ニューヨークで20年以上の経験をもつベテラン広告マン、マーク・ダフィ氏(54歳)がつづる、広告業界への濃厚なメッセージがこもった辛口エッセイ。これを読めば米広告業界の裏側がよく見えてくる? 連載第4回のテーマは、ユニークな作品を作る独立系広告代理店「Droga5」について。
ーーもし私が流行りの「最高マーケティング責任者(CMO)」だったら? そうだね、私の担当するブランドの社員全員を引き連れて、この10年でもっともイカしている独立系広告代理店「Droga5(ドローガ・ファイブ)」のオフィスに行き、こうのたまうさ。「金は出すからあとはよろしく!」、とね。
このコラムの著者、マーク・ダフィ氏(54)は、広告業界を辛口批評する人気ブログ「コピーランター(コピーをわめき散らす人)」の運営人で、現在、失業中のコピーライター。米大手Webメディア「Gawker」でも週刊コラムを担当し、直近では、世界一のバイラルメディア「BuzzFeed」に所属して「広告批評」記事を執筆していたが、2013年に解雇を通達された。
Droga5に任せれば間違いない
もし私が流行りの「最高マーケティング責任者(CMO)」だったら? そうだね、私の担当するブランドの社員全員を引き連れて、この10年でもっともイカしている独立系広告代理店「Droga5(ドローガ・ファイブ)」のオフィスに行き、こうのたまうさ。「金は出すからあとはよろしく!」、とね。
Droga5の社長、デイビッド・ドローガ氏に金額を記入していない小切手を渡して、2週間ほどお邪魔し、ソファで寝て、更衣室でシャワーを浴び、食べ物を勝手にいただくことにしよう。ともすれば、Droga5のおしゃべり好きの営業連中を数人引き連れてストリップに行き、彼らが紙幣の雨を降らせるのを見るのもなかなかのもんだ。
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こうやってこっちが遊び惚けている間に、Droga5の凄腕クリエーターたちは1日18時間かけて私が担当するブランドのための「ビッグアイデア(すごいひらめき)」を生み出すのさ。
Droga5は、イギリスのビール「ニューカッスル・ブラウン・エール」の広告を手掛けてきた。キャッチコピー「No Bollocks(冗談はよせよ)」はすでに3年ほど、使われている。「ビールの広告」というジャンルにとらわれず、クリエイティビティと説得力をともなった、世界一のキャンペーンだ。
小さい予算でもいいクリエイティブはできる
このキャンペーンは「ビッグアイデア」の持つ力の見事な証明になっている。「ビッグアイデア」とはアメリカの広告黄金時代(1950~60年代)からの生きた化石であり、「現代デジタルコンテンツ界の教祖 / 伝道師 / 革命児」とやらを自称する連中がなんとかして抹殺しようとしている概念だ。というのも彼らのちっぽけで細かいアイデアとは、「ビッグ」アイデアはどうやっても相いれないからだ。
「冗談はよせよ」キャンペーンは、より多額の予算が費やされた「バドワイザー」や「ミラー」の広告なんて、足元にも寄せ付けないほどのでき栄えだ。さらにこのキャンペーン、すべてのメディアでその特性を生かした、素晴らしい表現を披露してくれている。
いくつかの作品を見てみようじゃないか。
バイキングたちがビールをべた褒めし、マグカップの上に余りにもわざとらしく
「ニューカッスル」ビールの画像が浮かぶ。近年流行する「さりげない広告」を茶化している。
ニューカッスルが近頃発表した新作だ。「The History Channel」の大人気番組「バイキング」とコラボしたこのコマーシャルは今流行の「ブランデッド・コンテンツ」(商品広告のフリをせず、じわじわと浸透させていくやつだな)や「プロダクト・プレースメント」(そう、映画やドラマのなかにこっそり商品を登場させる例のやつだ)といった手法をものの見事に茶化している。期間限定で「バイキングエール」なる商品もアメリカ国内で発売した。
全米でもっともTVスポット費が高い、アメフトの祭典「スーパーボウル」のテレビコマーシャルでも、彼らは見事にやってくれた! 途中に流れるコマーシャルも大企業がこぞって新作を発表する場として注目されている。菓子メーカー「ドリトス」が「スーパーボウルを食っちゃおう! 」という、世界最大の一般公募のCM賞(賞金総額なんと2億円以上! )をここ数年開催して、少なくとも受賞作の1つはスーパーボウルの最中にオンエアしている。しかし、それをニューキャッスルビールはこのなんとも人を食ったCMで見事に「食っちゃって」くれた。
