今日、クライアントが重視するのは、効率化の名のもとのコストカットだ。そのため、「賞を獲得する」ような仕事の優先順位は低下している。業界の裏側を匿名で語ってもらう「告白」シリーズ。今回は、賞にまつわる悩みとエージェンシーにのしかかる大きなプレッシャーについて、あるベテランのクリエイティブディレクターに話を聞いた。
エージェンシーにとって、賞をとることは、新しいビジネスや人材、そして名声を獲得するうえで、昔から有効な手段だった。だが、デジタル広告の隆盛にともない、その法則が少しずつ変化している。
今日、クライアントが重視するのは、効率化の名のもとで行われるコストカットだ。そのため、「賞を獲得する」ような仕事の優先順位は低下している。業界の裏側を匿名で語ってもらう「告白」シリーズ。今回は、賞にまつわる悩みとエージェンシーにのしかかる大きなプレッシャーについて、あるベテランのクリエイティブディレクターに話を聞いた。
下記は抜粋であり、わかりやすくするため若干編集されている。
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――賞を獲得する仕事と、クライアントが求める仕事にはどんな違いが?
広告業界には、正反対のふたつの仕事が存在している。我々がクライアントに説明する仕事と、我々が互いに語り合う仕事だ。前者は中古車のセールスマンの仕事。後者は、ヨーロッパ製のスカーフを身にまとい、「商用のロゴの仕事は最悪だったよ」というようなクリエイティブディレクターがする仕事だ。それくらいの差がある。
――なるほど。では、エージェンシーが非常に多くの時間とお金を賞につぎ込んでいる理由は?
賞を目指す理由はいくつかある。賞を獲得すれば、企業は儲かる。また、賞を獲得したエージェンシーには優れた人材が集まると思われている。だが最後には、いつものことだが、受賞作に関わったスタッフがキャリアアップして、新たな職を手に入れる。
この点に関して、私はクライアントに同情的だ。クライアントがなぜ賞を獲得するような仕事をしたがらないか、私にはわかる。なぜなら、賞を取ってしまうと、その仕事をしたスタッフが退職して、ほかのエージェンシーに移ってしまうからだ。彼らからすれば、いい仕事をしたスタッフを失ってしまうことになる。
――いつもこのような状況だった?
このような緊張感は以前からある。エージェンシーは、自らの利益のために仕事をしている。だが最近は、賞のための仕事とクライアントのための仕事との区別が曖昧になっている。
エージェンシーが自らのために広告をする理由があることをクライアントが理解し、許可するという考え方はがなくなりつつある。かつてのクライアントは、エージェンシーがもっとアーティスティックな広告を作ることを認め、それがエージェンシーのためになることを理解してくれていた。
その後、我々は価格やプロモーションを重視した別の仕事に取りかかるようになった。かつては、もっと多くの仕事があり、多くの制作活動があった。作ることができる作品ももっと多かったのだ。
――しかし、いまでは戦略が優先に?
大きな違いは、ストラテジストが台頭し、プレゼンテーションのデッキが重視されるようになったことだ。ストラテジストが新しい指示を出し、我々はその指示に従って壮大なアイデアを発表する。
するとクライアントが、その壮大なアイデアは今回の戦略に合わないと言い出す。そこで、我々がアイデアを修整する。するとクライアントが、その戦略は今回の新しいアイデアに合わないと言い出す。このように同じところをぐるぐる周るだけで、何かが作られることは決してない。結局、クライアントが求めていることは、何度も会議を開き、スタッフを常に忙しい状態にしておくことなのだ。
――それでは効率が悪いような……。
2016年のスーパーボウルでは、4つか5つの広告が父親をテーマにしたものだった。2017年のスーパーボウルでは、それが1つになったが、もはや時代遅れのように感じられた。
問題の背後には、エージェンシーが感じている「自分たちも同じことをしなければ」というプレッシャーがある。この状況がいい加減な人たちを生み出している。
――エージェンシーならではの特異性が、こうした問題を生んでいるのか?
広告業界は、口のうまい人間の集まるところだ。この業界では、口で稼ぐような人の方が、うまくやっていける。
そのため、業界人のイメージは、「自分はアーティストでもある」と言ったり、「人気の高いインスタグラムアカウントを副業で運営している」と言ったりする人だ。自分を「ソートリーダー」だと言ったり、「靴を履くのは好きじゃないね。ビーンバッグチェアは好きだけど」と言ったりする人もそうだろう。実に奇妙な人たちが集まっている。「オフィスの環境に馴染めないので、ドレッドヘアのままでいるんだ」と言うような人がね。
だが、彼らが仕事でする話は、コークやシナモン・トースト・クランチを売ることなのだ。
――この業界が長いあなたからみて、何が変わっただろうか?
クライアントは、使うお金を減らすことばかり考えている。すべての人が望んでいるのは、あまり多くのコストがかからない仕事だ。実に多くのクライアントがそう言うのを私は耳にしてきた。「ロゴを大きくしろ」という言葉は、実は「コストをあまりかけるな」という意味だ。調達部門に頼る部分があまりにも大きいし、コスト管理も多すぎる。
私くらいの年齢の人はよく覚えているだろうが、かつては真っ昼間からレストランに行き、みんなでランチを食べていたものだ。だが、コストは重要だ。いまは、ランチに行けば怠けていると思われる。
――しかし、素晴らしい発想はランチの場で生まれるのでは?
かつては、お金を使うことが自慢だった。クライアントはこう言ったものだ。「1カット撮影するためだけに、マイケル・ジョーダンとハワイに飛んだよ」などとね。こういう話がクールだと思われていた。だが、いまでは、キャンペーンをやめてSnapchat(スナップチャット)のフィルターを使いましょうとクライアントに提案した話が、クールだと見なされるのだ。
――でも、作品の数は間違いなく増えているのでは? いまでは、クリエイティブ部門の70%以上が、かつての10倍のアセットを作っているという調査結果がいくつかある。
増えているのは、さまざまなプラットフォームに合わせてサイズを変更した作品だ。一から作られているわけでない。クリエイティブの人たちは、そのようなものに興味はない。賞に本当に関わっている人たちはたいてい、エージェンシーの体制のなかで作品作りと資金の調達を行っており、そのお金をクライアントに払ってもらおうとはしない。
ここに大きなミスマッチがあるのだ。我々は、作品を作るために広告の世界に入った。かつてはクリエイティブの仕事が半分、制作の仕事が半分だった。だが、あるときから、3番目の要素がやって来た。すなわち、戦略だ。ものを作らない人たちが、ものに対して意見をいうようになった。この要素が全体に占める割合は大きくなるばかりだ。
いまでは、大きな部分を占めるのが戦略であり、アイデアであり、制作はもっとも小さな部分しか占めていない。なぜなら、作られるものが少なくなったからだ。
Shareen Pathak(原文 / 訳:ガリレオ)