ようやくパンデミック後の生活が訪れようとしている。しかし、回復期の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者が、後遺症を抱えて生活しているように、経済の回復も一筋縄ではいかない。そこで、米DIGIDAYの記者たちは世界中を(バーチャル)旅行し、ポストコロナの経済がどこに向かっていくかを考察した。
米国では、ようやくパンデミック後の生活が訪れようとしている。
しかし、回復期の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者が、後遺症を抱えて生活しているように、経済の回復もひと筋縄ではいかない。そこで、米DIGIDAYの記者たちは世界中を(バーチャル)旅行し、ポストコロナの経済が広告、メディア業界のトレンドにどのような影響を与えていくかを考察した。
欧米から北欧、南半球、そして日本を含むアジアまで、8つの国と地域の状況を、以下にまとめている。
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英国:リトルイングランドか、それとも、グレートブリテンか?
英国では、パンデミックの収束が見えてきている。全国規模のワクチン接種は順調に進み、新型コロナウイルスに関する規制が緩和される見通しとなったことで、消費者の安心感も高まっている。
マーケターはそれを見越し、年明けから慎重にだが広告予算の入った財布のひもを緩めているようだ。英国広告代理店協会(Institute of Practitioners in Advertising:IPA)によれば、2021年3月までの3カ月間にマーケティング支出を削減したと報告したマーケターは10人にひとりを上回る程度で、4分の1のマーケターが支出削減を認めた2020年の終盤から大幅に改善されている。
デジタルエージェンシー、ロースト(Roast)のマネージングディレクター、ジョン・バーラム氏は「いまは行動バイアスの分析に基づいて活動することが重要な時期だ。かつてないほど変化している消費者の嗜好(しこう)に合わせるため、何が購買を促すかを、正確に理解しなければならない」と話す。
このように、パンデミックからの回復について楽観的な気分が広がる一方、慎重な見方もある。ブレグジットの影響で、英国はもはやヨーロッパへの架け橋ではない。その結果、かつて西欧が支配していた輸出入のパターンも変化するだろう。つまり、マーケターとその支払いを受ける企業は、南北アメリカ、中東、アフリカ、さらにはアジア太平洋地域(APAC)での機会に乗じることができるよう、考え方と財務モデルを変更しなければならないということだ。
─ 米DIGIDAY セブ・ジョセフ
スペイン、フランス:トンネルの先に見える光
2021年、スペインのスタートは困難に見舞われていた。現状、新型コロナウイルス感染症流行の第4波への恐怖は落ち着いているが、全国規模のワクチン接種はほかの欧州各国に比べると遅れている。それゆえ当然ながら、広告主は警戒心を抱いている。
メディアコム(Mediacom)スペイン法人のナレッジ責任者を務める、アリアン・ラングスフェルド氏は、「年初の3カ月、広告支出が18%減少した。デジタルを除くすべてのメディアが苦戦した」と話す。
しかし、回復の兆しも見られる。
社会学研究センター(CIS)が4月末に発表した、消費者信頼感指数(ICC)は77.8ポイントで、前月の73ポイントから上昇した。ただし、依然として2020年2月(85.7ポイント)を下回っている。なおICCを構成するふたつの指標のうち、現状指数は43.4ポイントから48.1ポイント、予想指数は102.7ポイントから107.4ポイントに上昇した。パンデミック前の水準には回復していないものの、いずれも過去1年間で最高の値となった。
フランスも隣国スペインと同様、ロックダウンが終わりを迎えようとしている。デジタルエージェンシー、ジェリーフィッシュ(JellyFish)フランス法人のマネージングディレクター、サンドリン・ライナート氏は、6月中旬までに規制が緩和されるはずだと述べている。ただし、スペインと異なり、フランス広告業界の回復傾向はU字形だ。ゆっくりと下降し、長く底にとどまったあと、現在再び上昇に転じている。
メディアブランズ(Mediabrands)、UMフランス法人のCEOを務めるトーマス・ジャメット氏は、「予想以上に回復が遅れている」と話す。「我々の予想では、第1四半期と第2四半期の成長に関しては疑問だが、人々がロックダウン中に貯金を増やしていることを考えると、残りの2期は素晴らしい成長が見られると期待している」。
そのため、一部のエージェンシーがすでに未来の職場のあり方を考えているのも、不思議ではない。たとえば、フランスのジェリーフィッシュの従業員は、この年末まで、オフィスか自宅で働くかを選ぶことができる。「ただしそれ以降は、オフィスで60%(3日)、自宅で40%(2日)のハイブリッドモデルに移行する予定だ」とライナート氏は説明している。
─ 米DIGIDAY セブ・ジョセフ
スウェーデン:常に例外