「37ブランドの大連合」。ニューカッスルを中心に37ブランドの広告を立て続けにみせる。
1分間のため、広告費が約8億円程度かかるとみられる広告費を分ける仕組みだ。
この素晴らしくアホらしい「37ブランドの大連合」というコマーシャル! これは予算が少ない37ブランドがお金を出し合い、30秒で約4億円の広告費といわれる超高額なスーパーボウルでコマーシャルを流そうという内容だった。YouTubeでは150万回再生されたこのコマーシャルでキャンペーン・ガールを務めたのは「オーブリー・プラザ」さん。「自然体で皮肉チック」な声を持つ彼女を使用したのは、広告業界の中でも一、二を争う「ベストチョイス」だった。
2012年に発表したこのCMでは、すべての「前時代的」なアルコール類の広告を茶化した。そしてこのCMでは、スポーツバーなどで音声オフのテレビを観ている人たちをからかった。ちなみにこのCMのナレーションはこんなことを言う。「現在、バーに置かれた、音声オフのテレビで、このCMを見ている人がいるけど……なんのことやらさっぱりわからないだろうね」とね。そして去年、イギリスの人気コメディアン兼俳優のステファン・メルチャントさん出演のこのCMで「アメリカ独立記念日」の存在をからかった。
制作年月3年のバドワイザーのビール缶ボウタイ(左)を、
指で潰せば簡単に再現できると茶化す、ニューカッスルの広告(右)。
この作品は「ぶっつぶし型広告」とでも呼んでおこう。この「冗談はよせよ」キャンペーンでDroga5がとった手法はまさに低予算なチャレンジャー企業に適している。一昨年、バドワイザーは「蝶ネクタイ型」の缶を堂々と発表したのだが、これもものの見事にぶっつぶした。バドワイザーはこの缶の作成に3年かかったらしいけど、ニューキャッスルはずっと短時間でできたよ、と。ちなみにこれは、彼らのFacebookページ(なんと約100万人のファンがいる! )に投稿されたものだ。
ファンがTwitterなどで投稿した画像を「低品質な広告」に変えるキャンペーン。
足がビール瓶になった女性に向けて「あなたがビールだったらよかったのに!」。
とはいえ、もっともソーシャルメディアをうまく利用し、みんなを巻き込んだキャンペーンは、去年の8月にした「#NewcastleAdAid」である。TwitterとFacebookでフォロワーの投稿した写真をものすごく雑かつ笑える「フォトショ広告」にするという内容だった。これは近頃流行の「我々の商品を使っている写真を投稿してください」系のキャンペーンだが、それをなんとも茶目っ気たっぷりに自ら茶化しているのが秀逸だ。写真を投稿するにはビールを買わなきゃいけないし、ユーザーとの「つながり」ができる。まさに一石二鳥じゃあないか!
しかし、彼らが行った「ブランド潰し」の最高傑作は、やはりこの「ニューヨーク・シティ看板ハイジャック」であろう。写真上部にある高級ベルギービール「ステラ・アルトワ」の広告のキャッチコピー、「これはグラスなどではない。もはや聖杯だ」に対して、ニューカッスルの広告はその真下で「いまどき聖杯なんて言葉、誰が使うんだよ」とかました。「冗談はよせよ」キャンペーンの火付け役になったのもこの広告だ。ステラ・アルトワとニューカッスルは言わずと知れたプレミアム・ビール界のライバルだ。
底抜けな面白さこそ広告の醍醐味
さて、ここからが重要だ。じつはこのキャンペーンは最初の6カ月間で売り上げを劇的に向上させ、いまもなお続いているんだ。それが「ビッグアイデア」にできて、世の中にあふれかえるこまごまとした「リツイート」とやらには到底できないこと、そう「効果的」であるということなのだ。「ビッグアイデア」が効果的な理由は2つある。1つ目は底抜けに面白いということ、そして同じくらい大切なのは、つくられたウソっぽいブランドイメージではなく、そのブランドの真の姿を感じさせるということだ。近頃では他のビールブランドも含めて多くのブランドがこの昔ながらの「ビッグアイデア」という手法を目指している。だがニューキャッスルよりうまくできているところは存在しない。
筆者注:この記事はDroga5とニューキャッスルの提供ではなく、「ネイティブ広告」や「ブランデッド・コンテンツ」でもありません。
【 マーク・ダフィ氏の連載<記事一覧>はこちら】
Mark Duffy(原文 / 訳:柳沢大河)
photo by Thinkstock / Getty Images