ニューヨークで20年以上の経験をもつベテラン広告マン、マーク・ダフィ氏(54歳)がつづる、辛口エッセイ。これを読めば米広告業界の裏側がよく見えてくる? 今回のテーマはカンヌ広告祭の内幕話。
ーー賞の選考委員たちは、だいたいがピュブリシス、オムニコム、WPPの三大広告グループのどれかが所有する広告代理店の社員である。2012年、WPPのCEOであるマーティン・ソレルは、オムニコムがいわゆる「ブロック投票」をしたと非難した。つまり、同グループ所属代理店の社員である選考委員が、共謀して自社グループの作品に票を集め、他のエントリ作品を潰したというのである。オムニコム系代理店DDBのワールドワイド・チーフ・クリエイティブ・オフィサーであるアミル・カセイは、これまたびっくりの反応を見せ、わかりやすく言い換えると、「うるさい、ブロック投票したのはそっちだろ!」と返している。
このコラムの著者、マーク・ダフィ(54)は、広告業界辛口ブログ「コピーランター(コピーをわめき散らす人)」の運営人。米大手Webメディア「BuzzFeed」で広告批評コラムを担当していたが、2013年に解雇を通達された、業界通コピーライター。
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君はホラー映画の奇作、「ムカデ人間」を知っているか。最近のカンヌ広告祭は、巨大なムカデ人間の集会と化している。意味不明? ムカデ人間とは、外科手術によって口と肛門を縫い付け人間を数珠繋ぎにしたホラーな存在である。まだわかんない? カンヌ広告祭はつまり、業界のお偉方がゴマをすりあうイベントになっているのだ。ま、フランスのイベントだしな、郷に入ったら郷に(以下自粛)。
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しかし、ゴマすりがけしからんゆえ、カンヌ広告祭を廃止にしろ、と言っているのではない。カンヌは、ソーシャルな側面について言えば、非常に価値あるイベントなのだ。
問題なのは、例の「広告賞」というやつである。あれは、ただちに撤廃すべきだ。その理由はふたつある。
「架空広告」エントリだらけ
昔から、ガセ広告というものは存在していた。しかし、デジタル時代になったいま、その数は前例を見ない。誰も知らないFacebookページに掲載されたビデオだろうと、たった1本の電柱に貼り付けられた広告だろうと、「本物の」広告である。
インターネット時代以前にも、広告代理店がクライアントに黙ってガセ広告をカンヌに出品することはあった。バレたらとんでもないスキャンダルである。しかし、最近の状況は違う。クライアントとして企画は気に入ったものの、予算が承認されず世に出なかった架空の広告を、代理店と結託しカンヌに出品することを、クライアント自身が認めているのである。
なぜか? カンヌでライオン賞をとった広告は、業界サイトのみならず一般消費者向けのサイト(←これ重要)にもタダで掲載され、企業は何千ドル、ときには何百万ドルという宣伝費を浮かせることができるからだ。おいしい話ではないか。
「広告賞という化け物」
2014年6月、とある企業、およびその広告代理店は、「ライオン賞を取った印刷媒体向け広告はどこに掲載されたのか」という、記者のごく単純な質問に答えようとせず、黙秘を貫いた。
同年夏、大手広告代理店BBHの創立者、ジョン・へガーティは、カンヌ広告祭で受理される架空広告の増加傾向を糾弾した。
「なげかわしい慣例である。我々は、広告賞という化け物を生み出してしまい、賞はひとり歩きを始めてしまった。カンヌのフェスティバルは、創造性がいかにブランディングとビジネスの成功に役立つかを示す、それだけが目的のイベントであるべきだ」。
未撮影映画はオスカーになりうるか
マレン・ロウ・グループ(Mullen Lowe Group)のグローバル・チーフ・クリエイティブ・オフィサーであるホセ・ミゲル・ソコロフは、へガーティの意見に対して以下のように反論している。
「私はジョンとは異なる意見だ。賞のためだけに制作された作品が数多くあるのは確かだが、これはF1と同じようなものだ。ホンダは、レースに勝つことだけが目的のF1プログラムに出資しているが、その過程で得られた経験は実際の自動車エンジンに反映される」。
悲しくなるほど苦しいこじつけである。それでは、出版されなかった本にピュリッツァー賞を出し、まだ撮影されていない映画にオスカーを授与するのもアリってことだな。それでなくとも我々広告業界の人間は一般人に嘘つきだと思われているのに、悪名をさらに高めようということか。
「厳粛なクリエイティブイベント」
こうした情けない行動が、なぜ問題なのか? それは、フェスティバルのオーナーであり主催者でもある英国のメディアカンパニー、トップ・ライト・グループ(Top Right Group) が、カンヌ広告祭を高邁なる創造性の殿堂として位置付け、出席する「業界のスター」たちも、極めて厳粛なクリエイティブイベントとして捉えているからだ。
エントリ料の高いことといったら、ぼったくりもいいところである。それ以外に、9日間のイベントに出席するには、6800ユーロ(約89万円)を支払う必要がある(純然たる入場料のみ、この額にはほかに何も含まれていない)。2014年度、この広告祭はエントリ料だけで2800万ドル(約33億円)を売り上げ、2015年は、過去最高のエントリ数を記録した。
トップ・ライト・グループでは、形式上ですらエントリ作品のバックグランドチェックをする気はないと思っていい。それでは、「Adweek」とか「Ad Age」とかが、自主的にエントリ作品の正当性を調べて然るべき? ぶははは! そんなわけあるものか! カンヌの話題はページビューを稼げるし、ポジティブな空気に乗っかってるほうが楽に決まっている。
ということはつまり、広告賞のゆくえは、南仏バケーション気分で酒を飲みに来てるお偉方の選考に任せられているのだ。賞の選考規定に架空の広告は除くというルールはなく、また、お偉方がそんなルールを求めるわけがない。なぜなら、彼ら自身(あるいは、彼らが属する巨大グループの代理店)が架空の広告を出品しているからだ。そのお偉方の行状が、カンヌの賞を撤廃すべきもうひとつの理由である。
ブロック投票めぐる戯れ
賞の選考委員たちは、だいたいがピュブリシス、オムニコム、WPPの三大広告グループのどれかが所有する広告代理店の社員である。2012年、WPPのCEOであるマーティン・ソレルは、オムニコムがいわゆる「ブロック投票」をしたと非難した。つまり、同グループ所属代理店の社員である選考委員が、共謀して自社グループの作品に票を集め、ほかのエントリ作品を潰したというのである。オムニコム系代理店DDBのワールドワイド・チーフ・クリエイティブ・オフィサーであるアミル・カセイは、これまたびっくりの反応を見せ、わかりやすく言い換えると、「うるさい、ブロック投票したのはそっちだろ!」と返している。
カンヌの事務局は、今度から不正票を検出する「アルゴリズム」を使用すると言っている。あーはいはい、きっと完璧な仕事をしてくれるに違いないね。
巨大な報酬がもたらすゆがみ
ライオン賞の受賞数は、ビジネスの受注・失注を左右するし、クリエイティブ系の人間にとっては、ライオン賞がその後のキャリアの明暗を分けてしまう、それが問題なのだ。
賞をめぐってギャーギャーわめくくらいなら、自分でライオン像を買ってきて、自分の名前を彫ったらどうだ。ゴールドは1135ユーロ(約15万円)、グランプリは2575ユーロ(約34万円)だぞ。誰にもわかりゃしない、そうだろ?(敬称略)
Mark Duffy: (原文 / 訳:片岡直子)
Image by 上野 菜美子(Original Image from Thinkstock)