コピーライターのショーン氏(仮名)は、米国のクリエイティブエージェンシーや、デジタル広告エージェンシーで10年近く働いてきた。どこも、誰もがうらやむ企業ばかりだ。しかし昨年の3月以降、エージェンシーが持つ「クール」なオーラは、ショーン氏にとって以前ほど大きな意味を持たなくなった。
コピーライターのショーン氏(仮名)は、米国の太平洋岸北西部にあるクリエイティブエージェンシーや、デジタル広告エージェンシーで10年近く働いてきた。どこも、誰もがうらやむオフィススペースで、誰もがうらやむクライアントと取引していることで知られるエージェンシーばかりだ。しかし昨年の3月以降、こうしたエージェンシー企業が持つ「クール」なオーラは、ショーン氏にとって以前ほど大きな意味を持たなくなった。広告業界で働く人々の大半がそうであるように、彼もまた在宅で働くようになったからだ。
「パンデミックに比べれば、このような環境を離れることは、私にとってそれほど大きな心配の種ではなくなった」と、ショーン氏は語る。「私が働いていたエージェンシーには、すごいオフィスがあった。刺激を与えてくれる素晴らしいオフィスだ。企業文化もクールだった。けれども、誰もがリモートで働くようになると、私は自然とほかの物事にプライオリティを置くようになった」。
昇進すること。今後のキャリアの道筋が見渡せること。こうしたことがショーン氏にとっては、オフィスからの眺めや、いつでも飲めるクラフトビールよりも、はるかに重要なことになった。そしてついに、彼はエージェンシーをやめてクライアントサイドに回り、明らかにクールさで劣る金融サービス企業に就職した。在宅で働けることに加え、そこの方がこれから先のキャリアの道も明瞭だったからだ。
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成長するチャンスや可視性、透明性が重要
昨年、自身のプライオリティを見直すようになったのは、ショーン氏だけではない。あるエージェンシー幹部が米DIGIDAYに語ったところによると、同氏のもとには最近、パンデミックのさなかにおいて「クール」なエージェンシーの企業文化に魅力を感じなくなり、ワークライフバランスの向上を求めて、ホットなスタートアップへ移った元従業員たちから電話がかかってくるという。
テック業界や広告業界、出版業界で働く人々は、2020年の大半を自宅で過ごした。広々としたオフィススペース、無料の昼食、いつでも飲めるビールとアイスコーヒー、卓球台などのアメニティーもある、そんな「クール」なオフィスで働くことの社員特典は消えてなくなった。あとに残るのは、Zoom越しに見る仕事と企業文化だ。これが現実となったいま、従業員たちは彼らの本質的な幸せについては考えず、社員特典を強調するばかりの企業で働くことの価値を再考するようになっている。
「パンデミックが起こり、仕事場の分散化が進んだいま、多くのクライアントから、従業員たちは社員特典のことなど気にもかけなくなったという話を聞くようになった」と、人材斡旋企業フォースブランズ(ForceBrands)の創業者でCEOのジョシュ・ワンド氏は話す。同社のニューヨークオフィスも、無料の昼食やビール、アイスコーヒー、卓球台などを従業員に提供していた。こうした物理的なスペースが優れた人材を引き寄せると、ワンド氏は思っていたのだ。しかし同氏は、以下のように考えを改めたという。「従業員が求めているのは、つながっているという感覚、評価されているという感覚。そして、成長するチャンスや可視性、透明性だ。無料の昼食や社員特典など、大切ではない」。
楽しいオフィス文化という魅力は、もはやかつてのような影響力を持たなくなった。これから優れた人材を確保するには、管理職のマネジメントが一層重要になってくるだろうと、一部のエージェンシー幹部は話す。
企業文化を作るのは「従業員」
サーチ・アンド・サーチ・ニューヨーク(Saatchi & Saatchi NY)のCEO、アンドレア・ディケス氏は毎週、部下との1対1のミーティングを30回ほど行っている。これは、「従業員との近い距離を保つ」ためだ。そうすることで、常に「サーチ・アンド・サーチに脈打つ鼓動を感じる」ことができ、チームの不満の芽を摘んで、優れた人材の流出を防ぐべく、対処が必要な問題を把握することもできるという。
部下の不満の芽を摘むには、彼らのために自分の時間を割き、休みを増やしてあげることが(感謝祭の週と、クリスマスから新年の2週間、ディケス氏はオフィスをクローズした)、うわべだけの社員特典よりも重要であると、同氏は考えている。
オフィスのクールさがなくなったいま、企業の文化を作るのは「従業員たちである」ということが、かつてないほどに明らかになった。エージェンシーの従業員も、業界の観測筋も、こうした認識が就職先の企業に対する人々の評価のしかたを変え、それは今後も続くと考えている。
「エージェンシーの文化を素晴らしいものにするのは、優れたエージェンシー人材しかいない」と、ジオメトリー(Geometry)でグローバル部門の最高クリエイティブ責任者を務めるマヌエル・ボード氏は語る。「その人材を失えば、あるいは同じように優秀な人材で穴埋めできなければ、エージェンシーの文化も消えてしまう。世界最高クラスの『クール』なエージェンシーブランドも、一歩間違えば、悪夢のような職場になってしまいかねない。しかし反対に、小さなエージェンシーや無名のエージェンシーでも、優れた人材が大事にされれば、そこは最高の職場になり得るのだ」。
[原文:‘Don’t care about those perks’: Employees are no longer staying at companies for a cool culture]
KRISTINA MONLLOS(翻訳:ガリレオ、編集:村上莞)