FUTURE OF WORK

デジタルノマドビザ で、グローバルな人材獲得競争が加速

この10年、多くの人々がリモートで働きながら国から国へと旅をしてきた。しかし最近まで、そうした働き方を合法的に行う方法は限られていた。時代遅れのビザ制度のもとで、働きながら旅する人々は自分たちの身分を起業家や労働者として申告することを求められ、彼らの雇い主たちには滞在中のスポンサーとなることが義務づけられた。

ただ、このルートはコストがかかるうえに狭き門で、結果的にほとんどの人は、当局に事態が露見して強制送還されるリスクを承知のうえで、「観光客」として申告することを選択していた。

ところが、新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、こうした状況に変化が見られている。「デジタルノマドビザ(digital nomad visas)」という査証を発給して、観光客をリモートワーカーに置き換えようとする国々が現れたのだ。

エストニアの例

バルト海とフィンランド湾に接する国、エストニアに、世界でもっとも先進的なデジタル政府が存在することはあまり知られていない。2014年に開始された同国の「eレジデンシー(e-Residency:電子居住者)」制度を活用すれば、エストニアを一度も訪れることなく、海外から身分情報を登録したり、欧州連合(EU)域内で起業したり、銀行口座を開設したりできる。この制度を立ち上げた政策立案者たちは、次いで2018年、世界初をめざす新しいプロジェクトを発表した。それが「デジタルノマドビザ」だ。

「私たちは現在のビザのあり方には、足りない部分があると考えた。いま、自由な働き方を選ぶノマドワーカーたちは、『観光客』と『労働者』のあいだのグレーゾーンに追いやられている」。こう語るのは、eレジデンシーのマーケティング責任者を務める、アレックス・ウェルマン氏だ。「我々はこの問題を解決するために、働く場所にとらわれない労働者たちが、エストニアを拠点とするための合法的なルートを用意した。エストニアの社会は、海外の優秀な人材に、商業的なエコシステム、労働市場、そして経済全体の発展に貢献してほしいと願っている」。

このビザの発給条件は単純明快だ。まず、エストニア国外の企業と、有効な雇用契約を結んでいること、もしくはエストニア国外で登録した自分の企業を通じて、事業を展開していること、または、主としてエストニア国外の顧客のために働くフリーランサーに該当することのいずれかを満たしていれば良い。次に、ビザ申請の直近6カ月間における月収が、税込みで3504ユーロ(約46万円)以上であることが要求される。

2020年7月、エストニア議会はノマドビザ計画を承認し、翌月にはこの制度を通じたビザ申請の受付が正式に開始された。しかしこの時点で、足の向くまま気の向くままに働く場所を変えたいリモートワーカーにとって、エストニアはもはや唯一の選択肢ではなかった。

バルバドスの例

東カリブ海に位置する島国、バルバドスが発給するビザ「バルバドス・ウェルカム・スタンプ」は、エストニアのノマドビザよりも、ひと月はやくスタートした。このビザを取得すると、どの国のリモートワーカーでも、最長12カ月のあいだ、バルバドスで暮らすことが認められる。所得税、または法人税の納税上の居住地をバルバドスに移す必要もない。ただし、年収が5万ドル(約545万)以上であること、および現地の健康保険に加入することが条件となる。

パンデミックに際して、バルバドスのリモートワークビザを最初に提案した実業家、ピーター・トンプソン氏は、「気候、食、景観など、バルバドスの観光地としての魅力は、リモートワーカーに対するアピールポイントになる」と述べている。「バルバドスは大きな国ではない。デジタル経済は我々にまたとないチャンスをもたらした。国としての成功は、何を知っているかだけではなく、誰を知っているかにかかっている。世界のハブとなることで、バルバドスはこの『誰を知っているか』という側面を徹底的に強化したい」。

21世紀の最初の20年間で、企業はボーダレスな人材獲得競争の下地を造った。GoogleやFacebookのような巨大ハイテク企業は、優秀な人材の獲得にことさら意欲的で、欲しい人材を手に入れるために、海外での採用活動や大学との提携に年間何万ドル(何百万円)もの費用をつぎ込んだ。その結果、テクノロジーとイノベーションの中心地として、シリコンバレーが台頭した。しかし次なる潮流では、特定の場所が脚光を浴びることはなさそうだ。

この種のビザが普及するにともない、どんな企業も、労働者の雇用形態についての考え方を改めざるを得なくなる。規模の大小を問わず、あらゆる企業が、自らのビジネス拠点にとどまらない、グローバルな思考を迫られる。人材を巡る競争は、もはや企業間のみならず、国と国とのあいだでも繰り広げられるだろう。こうした潮流は、まだ働き方の変革を模索中の企業にとっては、難しい問題となるかもしれない。だがその反面、分散型をすでに進めている企業にとっては、ビジネス上のメリットが大きい。

加速する国家間の人材競争

ベッツィ・チャーチ・ブーラ氏は、GitLab(ギットラボ)で働く完全リモートのエバンジェリストだ。GitLabは65カ国以上に従業員を抱える、完全に分散型のソフトウェア企業として知られる。同氏は以前、人事部門に所属していたが、最近、リモートカルチャー部門に異動した。同氏によると、世界中で人材を雇用することは、競争力の強化につながるという。

「従業員は住みたい場所に住むことも、各地を転々とすることもできる。キャリアを築くために大都市に移動する必要はない」と、ブーラ氏は語る。「他社の目が向かない場所で、優秀な人材を発掘できるだけではない。私たちの組織は、異なる背景や文化を持つ多様な人々で構成されている。世界中のオーディエンスにサービスを提供したい企業にとって、発想や考え方の多様性を持つことは、非常に大きな強みとなる」。

2020年代に入り、人材獲得競争は複雑さを増している。企業は国境に縛られることなく、あの手この手で人的資源を求めつづける。そしていま、この競争に国家が加わった。引く手あまたの人材にとって、それはかつてないほど大きな自由と機会の到来を意味している。

[原文:How the rise of ‘digital nomad’ visas will drive the global battle for talent

LAUREN RAZAVI(翻訳:英じゅんこ、編集:村上莞)