スウェーデンではこれまで、ロックダウンが実施されていない。それでもマーケターたちは、将来についての不安を抱いている。マーケターたちのメディア購入の傾向を見ていこう。eマーケター(eMarketer)によれば、メディア支出は2022年まで横ばいで推移すると見られているが、それ以降は徐々に鈍化していくことが予想されており、2023年の成長率は3.5%、2025年の成長率は3%になる見込みだという。
ただ、エージェンシーのフォースマン&ボーデンフォース(Forsman & Bodenfors)で、スウェーデン法人のアートディレクターを務めていたエマ・エリクソン氏は、「人々は再び旅に出ることを夢見ているし、スウェーデンのような寒い国にとっては重要な夏も近づいている」と話す。エリクソン氏は最近、同社ニューヨーク支社のクリエイティブ共同責任者に昇進している。
─ 米DIGIDAY キメコ・マッコイ
米国:猛烈な回復
いろいろな見方があるだろうが、あらゆる数字が米国の広告業界が順調に回復していることを示唆している。グループエム(GroupM)は、米国の広告市場は2021年、前年比15%の成長を遂げると予想している。また、インターパブリック・グループ(Interpublic Group)の広告購入部門マグナ・グローバル(Magna Global)によれば、米国の2021年における広告市場規模は前年比6.4%の2400億ドル(約26兆1500億円)に達する見通しだ。なお、当然ながらデジタルがこの成長をけん引しており、広告売上全体の3分の2にあたる67%をデジタルが占めると、マグナ・グローバルは述べている。
しかし、そこにはインフレという難題が待ち受けている。実際、米国における消費者物価は4月までの1年間に4.2%上昇。また、3月から4月にかけても2.6%上昇し、2008年9月以来の上げ幅を記録している。
マーケターは、より強力なブランドを構築することで、目前に迫る物価上昇に備える必要がある。ケロッグ(Kellogg’s)のCEO、スティーブン・カヒレーン氏は最近、金融アナリストたちに次のように述べている。「我々は、ブランドへの投資や技術革新でもって、物価上昇分をきちんと稼げるように準備しなければならない。そうすれば、コスト圧力の上昇が現実味を帯びるなか、業績予想を少し引き上げる自信を持てるだろう」。
─ 米DIGIDAY セブ・ジョセフ
中国:「健全」
グループエムのビジネスインテリジェンス担当 グローバルプレジデント、ブライアン・ウィーザー氏は、中国の広告市場は「健全」だと評価している。
グループエムは中国以外の国々の市場について、2021年は成長率が低下すると予想しているが、中国は6.2%の成長が見込んでいる。大手エージェンシーの電通も、中国の広告支出の成長率は2021年、前年の1.6%から5.3%まで上昇すると述べている。これをけん引するのはデジタル、特にソーシャルメディア、eコマース、動画の支出だ。eマーケターの予測では、中国のデジタル広告支出は今後も二桁成長を続け、2021年は17.5%を記録し、1055億8000万ドル(約11兆5040億円)相当の金額をたたき出す見通しだ。
大規模なパンデミックによるロックダウンが2020年後半に解除されたあと、消費活動は中国全土で一気に高まった。モバイル広告企業アドコロニー(AdColony)のAPAC担当シニアバイスプレジデント、トム・シンプソン氏は「中国では『リベンジ消費』と呼ばれている」と話す。消費者が「強気に出た」ことで、広告主もそれに合わせてデジタル広告、モバイル広告などのチャネルに資金を投じた。
そんななか注目すべきトレンドがひとつある。それは、動画コンテンツやライブストリームコンテンツへのニーズが増加している点だ。背景には5Gの普及により、ブランデッドエンターテインメントへのエンゲージメントを通じて、より多くの消費者データを獲得したいというブランドの要望がある。
dentsu Xの中国法人でプレジデントを務めるマイケル・チャン氏は、「以前よりはるかに多くのブランドが、さまざまなコンテンツ制作者と契約し、消費者の言葉をより代弁するコンテンツを制作するようになっている」と話す。「彼らは自分たちのエコシステムのなかで消費者を楽しませ、消費者と交流し、最終的に売上を得る方法を次々とつくり出している」。
─ 米DIGIDAY ケイト・ケイ
日本:逆転回復
日本の広告業界にとっては、2021年夏の五輪はすぐにでも来てほしいものだろう。しかしその一方、7月23日の東京五輪開催ははやすぎるという声も聞かれる。皮肉な展開だ。
中国、イタリア、米国などに比べ、日本はパンデミックの最悪の事態を早期に切り抜けることができた。2020年5月の時点で、新型コロナウイルスに関連する死亡者数は800人を下回っていた。しかし、経済はパンデミックによってむしばまれ、その結果景気後退に突入。2020年3月に夏季五輪の延期が決まったあと、消費者心理は落ち込んだ。
それから1年。日本経済は回復の道を歩んでいるように見える。2020年第1四半期から第2四半期にかけて国内総生産(GDP)が30%近く下落したことで、2020年通年での同指標は前年度比で4.6%縮小した。しかし、第3四半期から第4四半期にかけて前月比で成長を記録し続けている。
