ニューヨークで20年以上の経験をもつベテラン広告マン、マーク・ダフィ氏(54歳)がつづる、広告業界への濃厚なメッセージがこもった辛口エッセイ。これを読めば米広告業界の裏側がよく見えてくる? 今回のテーマは、愛すべき性悪広告屋という存在について。
このコラムの著者、マーク・ダフィ(55)は、広告業界辛口ブログ「コピーランター(コピーをわめき散らす人)」の運営人。米大手Webメディア「BuzzFeed」で広告批評コラムを担当していたが、2013年に解雇を通達された業界通コピーライター。
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多くの人は、広告を作る人間は皆、「性悪」だと思っている。理由は……まぁ言うまでもない。なにせ広告なんか作って金を稼いでいるんだから。実際否定できないような人間もたくさんいるわけで。しかし、今日オレが話したいのは一般的な「性格が悪い人間」ではない。
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この記事で取り上げるのは「広告業界における性悪」体験についてだ(ちなみに、性悪というのは「ウザい奴」と必ずしも同義ではない。オレの昔の上司であったクリエイティブディレクターは、当時職場にいた「ウザい奴」のオフィスを大きな湖のど真ん中のプラットフォームに移転させた。これこそ「広告業界における性悪」、どんぴしゃな見事な采配である)。
生徒作品を燃やす、サル・デヴィート
ニューヨークのエージェンシー、デヴィート/ヴェルディ(DeVito/Verdi)のアートディレクター兼共同ファウンダー、サル・デヴィートは間違いなく性悪広告屋だった。1980年台半ば、彼はニューヨークのスクール・オブ・ヴィジュアルアーツで広告コンセプトのクラスを教えていた。毎週、若い学生たちがお手製のスペック広告(当時はコンピューターなんて誰も所有してなかった)をもってきて、壁に貼り付けて発表していたが、デヴィートは気に入らない広告はライターで燃やすということをしていた。
ちょっと想像して欲しい。自分が1年生で、これが人生ではじめて作った最初の広告なわけだ。ビジュアルを3回も変更し、ヘッドラインを4回も変更し、苦労に苦労を重ね、情熱を注いで完成させた。誇りに思う気持ちで、ついつい何度も眺めたりもするだろう。そしたら、ボッと燃やされて、お終いなのである。
これは間違いない性悪広告屋の行動である。その学生は打たれ強くなり、さらに精進したのかもしれない、それか広告クリエイティブには向いてないと辞めてしまったかもしれない。素晴らしい行動ではないが、じゃあ、どんな下らない作品も褒め称えて、何も教えてくれない教師が良いかというと、そうでもないだろう。
故人作をけなす、ジョージ・ロイス
ニューヨークのアートディレクターであるジョージ・ロイス(TOP画像:スマホで見ている人は、横に倒して見てくれ)も正真正銘の性悪広告屋のひとりだ。2012年の「ペーパー(Paper)」とのインタビューにおいて、彼はイギリス人の広告屋であるポール・アーデンが出した書籍『どれだけ君が良いかではなく、どれだけ君が良くなりたいか』について辛辣なコメントを放っている。
「あのつまらない男が書いてるアドバイスってのは、基本的には子どもたちに見かけ倒しの嘘つきになれって言ってるようなもんだ。読んでみたら分かる。あの本にはアイツを殴り倒したくなるような箇所が10カ所くらいある」と、ブロンクス生まれのロイスは、歯に衣着せずに述べてしまった。インタビューの時点で、アーデンが亡くなってから4年が経っていた。
この話を聞いても思うのは、「悪いアイデアなんてない」なんて鼻垂らして言ってるミレニアル世代のブレインストーミング会議に出席するぐらいなら、ロイスのアドバイスを聞く方がマシなんじゃないかってことだ。
応募作を全部落選させる、オレ
最後に紹介したい性悪は……もちろんオレだ。デヴィートとロイスと同じカテゴリーに、自分を入れることになるなんてビックリだけど(性悪という点では、オレの方が上かもしれない。ただ彼らほど有名ではないことは、たしかだ)。どれくらい性悪かは、2009年から2012年のあいだに拙ブログを読んでいただいた方なら理解できるかと思う。
たとえば、1990年代の話がある。とある広告賞のプレ審査員を頼まれたことがあった。プレ審査員を頼まれるのは大したことじゃない。大した業績がなくてもクリエイティブに関わったことがあれば頼まれるような仕事だ。プレ審査は本当に見る価値もないようなものを排除するためのプロセスだからだ。
このときの広告賞は、なかなか「名誉ある」とされているものだった。凍えるような土曜日の朝9時に、ほかの4人のプレ審査員たちと一緒に作品を見ていたわけだ。もしも3人以上の審査員が排除したら、その作品はその時点で排除になるというルールだった。オレが見たのはだいたい100点くらいのプリント広告で、すべてを排除すべきと投票した。いや正直に全部ゴミだと思ったんだ。
次はラジオ広告の審査だということで、そっちをはじめようとしてたら管理者の女性がやって来て、退出するように言われてしまった。もちろん、喜んで出ていったけど。次の年からは呼ばれることはなくなった。
もしこれを読んでいる読者が若くて(才能のある)コピーライターだったりアートディレクターだったら、「良い奴」になろうとせずに性悪広告屋の道を選んでいただきたい。クリエイティブという点で、死につつあるこの業界には、そんな人材が必要だからだ。
Mark Duffy(原文 / 訳:塚本 紺)