Facebookは3月7日(米国時間)広告主に提供してきた「人ベースの効果測定」を今後Facebookの広告主向けツールを通じて広告主に対し提供していくと発表した。Facebookが人ベース測定という「特権」を全広告主に開放しようとしている。
Facebookは3月7日(米国時間)「人ベースの効果測定(People Based Measurement)」を今後Facebookの広告主向けツール「ビジネスマネージャ」を通じて広告主に対し提供していくと発表した。発表は測定という広告ビジネスのコアをめぐる競争の一側面であり、ポイントは以下の通り。
* Facebookがクロスデバイス測定(人ベース測定)という「特権」を広告主にすべて / 部分的に開放しようとする
* Facebookは人ベース測定で自社と他社の広告を比べたとき、自社広告のパフォーマンスに自信がある
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* ツールにより他社広告の効果も測定できる。WPPが昨年末に発表した独自ID開発・広告主提供に先行する意味合い。Facebookの誤指標問題の直後の発表だった。
* 測定の提供者がプレイヤーのFacebookであり、アトラス(Atlas)自体は監査を受けないので、第三者性に欠ける面はある
人ベース測定=ID測定
「人ベースの効果測定」とは、匿名化された形で人とデバイスをつなげて、個人の行動データを集約し、広告の効果を測ること。クロスデバイス測定や米DIGIDAYのジェシカ・デービス氏の記事では「ID測定」と呼ばれた(関連記事)。
デジタルデバイスの主流であるモバイルでは、Cookieの効力が弱い。ひとりの利用者が複数のデバイスを併用しているため、広告ID付与によるトラッキングが効果的。登録情報とログイン、大きなユーザー数などの条件が揃えば、広告IDに紐付けられた行動データを積み上げられる。
登録情報とログインがとれるプレイヤーはこのクロスデバイストラッキングを行える。たとえば、日本アプリの月間アクティブユーザー数上位2〜4位のアプリを運営するヤフージャパン(AppAnnie調べ)にはこの種のトラッキングを行える機会がある。Amazonもモバイルアプリの利用者数が世界的に成長しており、その機会を拡大している。
しかし、これを非常に大きなスケールで、高精度(決定論的ID)で行うのは現状、GoogleとFacebookだ(関連記事)。
この特権をFacebookはページや広告アカウントへのアクセスを管理するためのツールであるビジネスマネージャを通じて開放する。
これにより、Facebook、Instagram、Audience Network (オーディエンスネットワーク)はもちろん、その他のパブリッシャーも含めてキャンペーンの効果を比較することが容易になります。
企業規模は関係なく、Facebookが機能を制限かけずに提供するならば、すべての広告主が自身がもつケイパビリティを(大きく)超える測定能力を提供される可能性があり、「クロスデバイストラッキングの民主化」と言える。
デジタル広告の測定でFacebookが主導権をとると宣言しているふうであり、同時に詳細な測定で透明性を高めれば、自社の広告商品は他社より優れていることが示されるという自信を示している。誤指標問題で第三者測定要請を受け入れてきたが、今度はFacebookが今度はあなた方の広告の効果測定をする番だ、と言っているようだ。
その装置が当事者のFacebookが提供している点は割り引かないといけない。
今回のローンチの背景を3点掘り下げてみよう。
(1) 誤指標問題後のリリース
この発表の前まで、Facebookは測定の指標の誤りについて、広告主 / 代理店サイドから非難を受けていた。昨年秋から冬にかけて、Facebookは広告主に提示する投稿のオーガニックリーチ、動画の視聴完了数、インスタント記事の閲覧時間など、複数の指標に誤りがあったことが明らかになった。発端の動画視聴完了数の誤りは、ルパート・マードック氏傘下のWSJがスクープした。
世界最大の広告ホールディングスWPPのCEOマーティン・ソレル氏は第三者による測定監査を認めてこなかったことにたびたび不満を表明してきた。
ソレル氏はBloombergに対し「私たちは長い間、FacebookやGoogleに『宿題』を早く終わらせ、独立した評価を可能にするコムスコアにデータを渡せと要求してきた。審判とプレイヤーは同じ人物ではいけない」と語っていた。コムスコアはWPPが株式18.6%以上を保有しているとみられるが。
広告会社は十分な数の媒体社を予算獲得めぐって競争させれば、媒体社に対し影響力を行使しやすい。GoogleとFacebookは他者とパフォーマンスの差を大きくつけて、寡占で広告会社の選択肢を減らしている。広告会社は広告主に対し広告予算が達成したパフォーマンスを示す必要性が高まっており、予算配分は自由裁量にはならない。必然的にGoogle、Facebookの予算は大きくなる。
GoogleとFacebookはウォールド・ガーデン(塀に囲まれた庭)と言われ、サードパーティのトラッキングを締め出す一方、他パブリッシャーの状況はトラックできるという不均衡を作った。広告プラットフォームは基本的にプロプライエタリ(専売的)な構造だ。広告最大手のWPPは先の「宿題発言」で分かる通り不満を感じていたようだ。