経済が上向いてきた一方で、新型コロナウイルスの感染者も増加している。そして、感染者数の増加が経済の回復を脅かし、消費者心理を揺るがしている。マッキンゼー(McKinsey)が2月に11カ国で実施した調査によれば、日本の人々は、自国の経済回復についてもっとも悲観的だった。実際、自国の経済は今後2~3カ月で回復すると回答した人はわずか12%だ。
そして5月24日時点で、新型コロナウイルスに関連する死亡者数は1万2000人を超えている。日本政府は5月7日に東京と3府県に発令されていた緊急事態宣言を、5月末までに延長。23万人にものぼる五輪の中止を求めるオンライン署名も集まっている。なお、国際オリンピック委員会(IOC)は5月12日時点で、夏季五輪は予定通りに開催すると断言している。しかし同日、東京五輪のスポンサーであるトヨタは、人々の不安を考えると、五輪の開催には「葛藤」を感じていると発言している。
─ 米DIGIDAY ティム・ピーターソン
オーストラリア:急速な回復は確実
国境の封鎖、ホテルでの隔離、接触者の追跡、迅速なロックダウン施策が助けとなり、オーストラリアは新型コロナウイルス感染症をほぼ抑制できているようだ。ニューヨーク・タイムズ(New York Times)のデータによれば、同国における死亡者数の合計は、わずか910人。そのため、オーストラリアのメディア市場は2020年第4四半期から回復に転じている。
ピュブリシス・メディア・エクスチェンジ(Publicis Media Exchange)のマネージングディレクター、アントニー・エリス氏はメール取材に対し、「回復は2021年に入っても続いている」と述べている。「我々は慎重ながらも楽観的な見通しを持っており、メディアエージェンシーへの問い合わせも大幅に増加すると予想している」。
スタンダード・メディア・インデックス(Standard Media Index)によれば、オーストラリアではデジタルとテレビの広告支出がもっともはやく回復し、好調を維持しているようだ。オーストラリアとニュージーランドでは2020年12月の時点で、国内の広告支出の41%をテレビが占めていた。
カンター(Kantar)オーストラリア法人のメディア、デジタル、クリエイティブ担当エグゼクティブディレクター、マーク・ヘニング氏は「メトロTV(Metro TV)とデジタルは、我々の2強チャネルだ」と話す。「動画全般もパンデミック中に大きな成功を収めており、今後も同じ状況が続くと思われる」。ピュブリシスのデータによれば、屋外広告支出は23%減少したまま維持されている。
また、2020年4月には75.6ポイントだったウエストパック・メルボルン研究所(Westpac-Melbourne Institute)の消費者信頼感指数は、2021年の4月、57%増の118.8ポイントを記録した。これは感染者数が少ないこと、規制が緩和されたこと、労働市場に関する明るいニュースなどが要因と見られる。
このような楽観的な空気が、新しい消費者の嗜好とともに、広告主のスイートスポットになる可能性がある。マッキンゼーの調査によれば、オーストラリア人の30%がパンデミック中に新しいブランドを試している。また、多くの人がデジタル体験の利用を継続、または拡大するつもりだと回答している。たとえば、グロッサリー(食料・雑貨)の配達サービスの利用は25%増加しており、新規利用者の50%が利用を継続すると述べている。
─ 米DIGIDAY エリカ・ホーレス
ブラジル:まだ森のなか
ブラジル市民登記局によれば、2021年にブラジルで死亡した3人に1人は新型コロナウイルス感染症が死因になっているという。また、ワクチンの必要回数接種を終えた人は全体の10%足らずで、供給面の課題も解消されていない。
この暗い現実が、ブラジル経済全体に悪影響を及ぼし、特にメディアとエンターテインメントの分野では、いまだ厳しい状況が続いている。PwCの分析では、メディア、エンターテインメント市場は2020年に6.5%縮小(2009年は3%の縮小だった)。しかも、回復にはしばらくかかる可能性がある。この分野がパンデミック前の規模に戻るのは、2022年以降になるとPwCは予想している。
ただし、一部のメディアは健闘している。PwCブラジル法人のTMT担当パートナーであるリカルド・ケイロス氏は、ストリーミングとインターネット配信サービスの成長を明るい材料に挙げている。一方、広告は特に悪い結果となった。ゼニスオプティメディア(ZenithOptimedia)によれば、2020年の広告支出は前年比15%減だった。また、今後数年間の成長率も6~8%と控えめなものになる見通しだ。
楽観的になる理由を探している人は、2020年に75%成長したeコマースに注目すべきだ。もともとオンラインで買い物していた消費者だけでなく、新しい消費者や企業の参入も後押しとなっている。2020年、全人口の10%近くがオンラインではじめて買い物を行い、15万以上のブラジル企業がオンラインでの販売を開始した。
ブラジルが窮地を脱することができるかどうかは、国内の消費だけでなく国外からの投資を含め、政府が成長促進に意欲的かどうかに懸かっているかもしれない。
─ 米DIGIDAY マックス・ウィレンズ
米DIGIDAY編集部(翻訳:米井香織/ガリレオ、編集:村上莞)