISIDデロイト(現・電通イーマーケティングワン)などの役員を歴任し、2009年11月から電通レイザーフィッシュ(現・電通アイソバー)代表取締役社長に就任。
▼馬渕邦美(右) インターネット黎明期にデジタルハリウッドで講師を務め、米国系デジタルエージェンシーのサピエントを経て、デジタルマーケティングの業界で15年に及ぶトップマネージメントを経験。2009年にオムニコム・グループのTribal DDB Tokyoでジェネラル・マネージャー、2012年からは世界最大のエージェンシーであるOgilvyのオグルヴィ・ワン・ジャパン、ネオアットオグルヴィ2社の代表取締役を務める。
Text by 高島知子
Photo by 渡部幸和