ソレル氏はほかにもSnapchat運営のSnap上場時、広告予算投資の第三極になると語っており、Snapの背中を押すことを匂わせた。Snapにとっては「Facebookの対抗馬」ポジションが、試行錯誤する広告事業の追い風になりうる。WPPはGoogleとFacebookの強力な広告IDに対抗してID開発を進めているが、今回の発表はその動きを先に封じられた形になったかもしれない。
Facebookは騒動の後、メディア監査委員会のMRC(Media Rating Council)による測定監査受け入れを決定(Google傘下のYouTubeも監査を受け入れる見通し)。広告主らの要求に対し、サードパーティによる測定を導入してきた。Facebook Businessのブログポスト(1月31日)によると、Facebookは以下のようにサードパーティによる検証をめぐるパートナーシップを拡大。リーチ、ターゲティング、ビューアビリティをめぐってニールセン、コムスコア、インテグラル・アド・サイエンス、モートが検証を行うと発表。
この後に今回の効果測定の提供発表に至っている。広告ホールディングス世界2位でFacebookと関係が良好なオムニコムは今回のFacebookの発表を歓迎した(関連記事)。
大手広告ホールディングスはデジタルメディア専門のエージェンシーにトレーディングデスクを保有し、アドテク企業に出資、保有しており、さまざまなメディアを買い付ける。
「人ベース測定の民主化」により、広告会社は今度は自社広告商品のパフォーマンスを明らかにされる可能性がある。ツールはFacebookは強烈な交渉力をもつかもしれない。
(2) マーケティング・サイエンス
Facebookは広告主に広告効果の検証能力を渡そうとする姿勢が際立っている。
発表では「リーチとアトリビュ―ション(コンバージョンへの貢献度)に重点を置いた高度な広告効果測定」とされるが、Facebookの「人ベース」の能力がどこまであり、どこまでそれが広告主に提供されるかが重要になりそうだ。
アトリビューションは金融業界から「輸入」された手法であり、金融商品のパフォーマンスは数値化が容易だ。だが、人間の意思決定と行動は極めて不合理であり、広告の「効果」を評価するのは極めて難しい部分がある。
ラストタッチモデル(コンバージョン直前のクリックやビューだけを評価する)は極めて粗く、多数のデバイスで情報収集をして、最終的に決断する現代的なタイプのカスタマージャーニーに対して適切な判断ができない。Facebookが提供する広告効果測定ではマルチタッチモデル(多数の広告接触をコンバージョンへの貢献とみなすモデル)が利用できるという。
Facebookはマルチタッチモデルの採用を呼びかけてきた。Facebook広告ソリューションに強みを見せるケンショー(Kenshoo)の統計(2013年)によると、マルチタッチモデルによるFacebook広告の効果の評価は、ラストタッチモデルの評価より12〜30%上回っている。Facebookにとってマルチタッチモデル採用は大きく利がある。
ほかにもFacebookがオンライン測定で取れたデータを、オフラインデータと合わせて、リアル店舗での購買への効果を示す試みは有名だ。消費財メーカーから広告の効果の実証を求められ、ロイヤルティカードなどで膨大な購買データを握るオラクル傘下のデータロジックスとの提携により、広告をクリックしたことは購買のシグナルではないと判明させたという(関連記事)。
また先述のブログポストによると、Facebookは米国では広告主に対し、マーケティング・ミックスモデル(MMM)のソフトウェアを渡している。これにより、デジタル広告間の比較だけでなく、テレビ、出版物、デジタルをまたいだ比較やキャンペーンの結果をもたらした要因の検証を試みられるようだ。

ダッシュボードでMMMによる評価を行えるという Via Facebook Buisiness
(3) アトラスはアドサーバーから測定機能に
発表はアトラスがアドサーバーから測定機能にされたことを示している。Facebookは2013年にアトラスをマイクロソフトから買収し、2014年に再ローンチ。自身が抱える豊富なデータを活かし、Google傘下ダブルクリックによるディスプレイ広告市場の独占に食い込もうとしているとみられていた。
Facebookがディスプレイ広告市場に興味を示した理由は、アプリの3倍近いリーチだ。コムスコアの「The 2016 U.S. Mobile App Report」によると、アプリは利用時間を制しているが、モバイルWebはリーチを制している。モバイルWebのリーチがアプリのほぼ3倍あるとみられる。モバイルウェブのリーチの伸び率が82%(2014年比)、アプリのリーチの伸び率は45%(同年比)だ。

モバイルウェブのリーチはアプリの3倍 via コムスコア
この統計から人々は「何かを調べる」ために多数のWebページを行ったり来たりする傾向があることを推測できる。
しかし、ダブルクリックが市場の4分の3程度を握る状況は変わらず、昨年11月アトラスはアドサーバー事業を停止。昨年9月に測定のチームとして再編成していた。
測定能力をどこまで開放するかがカギ
このツールが業界に何をもたらすか。「信用」をもてる、包括的な第三者測定の必要性は依然として必要だが、強大な測定能力をもつのは、現状GoogleとFacebookだけである。Facebookによる人ベース測定の民主化は業界のエコシステムに影響を与える可能性があるが、Facebookがどこまでその能力を広告主に開放するかで、状況は異なりそうだ。
Written by 吉田拓史
Photo by GettyImage